稲妻 | ナノ
エリスの溜息 1














人間が銃器を持ち、弾薬を撃つ時代は、とっくに終わっていた。飛び交うのは紛れも無く弾薬であり、凶器であり、人を殺すためのものには間違いない。そこに高火力のエネルギー砲が加わるあたり、時代の進歩を感じさせる。だが、それを直接操り、人を殺め、破壊のみを繰り返す物体は、もはや人間ではなかった。人間の形をした「それ」は、何の感情も持たずに動く。発達した技術は新たなる兵器を作り出した。人間を支えるために開発されたそれは、人を殺める兵器となった。ロボットから進化していった「それ」‥‥いわゆる見た目は人間と全く変わらない、法外な力を持つアンドロイドと呼ばれる機械は、最大にして最強の戦争兵器と成り果てた。戦争が存在することだけは、いつの時代も変わることはないのだった。




ほとんどが廃墟と化した東京―――いや、元東京だった場所。島国日本の領土は、半分以上失われていた。他国に占領されたわけではない。日本が真っ二つに分裂したのだ。今となっては、日本という国は存在しないと言っても過言ではないほどだ。荒れ果てた地上で暮らす者と、地下の巨大都市に暮らす者。何年も前から計画されていたこの戦争は、当時の世界を震撼させた。まず、日本に巨大な地下都市をいくつも建設する技術があったことに人々は驚愕した。そして何よりも、日本が二分化し、戦争をするという予想‥‥半ば計画とも言えるものが、遠い過去に打ち立てられていた事実に、恐怖した。
地下に潜った人々は、地上に残った人々よりも明らかに少人数だった。しかし、戦力という点で、地下の人々は優位に立っていた。施設、資源、その全てが揃った技術の結晶、地下都市。駒を配置するだけで、勝利することはたやすい。もちろん、駒とは兵器、アンドロイドのことである。技術者達が皆、地上から去った故に、地上の者達は過去の兵器を使い、抗った。それでも、彼らは戦いに特化したアンドロイドには、手も足もでない。強靭な肉体と驚異的な再生能力を持った、半機械人工人間に、敵う術はなかった。







―――某年、夏。
年単位で続いた長い戦いに、ようやく終止符が打たれた。結果は言わずもがな、地下民の勝利。内容だけを見れば、アンドロイドの勝利と言ってもいいだろう。地上民の降伏という形で終結した戦争は、始まる前に計画されたシナリオに最初から最後まで準えて、展開した。真実を知るのは、地下民上層部のごく一握りのみだ。
かくして、再び平和は訪れた。意味を為さなくなった法は、新たな政府によって作り直され、新生日本が誕生した。戦いのために改造され、役目を果たし終えたアンドロイド達の行く末。平和を掲げる世界において、邪魔でしかない彼らは、人知れず廃棄される。人の形をした兵器は、同じく人の形をした人間に処理されていった。レンズのような瞳を見て、人間達はどう思ったのだろうか。きっと、何も思わなかったに違いない。廃棄される頃には、ただのパーツになっているのだから。

旧地下民の研究施設、現在も同様の用途で使われている、その場所。都市の騒がしさから隔離された、白を基調とする建物は、病院のようだ。ここは言わば、兵器を開発するための施設だった。アンドロイド達はここで開発され、兵器として軍事に駆り出されていた。
厳重なロックがかけられている鉄の扉の前に、険しい表情の少年が一人。扉に横付けされている装置にパスワードを入力し、カードキーをスライドさせる。最後に全身認証を済ませれば、何重にもなった扉は回転して開き、奥の空間が露になった。暗めの茶髪を揺らし、だだっ広い部屋の中心部へ向かう。少年の視線の先には、人が―――厳密には、人の形をした機械が横たわっていた。
固く瞳を閉ざし、ぴくりともしないアンドロイド。傍から見ると眠っているだけにも思えるが、上下していない胸が、その考えを払拭させる。息を、していない。アンドロイドが横たわっている台に隣接した、パネルやキー、摘み等がついた機械。白衣を羽織った少年は、それに手を走らせる。慣れた手つきでキーを弄る彼。他から隔離されているこのアンドロイドの開発者、天才と呼ばれる男の息子だ。そしてまた彼‥‥一之瀬一哉自身も、若くして天才と呼ばれる人物だった。
ぷしゅう、という空気が抜けたかのような音の後に、台を覆っていた透明なドームが開く。アンドロイドの両手首には、輪状の機械が装着され、複雑なプログラミングによって力が制御されていた。

