稲妻 | ナノ
夢色アンドロメダ



※近未来SFパラレルです。そういうの駄目って方はご注意。










学校からの帰り道。風を切る音のみをお供にして、リニアが全体を半透明のトンネルに覆われた線路の中を走っていく。線路といっても、レールはない。車体が少し浮いているのだ。これを浮上式交通システムと言うらしい。なんでも、昔はレールがあったせいでガタガタとうるさかったそうだ。産まれた頃にはすでにリニアが走っていた僕達にとっては、想像の範疇でしかわからない話だが。都内某所にあるという鉄道歴史博物館などに行ってみれば何かわかるかもしれない。まぁ、行く気はないけども。
社会の授業で先生が言うことには、僕達の住むこの時代はとんでもなく中途半端で、良いものなのか悪いものなのかわからないのだという。科学は著しい進歩を見せたし人々の生活こそ昔に比べて楽になったかもしれないが、それと同時に何かを失い続けているのかもしれない、とも言っていた。パソコンのスクリーンを見つめながら、ぼーっとして聞いていた話だが。
家に着く手前の信号で足を止める。人が飛び出さないようにと取り付けられている車道と歩道の区切りは何で出来ているのだろうか。ふと、横に目をやる。ここら一帯の家のゴミをまとめるゴミ捨て場。自動分別機によって分別されたゴミは、清潔感溢れるボックスに容れられ、処理場へと運ばれる。あれが可燃ごみ、隣が不燃ごみ。さらにその隣がリサイクル品。横には粗大ごみを置いておく広めのスペースが‥‥と、そこで僕は目を止めた。本来そこにはあるはずもないものがあったからだ。
信号が青になったにも関わらず、ゴミ捨て場へと走る。粗大ごみ置き場の目の前に立つと、近くで再びそこにあるものを確認した。それは、人間の形をしていた。


「何、してんの」


恐る恐る話しかけるが反応はない。ちょこんと置き場の隅に座ったそれは、驚くほど無表情に真っ直ぐ正面を見据えていた。焦げ茶の髪に同じ色の瞳。年齢は多分同じくらいで、見たところ男だろう。こうして観察している間にも、まったく動く気配はない。生気の抜け落ちた瞳が宙を見つめる様は、僕の恐怖感を煽るには十分すぎた。しかしその恐怖感よりもなによりも、好奇心が全てに打ち勝ったのだ。しゃがんで目線を合わせてみる。が、目線が合わない。焦点が合っていないからだ。正直怖い。


「ここ、粗大ごみ置き場だけど」


さっきよりも大きい声で言ってみても、返事はない。それどころかこっちを見る様子もない。目を開けたまま寝てるのかもしれないと思って、揺するために手を伸ばす。5月といえども日が落ちてきて肌寒い時間だというのに、半袖Tシャツ一枚。剥き出しの腕に手をかけた瞬間、驚いてその手を引っ込めてしまった。その肌は、生きている人間にしては冷たすぎた。まるで金属であるかのような冷たさ。でも人間の肌と同じ弾力のある触り心地。奇妙な感覚だ。


「誰?」


なんともいえない不思議な触感に言葉を無くしていると不意に声がした。聞いたことのない声。まさかと思って顔を上げれば、無機質な人形のようだった少年が首を傾げてこちらを見ていた。瞳には生気が宿り、夕焼けの空を反射させている。よかった、生きてたのか。ほっと胸を撫で下ろす。眠っている、あまつさえは死んでいるんじゃないかと気が気ではなかったのだ。


「僕は通り掛かったただの学生。ここ粗大ごみ置き場だけど、なんでこんなとこ座ってるのさ」

「俺は棄てられたから」

「棄てられた?今の時代奴隷制度なんて残ってないよ。つーか捕まる」

「人間じゃないんだ、俺」

「まさか、」


だったら尚更こんなところにいるはずはない。人間ではなく、ほぼそれと同じように造られた人工の人型ロボット。そう、アンドロイドだ。最新の技術をこれでもかと注ぎ込んで、知能と人間に限りなく近い思考回路とを備えたアンドロイドは第二の人間と言っても過言ではない。それほどに完成度が高いのだ。実際、見分けがつかなかったのだから。どうしてこんなところに棄てられているのだろうか。アンドロイドはとんでもなく値段が高い。一体で軽く家が買えてしまうという。何故値段が高いかというと、大量生産ができないかららしい。人工知能を一つ造るにも膨大な費用と時間が必要なのだとか。じゃあ何のためにそんなものを造るのか。それは、金持ち達の娯楽のためだったり、働き手を補うためだったり。一般人のキャパシティでは到底理解し難いことだ。


「多分そのまさかで合ってると思う。普通人工知能って凄く能力が高くなるように造られるんだけど、俺の場合どこかで回線が狂って人並みの知能しか持ってないんだ。それで女性型ならどっかのマニアが買うかもしれないけど男だし。で、棄てられた」

「でも、なんでこんなところに」

「逃げたんだよ。アンドロイドの廃棄には手続きが必要だから、その間に。普通なら探知器が内蔵されてるから逃げても意味がない。でも俺は人工知能をボディに装着して動作確認やっただけで、探知器嵌め込まれる前に廃棄場行き決定だったし。それでいろんな所歩いてたんだけど、もうめんどくさくなって」


どうせ充電切れて動けなくなるだけだし、と言って笑う目の前のアンドロイド。機械もめんどくさいなんて思うのか、なんて感心してる場合ではない。僕はどうしたいのだろう。この廃棄処分を免れるために逃げ出してきたロボットを。


「僕ん家、くる?」

「え、何」

「だから、僕ん家くる?」


伏せられていた目がこちらを見る。丸く見開かれた瞳は、機械であることを否定するかのように感情的に揺れていた。不安げな表情に微笑みかけると、彼はそれに応えて笑った。さて、親にはなんて説明をしようか。でもとりあえず今は、家に帰ろう。


「僕は松野空介。で、君名前は?」

「えーと、FA-RS1」

「それは名前というより型番‥‥えふえーあーるえすわん、あーるえすいち‥‥‥そうだ、じゃあしんいちね、はい決まり」

「え、は?」

「君の名前はしんいちだ!漢字はなんでもいいけど。ケータイで変換して1番上に出たやつでいっか。‥‥これ、真実のしんに数字のいち」

「真一?」

「そうそう」

「えーと、まつのくうすけ?」

「空介でいーよ」

「ありがとう、くうすけ」




太陽はもう、とっくに沈みきっていた。















(090517)

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続きを書くかもしれないですが予定は未定です。