(09.本心/一半)
変だな、と思った。 いつもならうざったいくらいに構ってくる一之瀬が、何もしてこないのだから。 別に何かされることを自ら望んでいるわけではないが、普段は苛々の原因であるそれも、いきなりされなくなると些か居心地が悪い。 ちらり、盗み見てみれば、当の本人は面白そうに土門と話している。 多分、俺に構うのが飽きたんだろう。スルーしてしまうことがほとんどだったし、賢明な判断であると言えよう。俺としては、面白くない。 面白く、ない?
(これじゃあ俺が構って欲しいみたいだ)
着替えを終えた俺は、未だに話し声の絶えない部室を後にした。扉を閉める前に再び一之瀬に目をやる。 ぱたん、こちらに気付くよりも早く、扉は閉じてしまった。
結局その日の部活が終わるまでの間にも、一之瀬は俺に話しかけるどころか、こっちから話しかけようとしてもしっかり応じようとはしなかった。 どうも調子が狂うな、と思い始めた部活終了時、一之瀬がいきなり後ろから飛び掛かってきた。抱き着いてきた、ではなく飛び掛かってきたのだ。
「なんだよ、いきなり!」
「半田、今日寂しかった?」
「‥‥‥はあ?」
背中に感じる僅かな痛みと温もりに、何故だか安心する。寂しかったといえば寂しかったかもしれない。 シャツのボタンを留めながら、溜め息をつく。
「押して駄目なら引いてみろ、って知ってる?」
「知ってるよ」
「土門にさ、半田が全然オレのこと見てくれないんだ、って相談したら、お前はべたべたくっつきすぎなんじゃないかって言われた」
「本当にな!」
「だから、引いてみたんだけど、」
どうだった? 聞いてくる一之瀬に、俺はどう返すべきか迷っていた。軽くあしらって済ませるか、素直に言ってみるか。 肩の重さに身じろいで邪魔をアピールするが、腕はどく気配を見せない。それどころか、答えを催促するかの如く重さが増した気もする。 シャツのボタンは下まで全て留まった。拘束された状態では先に進めない。ああ、苛々する。
「おまえの方が我慢出来ないくせに!」
絞り出した言葉は本心とは遠からず近からずのものだったが、一之瀬は満足したのか頬に小さな衝撃とリップ音を残し、今度は正面から俺を抱きしめた。
(どうせおまえには、わかってしまっているんだろう?)
(090830)
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