(02.可愛くなくて結構/松半)
「その帽子、可愛いよな」
真っ赤に染まった帰り道、いきなりそんなことを言い出すもんだから、不覚にもびっくりした。 熱でもあるんじゃないかとか、ついに頭狂っちゃったのかとか考えてもみたけれど、表情を見れば至って普通。いつも通りの目立たない作りの顔がそこにあった。
「いきなり何、暑さに頭でもやられちゃった?」
「なんとなく」
「真一があんなこと言うなんて珍しいよ」
「そうかな」
「かなりね」
視線を感じる。ちらりと横を見てみれば、目が合った。 そして、溜め息。 別に溜め息を吐かれるようなことはしてないんですけど。 歩いているだけでそんなことされるなら、僕はどうすればいいというのか。
「‥‥それで似合っちゃうんだもんな」
「はぁ?」
「マックスったら、かーわーいーいー」
「ホントおかしいよね、今日」
「うん、確かにおかしいかもしれない」
笑顔が硬い。さっきはいつもと同じだと思ったが、やはりどこか変だ。 表情も陰っているし、言動も意味不明。 何か、あったのだろうか。 しかしこの半田真一という男は、自分からそれを打ち明けようとする人間ではなかった。 だからというわけじゃないけど、僕は何も聞かずに彼を元気にさせる「魔法の言葉」を言うための準備をするのだ。
「しーんいち」
「ん、なに‥‥‥うわっ」
どこかぼーっとしているその頭に、帽子を被せる。 驚いて足を止めた彼の正面に回り込むと、深く被せすぎたのか前が見えなくて慌てている面白い姿を見ることが出来た。
「プッ‥‥‥くくっ、あはははは!」
「わ、笑うなよ!」
「だ、だって、おもしろ‥‥‥」
「あーはいはい似合わないですよねー、可愛くなくて結構!」
「ふう‥‥‥誰が、可愛くないなんて言ったの?」
「え、」
「誰が可愛くないなんて言ったの?」
「笑ったじゃん」
「だって可愛かったんだもん」
「なんだそれ、意味わからないぞ」
「今度からそれ、被れば?僕のものだっていう証にぴったりでしょ」
「はぁ!?いらない、断固として拒否!」
「冗談ですー、本気にしちゃってさ」
「か、可愛くない奴‥‥!」
「可愛くなくて結構、」
君だけで充分でしょ?
(090723)
|