(07.お前なんか嫌いだ/一半♀)
いきなりで悪いが、私は今人生で二度目の恋をしている。(一度目の恋、所謂初恋というやつは幼稚園の頃、近所に住んでいた十歳年上のお兄さんだった。彼はすでに結婚して子供を設けている。初恋は儚く散りゆくもの、とはよく言ったものだ。) サッカー部の練習に割り込んできて、見事なボール捌きを披露した男。最初は、無駄に爽やかな笑顔だったり秋に抱き着いたことだったり、なんなんだこのキザっぽい野郎は、と思った。 恋に落ちる瞬間というのはファーストインプレッションを消し飛ばすくらいに鮮やかで、魅力的な一瞬。ペガサスが宙を舞ったとき、私の目には彼しか映らなかった。どきん、胸が騒いだ。 胸にすとんと落ち着いた恋心は、私の気持ちを急かした。秋は円堂のことが好き(なはず)なのだから、ライバルという名の障害はない。(あっちがアメリカでどういう関係を築いているのかなんて考えている暇はなかった。サッカー馬鹿な二人が時間を最大限に使ってしまったのたから。)
そこで、私は気付く。何を馬鹿なこと考えているんだ、私は。男の心は女のそれのように恋に単純には出来ていないことがほとんどだ。ずっとサッカー関連で男と一緒につるんでいる時間が長かったから、鈍感な男子に告白した女子が撃沈する様を幾度となく見た。 きっと、日本に滞在した数日の中の目立たない一人の人間のことなど、すぐに忘れてしまう。昨日の夜に円堂の家に行ったときだって、向こうの話を聞くばかりでこっちの話はあまりしなかった。それに、私は皆よりも早く帰ってしまったから、あまり話せなかった。 さようなら、私の二度目の恋。布団に入って溜め息を吐いた。
だが、次の日。練習に向かってみると、どうだ。飛行機で飛び立ったはずの彼が、そこで円堂達と練習をしていた。思わず絶句して、手から鞄が滑り落ちる。そんな私に気付いたのか、秋がにっこり笑って、こう言った。
「一之瀬くん、日本に残ることにしたみたいなの。雷門の皆ともっとサッカーやりたいから、って」
その言葉に、私の心がどれだけ嬉しさを溢れさせたことか。表には出さなかったが、嬉しすぎて頬の筋肉が緩みそうで大変だった。危うく変人になる一歩手前で私は気合いを入れ直し、着替えてグラウンドに向かう。しかし、恋は前途多難だった。主に、私の性格のせいで。
今日の練習は、部員を二つのチームに分けて行うミニゲームがメインだった。少人数制なために、一人一人の担う役割は自然と大きくなる。私には、ごり押しできる力はない。体型も女としての標準だし、速さだとかの特出した能力があるのでもないし。それに、これといって強力な必殺技を持っているわけでもない。細かな小技を器用に使って出し抜くしか、サッカーで活躍する方法はなかった。だから、私は皆のサポートに回ることが多かった。けれど、ミニゲームではそうはいかない。男と対等に渡り合える力が何かしらなければ、私は勝てない。中学になってからは、それが顕著になってきた。 今回のミニゲームでも、私のいるチームは若干押され気味だった。まずい、私のせいで負けるのは嫌だ。焦りは隙を生む。私がボールを持ったとき、カットしようとスライディングしてきた人影を避けることが出来なかった。気がついていれば体勢を崩す程度で済んだかもしれないが、そのまま私は地面に倒れ込んでしまった。
「ごめん、大丈夫?」
「ん、ああ‥‥」
「膝、怪我してるじゃないか!」
「平気だよ、これくらい」
「血が出てる、消毒した方がいいよ」
「水道で洗ってくる」
「オレも行く」
私にスライディングしてきたのは、一之瀬だった。覗き込んで心配してくれる彼に、内心私はどきどきだった。どうしても着いてくると言って聞かない彼。二人きりの時間はかなり魅力的だが、少しも心の準備が出来ていない状態で話したら、ボロを出してしまうかもしれない。結局彼は折れてくれず、二人で水道まで行くことになった。 無言で茶色い土の上を歩いていく、私と一之瀬。口を開けば、何か余計なことを言ってしまいそうで、話しかけることができない。
「えっと、半田さん、だよね」
「あ、うん。呼び捨てでいいよ」
「半田、でいいのかな‥‥‥マネージャー以外の女の子、一人って大変じゃない?」
