稲妻 | ナノ
太陽の下へ














静まり返った部屋。決して誰もいないというわけではなく、六人の男子中学生がそれぞれ自分の好きなことをやっているだけ。それも無駄に熱心に。放課後の部室、これが囲碁将棋部の部室なのだと言えば納得いくのかもしれない。たが、ここはサッカー部。ゲームをしていたり漫画を読んでいたりと明らかにサッカー部のすることではないが、紛れも無くここは雷門中サッカー部だった。
昨日発売したばかりの漫画雑誌をぺらりとめくりながら、溜め息をつく。いつもと同じならそろそろ来るはずだ。ガチャリ、ドアノブが回る音がした。


「みんな、練習始めるぞ!」

「うわあああゲームオーバー…」


明るい調子の声と落胆した声が同時に部室内に響く。それ以外の人間は動く気配はない。ゲームオーバーになった時特有の物悲しい曲が耳に入る。


「おいおい、練習しないのかよ!?」

「今日はグラウンド取れたのか?」


俺と染岡が陣取っている向かい合った机の上に手を置いて覗きこんできたサッカー部キャプテンを横目に捉え、雑誌から目を離さずにそう言うと、案の定キャプテンの円堂は言葉を詰まらせた。弱小とも言われている我らがサッカー部は、グラウンドなど使えやしない。今日もまた円堂は河川敷で小学生相手に練習にもならない練習をするのだろう。


「河川敷で練習してるから、気が向いたらお前らもこいよな!」


ボールを抱えて走り去って行った円堂の背中を見れば、ちょっとした罪悪感が芽生えた。彼を追いかけようとしてドアを閉めていたマネージャーの木野と目が合ったような気がして、慌てて雑誌に視線を落とす。もしも木野の瞳が俺達を責めるようにこちらを見ていたらと思うと、背筋がぞわっとした。嫌な考えを頭の中から払拭する。そんな時、そういえばといったように口を開いたのは宍戸だった。


「この部活、廃部になるかもしれないって噂が‥‥」


呟くように発せられた一言に、一同唖然となる。廃部、サッカー部が。俺は雑誌をゆっくりと閉じた。あれやこれやと騒ぎ立てる部員達をよそ目に、机に突っ伏す。そういえば最近ユニフォーム全然着てないな、と思いながら肩の辺りが引き攣った制服の居心地の悪さに身をよじらせた。














次の日、俺はというと円堂のところへと走っていた。実際に走っていたわけではないが、とりあえず急いでいた。理由は冬海先生からの伝言。校長室に来いという内容の伝言に、さっと血の気が引いた。まさか廃部のことなんじゃないだろうか。他に思い付くことがない、円堂が呼ばれる理由なんて。教室に入ってその旨を伝えると、円堂は走って教室から飛び出していった。もしかしたら廃部のことについての話かもしれないと零せば、焦って並んでいる机にぶつかって転びそうになっていた。斜めになってしまった机を直しながら、本当に廃部になったらどうしようかと考えてみたが、何も良い案は浮かばなかった。








「練習試合だっ」


何故か息の上がっている円堂に、部員の視線が集まる。練習試合、懐かしい響きだ。近頃は申し込まれることすらないらしい。だが、今このサッカー部には部員が七人、マネージャーが一人。サッカーには最低11人の選手が必要だ。試合をする最低限の準備さえも出来ていない俺達に、何が出来るというのか。そのうえ相手は強豪と謳われる帝国。どういった経路で雷門に練習試合を申し込んだのかは知らないが、正直意味がわからない。


「今から部員を集めてくる。試合は絶対にやるからな!」

「どうしちゃったんスかね、キャプテンってば‥‥」

「しかも部員集めるって、今からかよ」


ドカドカと行ってしまった円堂の後ろ姿をぽかんと見つめる壁山と染岡。後者は溜め息を吐いて深くうなだれている。話し合った結果、様子を見に行ってみようということになり、こっそり円堂の後を追った。







勧誘をしながら走り回る円堂を物影から覗き見る。どうして彼はあんなに頑張れるのだろうか。何が彼をあそこまで衝き動かすのだろうか。


「なあ、染岡」

「あ?」

「なんで俺サッカー部入ったのかな」


ちょうど隣にいた染岡にそう問いかけてみると、ぶっきらぼうに知らねぇよ、と答えが返ってきた。当たり前のことなのに、それがなんだか面白くて、少しだけ笑ってしまった。なんだこいつ、みたいな目で見られたけど、そんなことはちっとも気にならなかった。


「なあ、染岡」

「なんだよ」

「サッカー、やりたいな」

「‥‥そうだな」








俺達が、円堂の凄さを少しだけ知った、ある日のことだった。


















(090510)