(05.押せないボタン/一半、04の続き)
彼が会えないくらい遠くに行ってしまったとしても、連絡を取ることはいくらでも可能だった。 世の中には携帯と言う名の便利な道具があるわけだし、住所を教えてくれなかったわけでもない。 なのに、指は動いてくれない。 怖かった。彼の「さようなら」がどんな意味を含んでいるのかを考えると。 もし、俺との関係を断ち切るという意味での「さようなら」だったら? そう思うと、連絡を取ることが出来なかった。
あの泣き明かした夜から毎日、携帯と睨めっこの日々が続いている。 声が、聞きたい。 アドレス帳の「あ行」の一番上。通話と書かれたところにカーソルを合わせ、決定ボタンに指をかける。 押せ、ない。 あと一回だけボタンを押せば、彼の声が聞けるのに。 最後の砦を、どうしても破れなかった。
彼がいなくなってから、二週間。相変わらず俺は携帯との睨み合いを続けている。 結局ボタンが押せないまま、時間は静かに流れていった。
携帯のデータフォルダに入った、馬鹿笑いしてる俺達の写真。見ているとまた泣いてしまいそうで、いっそのこと消してしまおうかと思ったものの、その時すらも削除に合わせられたカーソルを押せなかった。 消したくない。 彼との思い出を、なかったことにしたくない。
その夜、俺は決心した。今日こそは通話開始の決定ボタンを押す。 早めに風呂に入って、布団の上で携帯を握りしめた。毎日やっていたように、通話にカーソルを合わせる。 心臓が緊張で早鐘のように鳴る。 どうしよう、もしあいつが出なかったら。着信拒否とか、されてたら。番号、変わってたら。
「ふっ、う‥‥‥」
流しきったはずの涙がぼろぼろ零れて布団に落ちる。 携帯を持つ手がおかしいくらいに震えて、ボタンが押せない。
その時、着信を伝えるバイブレーションとランプが、俺の心臓をこれでもかと跳ねさせた。 ディスプレイに映し出された文字は、焦がれていた人の名前だった。 長いこと押せていなかったボタンを急いで押して、携帯を耳に持っていく。
「いちのせ、いちのせっ‥‥‥!」
「そろそろ泣いてる頃かなって思って、電話しちゃった」
「遅い、んだよっ、ばかぁ!」
「ごめんね‥‥‥ねぇ、半田。オレがいないと寂しい?」
「ああ寂しいよ!そりゃもう死んじゃいそうなくらいにな!」
「それは良かった。今週末、会いにいくから」
「そんなにまてない」
「毎日電話するよ」
「今回は、それで、勘弁してやるっ」
(もしかしたら彼にはわかっていたのかもしれない。俺が嘘をついたことも、毎日携帯と睨めっこしていたことも。これが俺の本音を引きずり出すための巧妙な計画だったとしたならば、彼はとんだ策士だろう。今回のことについてはおかしな点がいくつかある。俺は気付いてしまった。これは、事実彼の考えた計画だったのだ。しかし、俺は未だに彼に対して素直になりきれていない。だから、)
「ねぇ、次はどんな嘘をついて俺を罠に嵌めるの?」
(090726)
*** 一之瀬は多分親戚の家かなんかに行っただけってことにしておいて下さい^^ 行き当たりばったりなので細かなことには目をつぶって下さると嬉しいです…
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