稲妻 | ナノ
純粋な恋の話














おかしい、こんな状況は絶対におかしい。一体どんな状況なのかって?見てのとおりこんな状況である。
詳しく説明すると、学校にいる間、一之瀬と二人きりの時間が増えたのだ。向こうはそれで構わないみたいだが。こんなことを言っておいて何だが、だからといって一之瀬と二人きりが嫌なわけではなく、今まで一緒に行動してきた部活のやつらといる時間が極端に減ってしまったことに問題がある。
放課後の部活では柔軟や二人組でやる練習も、たいてい一之瀬と組むことになる。そしてこれは多分、部活の皆がそうなるように仕向けているんだろう。だって彼らは俺達の告白シーンを覗き見ていたのだから。お節介にも二人きりになるように配慮してくれているのだということは十分に考えられる。まったく、いらない気遣いだ。
そんなこんなで、俺は学校にいる授業以外の時間の8割近くを一之瀬と共に過ごしている。二人で過ごす時間は楽しいし、居心地が良い。だが、俺は所詮ただの中学2年男子なわけで、大勢で馬鹿をしたい年頃真っ盛り。甘い空気の漂う恋人同士の空間などというものとは無縁といっても等しい。
そんな俺が、アメリカ帰りの恋愛に積極的で甘い言葉をこれでもかと浴びせてくるようなやつとずっと一緒にいてみろ。友達と馬鹿やってた頃が懐かしくなるに決まっているというものだ。


昼休み、給食が終わってすぐに一之瀬が教室にやってくる。そして、図書室に行かないかと誘う。毎日のようにやってくる一之瀬に、事情を全く知らないクラスの友人らは不思議に思っていることだろう。まさか俺たち付き合ってます、なんて言えるわけもない。一度聞かれた時にサッカーの話だと言ってごまかしておいたので、多分それで納得してくれているんだと思う。
今日も今日とてクラスにやってきた一之瀬を断る理由など一つもなく、俺らはほぼ誰も使用していない図書室の一角に座っていた。何をするわけでもない。たわいのない話をしたり、サッカーについて語ったり。ときには一之瀬がアメリカにいたときの話をして昼休みが終わったこともあった。
今日のパターンは昼寝だ。俺が欠伸をして眠いと呟けば、自分も眠いから昼寝でもするか、と言う。その言葉は本当だったらしく、俺が椅子に座って少しの間突っ伏しているうちに、一之瀬は背もたれに器用に体を預けて眠ってしまっていた。体は突っ伏した状態のまま目線を上げ、寝ている一之瀬を観察する。思えば、こんなにまじまじと一応恋人であるこの男を見てみたことなど今までになかった。‥‥‥普段の生活でそんなことができるはずなどないのだが。(しかし一之瀬からは視線を感じることが多い。こいつには恥ずかしいという気持ちはないのか。)
告白されたときにも思ったのだが、一之瀬はかっこいい部類に入るであろう顔立ちをしている。実際、俺のクラスの女子グループのいくつかは、教室に一之瀬が入ってくるだけで色めき立ったりするのだから、この推測は間違ってはいないだろう。そうとう女子にモテるに違いない。
そんな男が俺のことが好きだと言い、俺の目の前ですやすやと寝息をたてて眠っている。なんて滑稽な話だ、自分でも笑えてきてしまう。
観察を続けていると、いつもは気付かない様々な点に気付くことができた。一之瀬は睫毛が長い、そして寝ていても無駄にかっこいい。だが、少し表情が幼くなる。ちょっとかわいいかもしれない。ああ確かにかわいいかも‥‥ってなんだそれ、自分にツッコミを入れる。一人ノリツッコミは切ない。以上。
あほらし、と溜め息を零して腕に顔を埋めれば、静かだった室内に控え目な笑い声が響いた。人の気配はこれっぽっちもしなかった。足音でさえも。図書室に俺たちの以外の人物が入ってきたとは考えづらい。なら、誰が。‥‥‥なんて、そんなことは決まっている。




「オレのこと見てたと思ったら、急に百面相しだすから。面白いなぁ」

「‥‥起きてたのかよ」

「いや、半分は寝てたよ。途中で視線感じて完全に起きたけどね。何、オレに見とれちゃったとか?」

「ありえないありえない」


かわいいなぁ、と言ってニコニコ笑う一之瀬。そこはかわいくないなって言うとこだろ。このツッコミは心の中の引き出しに丁寧にしまっておくことにする。
そうだ、この際言ってしまえばいいのではないか、この状況のおかしさを。俺の意見を話せばいい。一之瀬は話を聞かないようなやつじゃない。頭も良いし、ちゃんと理解してくれる。
未だに笑みを浮かべてこちらを見ている一之瀬に、真剣な眼差しを向ける。空気が変わったのを察したのか、向こうも真面目な顔になった。


「話が、あるんだ」

「‥‥何?」

「あのな、」


そこで一拍置く。息を吸って、吐く。別に別れようとかそういう話をするわけじゃないってのに、何を緊張しているんだ、俺ってやつは。


「やっぱり、部活のときくらいは皆で一緒に行動したいんだ」

「え?」

「いや、だから、その‥‥‥二人でいるのが嫌だとかそういうのじゃなくてさ、最近部活のやつらと騒いだりしてないから。一之瀬といると楽しいし、うん‥‥なんて言えばいいのかよくわかんないけど、二人だけで行動するんじゃなくて、皆といてその中で自然に二人になればいい、みたいな」

「なるほど、だいたいわかった。オレも思ってたんだ‥‥皆気を使ってくれてるんだろうけど、少しやりすぎかもって」

「あー、うん。そうそう」

「それで、真一は皆にラブラブなところを見せ付けたいんだよね?」

「あー、そうそ‥‥‥ってなんでそうなるんだよ!」

「そういう風に聞こえたんだけどな」

「そんなこと言ってない、断じて!」


相変わらずニコニコと笑う一之瀬には、俺は一生勝てないのかもしれない。見せ付ける、それもいいかもな、と思ってしまった自分を羞恥心が責め立てるのに、そう時間はかからなかった。













次の日、土曜の部活の朝、一之瀬が二人で話したことを皆に言ってくれた。そのときの様子を俺は見ていなかったからどうなったのかはわからないが、昼食休憩のときの雰囲気からしても、皆納得してくれたらしい。
久しぶりに部活で大勢で食べる昼食は楽しかった。やはり、この時間は俺にとっては必要なものなのだ。‥‥たまに二人で食べるくらいなら、良いかもしれないが。









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「ねぇ、前にも増してラブラブになってないあの二人」

「ああ‥‥円堂や一年達は好奇心や親切心から二人っきりにしてやってたみたいだけど」

「僕らは違うもんね」

「おい、風丸にマックス!あいつらどうにかなんねーのか!」

「無理だな」

「無理だね」

「くそっ、あいつらピンクオーラ発しやがって‥‥!」

「その台詞ひがみにしか聞こえないけど」

「なっ!?」

「初な染岡くんにはラブラブピンクオーラは早かったかなー?」

「てっめ、ぶっとばす!」

「あはははは、酷いカオー」

「その辺にしておけ、マックス‥‥」




二人は、知らない。





***
なんだかんだいってラブラブな二人。
設定的には続・愉快な〜のさらに続きみたいな感じです。
一之瀬は多分わかってやってますね、うざいくらいのピンクオーラ。
桂馬さま、よろしければどうぞ!


(090706)