(10.何で君には分かってしまうの。/たぶん一半)
ガラスの割れる音がした。世界に亀裂が入る、球体の世界が崩れていく。球でなくなった世界はどのような形をしているのだろうか。円、それとも角錐、はたまた菱形?立体なのか平面なのかも全く見当がつかない。 割れた箇所から水が流れ落ちていく、これは海だ。初めは少しずつ、だんだん亀裂は広がり、最後にはヒビが穴になった。水に浮かぶ船はどうなるのか。水と一緒に流されて、遠い異次元の塵芥と化すのか。 壊れてゆく世界の結末を見ることはなかった。何故なら、これは俺の夢であり、現実ではないからだ。
気がつけば俺は、固いスプリングのベットの上で息を切らせていた。完璧に創り上げられたはずの俺だけの世界が、ゆっくりと崩れていくその感覚は、まるで他人によって自分のアイデンティティを踏みにじられているようで、痛い。身体の奥底から聞こえてくる、崩落の音。夢の世界の崩壊は、止まることを知らないとでもいうのだろうか。 上半身を起こして、真っ白なシーツを握りしめる。ぽたり、シーツに墜ちる雫。俺はいつの間にか涙を流していた。もしかしたら、あれは世界なんかじゃなかったのかもしれない。球体から流れ落ちたのは、海水ではなく、涙だったのかもしれない。ならば、あの球体は、何?壊れたものは、何?世界?俺の、セカイ?
いや、きっと、心だ。 寂しさや苦しさに押し潰されて、心という名の世界は壊れてしまった。支えていたものが一つなくなるだけで、いとも簡単にバランスを崩し、倒れてしまう。人間とはなんて脆弱な生き物なのだろう。
「あれ、起きたの?」
「おはよう」
「おはよ、てかなんで泣いてんの」
「わからない」
「ふーん、なるほどね‥‥‥」
「なるほどって、何が」
「朝早くに電話があったんだよ」
「誰から?」
「伝言頼まれちゃってさあ」
「だから、誰だよ!」
「一人で泣かないで、だって。ホント気障だよね」
「‥‥‥‥」
「電話、してくれば?」
「してくる」
涙の海は再びガラスの中に収まった。時間が戻っているのかと思うくらい、元通りに修復されていく。 俺は公衆電話に素早く彼の携帯の電話番号を入力して、受話器を耳に宛がう。彼が電話に出たら挨拶もなしに、泣きながら笑顔でこう言ってやるのだ。
「なんでお前にはわかっちゃうんだよ!」
(091018)
*** 何かに押し潰されそうになったとき、支えになってくれる人が一人でもいたら、それは素敵なことだと思うのですよ。
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