「またな、半田に一之瀬!鍵よろしくな」
勢いよく部室から飛び出していく円堂を手を振って見送る。ギィ、バタン。扉が閉まった途端に訪れる静寂。夕日の光が差し込む部室に残ったのは、俺と一之瀬の二人だけだ。
「さっきの話の続き、しようか」
静かに口を開いた一之瀬。話の続きをしようと言ってはいるが、多分俺に答を求めているのだろう。部活中に少し考えてはみたものの、全く頭は働かなかった。逆に一之瀬が目に入ると思考回路がショートしたかのように何も考えられなくなる。意識しすぎだろ、俺。いや、意識してしまうということは好きってことになるのか。
「‥‥嫌いではないんだけどさ」
「じゃあ、好き?」
「そうは言い切れない」
「なら好きじゃない?」
「そうとも言い切れない。俺の気持ちのはずなのに自分じゃ全然わからないんだよ」
投げやりに言ってから、一之瀬に背を向けて椅子に腰掛ける。机ををひじ掛け代わりにして頬杖をつくと、無意識の内に溜め息が出た。一之瀬がゆっくりと近づいてくる気配がする。後ろにいるのだから表情等はわからないが、俺の真後ろで止まったのだけは確かだ。 次の瞬間、俺をホールドする腕。ほんの一瞬の出来事に、息が詰まった。頬杖をしていた右腕ごと包み込むように回された一之瀬の腕。背中に感じる温かな感触はきっと一之瀬の胸の辺りだろう。
「わかる?」
「うわっ‥‥な、何が」
左耳を掠めた吐息に思わず肩が揺れてしまう。若干強くなった腕の力に体を強張らせるが、拘束が解かれる気配はなかった。
「心臓、全力疾走した後みたいになってるだろ。緊張してるんだよ、オレだって」
背中越しに伝わってくる心臓の音。確かにそれはまるで早鐘のようにドクドクと鳴っている。一之瀬は緊張しているんだ、本当の本当に俺のことが好きなんだ、と再確認した途端に恥ずかしいやら嬉しいやらのいろんな感情が溢れ出す。一之瀬の手が俺の心臓の上に置かれた。ばれてしまう、実は好きになってもいいかななんて思っていたことが。
「いちのせ、」
「やっぱり半田も凄い緊張してる」
「俺、」
もしかしたらおまえのこと好きなのかもしれない。無理矢理腕を振りほどいて立ち上がり、一之瀬を見て言う。ぽかーん、としたいつもでは考えられないくらいの間抜け面を前にして、やってしまった感が沸き上がってくる。言ってしまった、ついに言ってしまった。一生分の勇気を使い果たしたかもしれない。再び部屋を支配する沈黙がかなり痛い。ちくちく刺さるような沈黙を先に打ち破ったのは、未だに間抜け面が抜けきれていない一之瀬だった。
「今の、本当なのか?」
「‥‥あくまで、かもしれないだからな」
あまりの羞恥に顔を逸らすが、いつの間にか目の前にいた一之瀬に抱きしめられてしまって意味はなかった。身動きの取れない俺は流されているしかなかった。決してそのままの状態でいたかったとかそんなわけではない。
「オレ、凄い嬉しい」
「まだ完全に好きって言ったわけじゃないぞ」
「でも半田は絶対にオレのこと好きになるよ。そうだ、これからは真一って呼んでもいいかな?」
「別にいいけどさ、どっからその自信は沸いて来るんだよ‥‥」
「見てればわかるさ」
俺を解放した一之瀬は、鞄と鍵を持って部室の扉へと向かった。途中で振り返ったかと思えば、いつもの爽やかな笑顔で一言帰ろうと言われ、不覚にもときめいてしまった。うわなんだこれ、気持ち悪いぞ自分。溜め息混じりに適当に返事をして鞄を手に取る。いざ帰ろうとしたのだが、一之瀬に阻止されてしまった。いったい何がしたいんだ。
「ちょっと待ってて」
何をするかと思えば、窓の方へと歩いていく。鍵でも閉め忘れたのかと思い様子を見ていると、一之瀬は勢いよく窓を開け放った。
「さて、皆も一緒に帰ろうか」
「はぁ?皆って‥‥まさか」
窓に駆け寄って下を覗いてみれば予感は的中。円堂を筆頭に何人かのサッカー部がしゃがんで俺達を見上げていた。所謂盗み聞きってやつだ。
「ほんっとごめん、どーしても気になっちゃってさ‥‥」
「まったく、だからやめておこうって言ったんだ」
「とか言いつつ風丸先輩もノリノリで聞いてましたよね」
「お前が言えたことか!」
ぎゃいぎゃい騒ぎ始めた部員達を横目に、一之瀬を睨み付ける。俺の視線に気がつくと不思議そうに首を傾げた。なんて質の悪い奴だ。
「おまえ、気付いてたんだろ」
「うん、まぁね」
「なんで教えなかったんだよ」
「だから、」
「言ったじゃないか。君は絶対にオレのことを好きになるって」
なるほど、俺に逃げ場なんてものはないわけか。悪質にも程がある。しかし、俺は一之瀬のことを好きになる以外に道はないのだろう。なによりお節介やきな部員達が、ここまで話を聞いておいて何もしないなんてことはありえないのだから。
嗚呼、なんて 愉快な話なんだ!
(090531)
*** 計算高いいちのせと振り回されるはんだ
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