稲妻 | ナノ
getting rid of the dark




※ある曲を元にして書いたものです。曲のイメージを損なってしまうかもしれませんが、それでも良い方はどうぞ。









初め、世界はまばゆい光に包まれていた。望めばなんでも手に入る‥‥とまではいかないものの、確かにそこは幸せだった。俺がいて、お前がいて。それだけで俺の生きている世界は明るかったのだ。お前の笑顔が見れるというだけで、あんなにも。


そしてその後、俺の世界は次第に暗闇に侵されていく。急速に光が失われていく中、一人で手探りをする。何がいけなかったのか?過去を振り返ってみても何もわからない。お前と離れなければならないということも、いっそのことお前といた時間でさえも、全てが嘘ならば良かったのに。何度も呟いた。(何も変わらないというのがわかっていても、俺にはそうするしかなかったのだ。)


少しでも過去に近づくために、俺は努力をした。だが、闇は晴れなかった。
ある日、夢を見た。それが夢なのか、はたまた幻覚なのかは実際のところよくわからない。そこには暗さなどは微塵も無く、ただただ清らかに流れる水と純粋な白い光があるだけ。そして、正面では幼い頃の姿をした俺が、澄み切った瞳で見つめているのだ。欲しくとも欲しくとも手に入らない過去が、今目の前に、手の届く距離にある。気がついた時には手が動いていた。何を考えているのか読み取れない、不思議な表情を浮かべている幼い俺。その頭を支えている細い首に手を伸ばす。その行為が何を意味するかなんてことはわからなかった。そうしなければいけないような気がして。本能のままに行動した結果だ。ぎゅっ、と手に力を込めれば、細い喉が小さく跳ねた。次の瞬間、目が覚めた。すでに世界は朝を迎えていた。












どうやら今日は天気が悪いらしい。俺が見ている暗闇の世界だけではなく、現実にも空が陰り始めていた。昼だというのにこの暗さは普通ではない。これは一雨くるか、と思った調度のタイミングで窓ガラスに一つ雨粒が落ちた。それを引き金として、次々に雨が窓を叩く。春の朝の陽気を少なからず期待して開け放たれていた窓を閉めるため、立ち上がる。すでに室内に侵入していたいくつかの雨粒が、裸足の下でぐちゃりと潰れた。



雨は夕方には止んだ。日中は雲に隠れていて見えなかった太陽は、今日の役目は終わったかとでもいうように夕日と化して沈んでいく。空に拡散する夕暮れに、まるで泣き腫らしたかのような赤。こんなにも綺麗な世界を俺の瞳は確かに映し出しているはずなのに。暗黒に染まった俺の世界は少しずつ、どろどろと融けるように少しずつ死んでいった。死んで、いった。


その夜、再び夢を見た。この間の夢の続きのようだった。俺の両手は例の如くに幼い頃の俺の首を掴んでいた。軽く握れば、きゅ、と絞まる首。苦しそうにも、痛そうにもしない「俺」。そんな様子に焦るのは、俺。一体、どっちがどっちなのか。半分わからなくなりかけたその時、「俺」の小さな唇が動いた。
何を言っていたのかはわからない。音を発するはずの器官がいかれてしまったのか、耳に届く音は一つもなかった。触れていた両の掌から、熱が伝わってくる。熱い、と思って手を離そうとする前に、確かにそこにいた幼い俺は、光の粒子となって霧散した。そして、それと同時に水で出来た不思議な床が、俺のいる地点から崩れ落ちてゆく。ああ、墜ちる。ついに俺の世界は消えてなくなるのだ。目を閉じて、広がってゆくであろう暗黒に身を委ねた。



目を開いた時、俺はまだ墜ちている途中だった。しかし思っていたものとは違う。真っ青な光が駆け抜けるようにして横を通り過ぎてゆく。熱い、全身が融かされていくような感覚。この熱さは、許しなのだろうか。だったら俺は何を代償として差し出せばいい?

熱は脳内まで達した。記憶が融かされて、消えてなくなる。全てが真っ白に。そうすれば、俺は、お前がいた時のように、安らかな眠りにつけるのだろうか。
それとも、このまま、










(消えかけた過去の記憶―――)






カチ、カチ、カチ、カチ


さぁ、今日はこちらの方にお越し頂きました
ゲストはこの方‥‥‥


あはは、何ですかそれ、おっかしい‥‥





「お兄ちゃん」

「‥‥‥春奈か」

「眠れないの?」

「夢を、見たんだ」

「ゆめ?」

「皆が消えていく夢だ」

「どうして、消えちゃうの?」

「わからない。真っ暗な部屋の中でたった一人、寂しく座っていて。世界には誰もいないのに、あまりの息苦しさに、呼吸が出来なくなる」

「じゃあ、その時は私がお兄ちゃんの背中をさすってあげる。そうすれば、大丈夫でしょ?」

「‥‥‥ああ」




(―――その世界には、お前すらもいないというのに?)













鼓動が早い、激しい、息が出来ない。苦しい、耳鳴りがする。身体の奥底から鼓膜に振動が伝わる。
苦しい、悲しい、痛い、どうして、どうしてどうしてどうして!




「うぁああああああああああああああっ」














核融合炉のようなあの真っ青な世界を抜けて、俺は静かに目を覚まし現実世界へと戻ってきた。眠るように消えていった過去の俺。昨日までの蟠りはどこにも見当たらない。暗黒に侵されていく世界も、視界に入ることはなかった。目の前に広がるのは、今までと変わらない現実と、消え去った過去を糧にして生まれ来る未来。

(いつまでも、後ろを向いているわけにはいかない。春奈のためにも俺は俺の未来を掴み取る)

そう、その未来こそが、過去よりも今よりも素晴らしく、全ての歯車がしっかりと噛み合っている。きっと、そんな世界だ。







melt down









(090723)
by Iroha/「炉心融解」


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私らしくない文章になってしまいましたが伝えたいことは詰め込みました。