カナリア(見本)


『カナリア』(冒頭)

【カナリア――黒】

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――正司兄さんが、死んだ。


 俺にその訃報を知らせたのは、長作兄さんだった。電話口に聞く長作兄さんの声は想像していたよりもずっと淡々としていて、事務的なものに聞こえた。
 よほど弟に無関心なのか――いや、もしかしたら本心から驚いているのかもしれない。泣き崩れて悲哀を露にするよりも、こちらの反応の方がずっと長作兄さんらしく感じた。
 直ぐに家に戻れるかと尋ねる言葉に今日は試合がないから今すぐに帰ると俺が答えると、長作兄さんが受話器越しに安堵したのが分かった。それなら良かった、という台詞に、俺は沈黙で返す。
 今日が休みなのは何日も前から確定していた。それでも俺はその事を決して口に出さずに、はい、と短く答えて次の兄さんの言葉を待つ。それから兄さんは自分もすぐに事務所から戻ると俺に告げて、電話を切られる。
 ツー、ツー、という通話が終わったことを知らせる無機質な機械音を律儀にも聞き届けてから、俺も電話を切った。

「……」
 口を、開く。けれど言葉は何一つ出てこなかった。言う言葉も思い浮かんでいなかったのだから、当り前だろう。何を言いたかったのかは自分でも分からなかったが、半端に口を開いたままの姿はさぞ滑稽だろうと思い口を閉ざす。
 俺も俺なりに動揺しているのかもしれない。
 妙な息苦しさを感じて、かっちりと締めていたネクタイを片手で緩めた。礼装などをするのは久しいことで、体が違和感を覚えたのだろう。幼い頃はそれこそ毎日のように畏まった服を着せられていたものだが、デュエルアカデミアに上がってからはその回数も減った。アカデミアを卒業してプロになった後は殆どノース校の制服を模して作らせた専用の服ばかり好んで着ていた為、今のようにきちんとした格好をしたのは数えるほどだ。
 首回りの違和感が緩和されたのを脳で理解してから、今度はマネージャーへと電話を掛ける。2コールの後すぐに繋がった相手に、兄が亡くなったことと、今日から暫くの間は仕事を入れないこと、それと、この件は他言無用だということを手短に告げると、マネージャーは酷く驚いたようだった。
 すぐに俺の言葉を二つ返事で了承した優秀な彼は、自宅にタクシーを向かわせようかと提案してきたが俺はそれを即座に断る。
 自分の車で行きたい。兄のことをじっくりと思い返したい。
 そう僅かにトーンを落として言えば、相手も落ちたトーンでこれまた「分かりました」と物分かりの良い返事を返し、その後二三言葉を交わしてから通話を終える。
 今度は相手が切る前に電話を切って、携帯をベッドの上に投げ出した。それに続いて、今度は自分の体もベッドの上へと投げ出す。
 買ったばかりの大分値が張ったベッドは俺の体を優しく受け止めた。けれど、俺の心までは――
「……俺は馬鹿か」
 クッ、と喉を一つ鳴らし、自嘲を逃がした。


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