「そうでもないよ、皆優しいし。サッカーやってるときは、そんなこと考えてられないし」
「男に生まれたら良かったのに、とか思ったこと、ある?」
「うん、まあ‥‥‥」
「そっか」
それから先、私達の間に会話らしい会話は一つも生まれなかった。傷口を水で洗うときに声をかけられたくらいで、グラウンドに戻るまで、双方ともに口を開くことはなかった。 戻ると、救急箱を持った秋が待っていた。一之瀬に着いて来てくれたお礼を言って、ベンチに座る。秋が救急箱から消毒液を取り出したりしている間、私はグラウンドの中を眺めていた。一之瀬に駆け寄った円堂が、何か聞いているようだ。それに二言三言、笑顔で答えた一之瀬に、円堂は頷く。きっと私の怪我のことだろう。円堂は走って私の座るベンチへと向かって来た。
「怪我、平気か?」
「たいしたことないよ。練習続けてて」
「わかった。大丈夫そうなら、消毒終わったら加われよな!」
「もちろん」
来たときと同じように走ってグラウンド内へと戻る円堂の背中を見つめていると、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。 ガーゼと消毒液を持った秋が、何故か笑っている。
「なんかおかしいこと、あった?」
「ううん、なんでもない。気にしないで」
「気になる‥‥‥いたっ」
「あ、ごめんね!結構擦れちゃってるみたいだから、染みるよね」
染みるよね、と言っておきながら消毒液の付いたガーゼを傷口に宛がい続ける秋に、若干苦笑いを浮かべつつ、私はボールを目で追った。
まだ完全に痛みが引いたというわけではないが、動けないほどではない。私は彼等に交ざり、部活動終了時刻までしっかりと練習した。 練習が終わった後、部室に行く前に一之瀬に声をかけられた。足の具合はどうか、というものだった。
「ちょっと痛むけど、平気」
「良かった。痕にならないといいけど」
「なんで?」
「だって、女の子の足に傷痕付けちゃったなんてことになったら、オレ最低だろ?」
真剣に言う一之瀬に、喜んでいいのかどうなのか正直わからない。別に、傷痕とかあんまり気にしないんだけど‥‥‥ああ、でも、もしかしたら一之瀬は気にするのかもしれない。そう思えば、私もしっかり女として見られているのだ、と少し嬉しかったり。
「あのさ、半田って好きな人、いるの?」
「えっ?」
「ごめん、なんか変なこと聞いたよね。でも、周り男ばっかりだとどうなのかなって思ってさ。秋は円堂のこと、好きみたいだし」
「一之瀬は、秋のこと、好きなの?」
「秋は、大切な友達だよ」
その言葉を聞いて、安心した私がいる。胸のつっかえが一つ外れたような気分だ。 視線を感じて横を見てみれば、一之瀬がじっとこちらに目を向けていた。
「なに?」
「オレのこと、好きでしょ」
「‥‥‥うえっ?!」
まさかの発言に、顔に熱が集まる。からかわれたのかと思って表情を探ってみれば、そこあった一之瀬の顔は真剣そのもの。 なんと言って返せばいいのかわからず、視線はふよふよと宙をさ迷った。
「えっ、と‥‥‥」
「かわいいね」
考えていたら、頬に柔らかな感触。それがキスだと気付くまで、かなりの時間を要した。 私の恋愛メーターは容量を超えたのか、針が振り切ってしまった。茹でダコのごとくに真っ赤になった私。だって、そんな、まさか。
「オレのこと、好きでしょ?」
「す、好きなわけないだろ!いきなりキスとか、するし‥‥‥むしろ嫌いだ!」
「嫌いって言われるの、そんなに嫌じゃないんだよね、オレ。だって、嫌いだって言うってことは、それだけオレのこと見てくれてるってことなわけだし」
にっこりと形作られた彼のその爽やかな笑顔は、私の中では憎らしいものと成り果てていた。
「おまえなんか、嫌いだ!」
(そのとき私には、そう言う他には選択肢はなかったのだ。今となっては嫌いだという言葉は、愛情表現であると認識されているらしい。逃した一度の告白チャンスは、私が思っていたより重大なものだったようだ。)
(090808)
*** gdgd\(^o^)/ 恋愛に敏感な一之瀬ってどうだろうか
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