短編集(見本)







『短編集』 SS試し読み(レッド寮にてのみ)

*【ある日の日常】 遊城十代×丸藤翔+万丈目準
【レッド寮にて】 web再録……シリアス
*【真実と虚像の合間で】 ……健全ギャグ

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【レッド寮にて】/


朝。起床してまず向かったのは、レッド寮だった。
彼が到着した時既に部屋の扉は開かれており、中には同輩の少年と後輩の青年が二人、並んで立っていた。
部屋の中はもぬけの殻で、所々に残された人のいた気配に、つい少し前までここで誰かが生活していたことを感じさせられる。

「行ったな」

ぽつり、と彼が言葉を零すと、中にいた少年と青年が振り返る。
彼が来た事に気付いていなかったのか、青年の目が大きく見開かれる。
それとは対照的に、隣の少年はじっと彼を見つめてきた。その視線はまるで責めるかのようで、彼は小さく口元を笑みの形に歪めてしまう。

「万丈目君は、寂しくないの?」

何処か棘の含まれた声に、彼は入口の壁に凭れかかり腕を組む。
視線を上に向ければ、天井近くを通る梁が視界に映った。そこには見慣れた猫の姿はない。
その事に改めてあの男がこの島から出て行ったことを認識させられる。
主のいない部屋。人の気配は残れども、あの男が此処にいたという確固たる痕跡は見当たらない。
ふん、と彼は鼻を鳴らすと、自身を見つめる少年を真っ直ぐに見据えた。

「寂しい、だと?馬鹿馬鹿しい。何を寂しがる必要があると言うんだ」

彼の言葉に、少年は眉を顰める。反対に青年は悲しそうな表情を浮かべた。
しかし彼は自身に向けられる少年たちの感情も表情も意に介さず、扉の外に視線を移す。
見上げた空は、何処までも青かった。澄み渡る青空。眩しいばかりに輝きを放つ太陽。
そのどちらもが、いなくなった男を連想させる。

あの男は、輝いていた。例えその光を失いかけようとも、最後にはいつだって燦然たる光で彼らを照らす。
いつでも当たり前のように、彼らの頭上で。

ならば、何を悲しむことがあるのだろう。何を寂しがる必要が、あると言うのだろう。

「例え隣にいなくとも、――空を見上げれば、そこにアイツがいるだろう」

触れられなくとも、存在はしている。同じ空の下、生きている。
あの男がそう簡単に野垂れ死んだりしないことを、彼は知っていた。
死の縁に立っても尚奇跡を起こす。太陽のように暖かく、空のように雄大で自由で、雲のように掴めない。
それが、あの男――遊城十代と言う、男なのだから。

「それで良い。それ以上に、何を望むんだ?」

留まれ、と。行くな、と引きとめた所で無意味なことは、十代に関わった人間なら誰でも知っている。
それでも引きとめたい、と願う気持ちは分からなくはない。が、仲間であった彼らが出来るのは、見送ることだけだ。
後はただ、息災を祈るのみ。本人の望みを邪魔することなど、できない。

「……分かってるよ。ただ、万丈目君があっさりしてるから…アニキのことなんで、どうでも良いのかなって」
「ふん、俺はあんな馬鹿どうでも」
「あら。どうでも良い相手の部屋にわざわざ訪れたりしないんじゃない?」

バツの悪そうな口ぶりで言う少年に、彼はもう一度鼻を鳴らして言葉を返す。
が、全て言い終らぬ内に、一人の少女の声がその言葉を遮ってしまった。その声に、室内にいた三人は扉の方へと視線を向ける。

「て、天上院君!」
「明日香さん!」
「明日香先輩!」

突然の来訪者に、彼も少年も青年も、皆同様に驚いてしまった。
彼らの反応に、少女は思わず苦笑を零すと、彼の横をすり抜けて部屋の中へと視線を巡らせた。
まるで部屋の主を探すかのように室内を見渡してから、少女はそっと息を吐く。

「やっぱり、行ってしまったのね」
「……ああ」

神妙な面持ちで紡ぐ少女に、彼が肯定を返すと、少女の表情が仄かに憂いを帯びる。
普段気丈に振舞う少女の珍しい表情に、彼らは一様に口を閉ざす。
不意に、開け放たれたままの扉から室内に風が吹き込んだ温かな風は彼らの頬を撫ぜ、髪を揺らし、開かれた窓から逃げて行く。
まるであの男を体現しているかのような風に、少女は少女はそっと揺れる金糸を手で押さえ、広がる青空を見上げて双眸を細める。

「また、いつか。何処かで、会えるといいわね」

少女の言葉に、彼も少年も青年も、一律に空を見上げる。
まるであの男のようなこの空の下で、いつの日か再会を果たせればいいと、同じ願いを想いながら。



end.



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