廃棄されてゆくアンドロイド達と、このアンドロイドには、いくつか相違点がある。まず、性能だ。知能は限りなく人間のそれに近い。感情は不必要とされていたためにプログラミングされていなかったが、それを除けば人間と遜色はなかった。量産により知能の欠落が見られた一般型とは、比べものにならない。加えて戦闘力も、他と比べると桁外れだった。戦車を薙ぎ払い、町を焼くたった一体のアンドロイドに、地上民達は逃げ惑ったという。
次に、外見だ。他のアンドロイドが皆一様に人間離れした、人形のような容姿をしているのを逆手に取り、この個体は平凡な少年の姿をしていた。それは、奇襲の時に絶大な効果を発揮した。焦げ茶の髪に、一般市民が普段着として着る、質素な服。機械的なパーツは一つも露出していない。汎用的なアンドロイド達は、片手パーツが見るからに機械的であったりと、完璧な人間の形をしているのは一握りだった。
最後に、最大の相違が製法だ。一般的にアンドロイドの製法といえば、型を作り、人工知能、機械と人工肉による各パーツ、人工皮膚を組み立てていく。各パーツの強度は並外れているが、人工皮膚等はそこまで強くない。皮がなくなっても動く姿は、もはや異形以外の何物でもなかった。打って変わり、最高傑作とも言われるアンドロイドの身体は、三分の一以上が人間のものだった。人工ではなく、人間のものだった。ならば強度が落ちてしまうのではないか、とも思われるだろう。
もちろん、耐え切れないくらいの衝撃が直接加われば、身体は助からない。しかし彼の身体に使用されている機械の類は、普通のものより強度が数倍高いので、最も重要な部位である中枢は守られる。攻撃を喰らえば、人間の身体は壊れてしまう。その際に、自動的に外部からの衝撃などを防ぐ役割を持つのが、不可視プロテクターだ。中枢に装備されたその装置は、絶対防御を可能とする。地上民の使用する武器程度の攻撃なら、易々と防げてしまうくらいだ。この驚異的なスペックを持つ「彼」こそが、ただ一つの本当のアンドロイドと言える存在だった。


一本の太いコードの先にある、腰辺りに刺さったプラグを抜く。自動的に差し込み口は塞がれ、彼の見た目は人間そのものとなった。一哉は再び、キーとパネルに指を走らせる。カタッ。エンターキーが押されると、点灯していた緑のランプが赤へと変化した。同時に、作動していなかったアンドロイドの手が、ぴくりと動く。緩慢な動作で開いた瞼の下にある髪と同色の瞳は、最初は焦点の合わない視線をふらふらとさせていたが、しばらくすると視界が定まったようで、天井をひたと見つめていた。上半身を起こして周囲を見渡したアンドロイドは、傍らに立つ一哉に気がつき、小さく首を傾げる。それに微笑みを返した天才研究者の息子。これが、彼らの出会いだった。











「少し、いいですか」

「‥‥一哉か、入りなさい」


地下研究所のとある一室、ドアのプレートに所長室と書かれた場所の前に、一哉はいた。中から聞こえた声を合図に、失礼します、と言って室内へと足を踏み入れ、ドアを閉める。余計な物は一切置かれていない室内。中央のデスクに座る男が、真剣な顔をして一哉に問い掛けた。


「様子はどうだ?」

「問題ありません。やはりまだ一人で普通に生活できるレベルとは言えませんが、少しずつ環境に対応してきているようです」

「そうか‥‥」


報告を聞いてそれだけ言い、難しい顔で考え込む男。沈黙が、部屋全体を支配する。顔の前で手を組み、神妙な面持ちで瞳を閉じた彼は、ゆっくり息を吐いた。一哉の方に目をやれば、強い意思を秘めた双眸と、視線がかち合う。そのまま、時間が着々と過ぎていく。一哉が口を開こうとすると、男は遮るように言葉を発した。


「上手く、いきそうか」

「‥‥‥」


その質問に、一哉は思考を巡らせる。すぐに、何かを決意した、光を称える二つの瞳が男へと向けられた。力強いが、しかしどこか寂しげな光だった。研究所長であり実の父でもある男は、それを見逃さない。それでも、口出しはしなかった。何も言わない父に、一哉は柔らかな笑みを浮かべる。小さな天才が研究者の父に見せた、息子としての顔だった。


「オレがやらないといけないんだ。彼のことを1番知っていて、一緒にいてあげられるのはオレだけなんだから」

「‥‥そうだな、頼む」

「任せて下さい。絶対に彼を、彼を‥‥」


拳をきつく握りしめ、一哉は一礼して部屋を後にした。所長室に残された男は、閉まる扉を確認してから、深くうなだれる。すまない、本当にすまない。彼以外には誰もいない、静まり返った部屋に、謝罪の言葉だけが虚しく響いた。





(小さな決意と大きな懺悔)




(100708)