(月が綺麗だと言った彼の話/円夏)
りいん、りいん。 微かな夜風に、風鈴が鳴る。夏にしては涼やかで、過ごしやすい夜だ。 縁側に腰をかけ、空を眺める人影が二つ。話し声は聞こえない。ただ一点に夏の夜空を、月を見つめている。 ふわり。長くウェーブした髪が、風に煽られて揺れた。
「月、綺麗だな」
「‥‥ええ、そうね」
ゆっくり、ゆっくり静かに、夜に溶けてしまうくらい静かに、二人は会話を交わす。周りには気配はない。 ただ時々、道路を車が通過していく音があったが、それももはやごく小さなことでしかなかった。
「でも、」
髪を掻き上げ、少し口ごもる彼女に、もう一つの影は首を傾げる。 視線の先は、月からお互いへと変わっていた。
「私の瞳も、同じくらい美しく輝いていると、思わない?」
恥ずかしげに、言葉を紡ぐ。彼女の言葉を聞き、何故かと問うた彼の心中は、計り得ない。 しかし、純粋に問う彼に、余計彼女は口をまごつかせた。
「だって‥‥私の目の前に、太陽があるんですもの」
「太陽なら、もう沈んだだろ?」
「‥‥もう、相変わらずね、円堂くんは」
私の瞳が月ならば、
ねえ、知ってるかしら。月は太陽の光を反射したからこそ、あんなにも綺麗に輝いているのよ。 そう言った彼女の瞳は、夏の夜空を美しく彩っているように、思えた。
(あなたの光で輝けるから。)
(100727)
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