稲妻 | ナノ
初めての恋に、さようなら














恋心とは、酷く気まぐれで酷くうつろいやすいものだ。誰かがそう言っていた。実際その通りだと思う。好きだと思う心。大切だと思う心。愛しいと思う、心。いつまでもその気持ちが続くなんてことは、ないのかもしれない。永遠などという言葉を信じるほど、わたしは幼稚ではない。けれど、もしも本当に永遠に大切に思うことが出来る人と出会えるのなら、わたしはその魅力的な「永遠」という言葉に縋り付いてしまうだろう。
では、すでに死んでしまった人と「永遠」を紡ぐことはできるのか。死が永遠に繋がるものだと考える人は少なくないかもしれない。でも、わたしはそうは思わない。生きているからこその恋心、死んでしまってはなんの意味も成しはしない。故人に想いを馳せることが悪いというわけではないのだが、命が続く限り未来がある。だから、前を向いて生きていかなくてはならないのだと、わたしは思う。
彼は、死んだ。それは本当の意味で永遠に恋の果実が実ることはない、ということ。わたしの中で、彼を想う日々は終わりを告げた。もちろん、泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。流れる涙がなくなったとき、やけにわたしの心は晴れていた。終わったのだ。もう二度と会うことはない。彼と、そして彼への恋心とも「永遠」に。そう思った。



彼のいない毎日は当たり前のように流れていった。日が経つにつれてそれが普通になっていく。彼は死んだ、その事実だけが日常の上にぷかりと浮かぶ非日常で。きっとそれすらも日常と成り果てるのだろうと、心のどこかで考えていた。死んだ人は帰ってこない。帰ってくるはずがない。

なのに、イレギュラーは突然わたしの元へとやってくる。昔と変わらぬ笑顔で、少し低くなった声で、わたしの名前を呼ぶのは一体誰なのか。彼は、死んだのだ。それは紛れも無い事実としてわたしの心に根を張り、彼への想いを吸い上げていっていたのに。目の前にいるのは誰がなんと言おうと彼そのもので、それ以外の何者でもなかった。ああ、この人は「彼」なのだ。そう認めた瞬間、心の根は焼き払われた。再び沸き上がる昔の気持ち。しかしそれは一線を越えてはこない。最初に言った通り、恋心とはうつろいやすいもの。いつの間にか、わたしは他の人へ恋情を抱いてしまっていた。
しまっていた、というのは些かおかしいかもしれない。彼への恋は閉ざされていたのだし、他の人に恋をしたとしても何も変なところなどありはしないのだから。けれども、いきなりの彼の出現はわたしを惑わすには充分すぎた。揺らぐ心、わからない。わたしは誰のことが好きなの?







「また、サッカーが出来るんだな。お前と一緒に」

「うん‥‥‥二人とも、ごめん」

「謝ることじゃないさ」

「わたしも嬉しいよ。凄くびっくりしたけど、それ以上に嬉しかったの。だから、謝らないで」

「‥‥ありがとう」


昔のように三人で話す、久しぶりの空間。消え去ったはずの過去が再び戻ってきたみたいで、不思議な感覚だった。現実だとは思えない。しかし彼は帰ってきた。わたしの心の中の大部分を占めていた二人との思い出。次々と塗り替えられていくそれらの思い出たちと、積み重なっていく雷門での日々。どちらが大切か、なんて決められるものではないけれど、わたしには選択する必要がある。
だって、恋心は一つしかないのだから。








塗り替えられていく記憶の中で、はっきりと覚えていることが一つある。わたしに向かって一直線に走ってくる三人。怖くて目をつむるわたし。そして、天翔けるペガサス。そのペガサスは一直線にゴールネットへと吸い込まれていった。あの技が完成したとき、わたしも一緒になって喜んだ。でも、もう二度と見ることはないのだ、と落胆した記憶もある。


「やろうぜ、一之瀬。トライペガサス!」


その話になったとき、雷門サッカー部のキャプテンである円堂守は、そう言った。また、見ることが出来る。円堂くんと、一之瀬くんと、土門くん。三人ともやる気だ。ペガサスが、再び飛翔する時がきた。
皆が見守る中、技の特訓が始まる。息が合わないのか、失敗が続いた。ボロボロになる三人に、昔の記憶が重なる。初めてペガサスが飛んだ時も、ボロボロになるまで練習して。わたしは、それに加わっていた。


「‥‥‥わたしが、目印になる」

「そんな、危険だ!」

「大丈夫よ、信じてるもの。絶対に成功するって」

「‥‥わかった、頼む」


決められた位置につく。三人の顔を見る、準備は調った。一斉に走り出した三人は、真っ直ぐにわたしの方へ向かってくる。短くなる距離。ぶつかる、と思って目をつむるが、衝撃はなかった。
風が駆け抜ける感覚。目を開いて急いで後ろを振り向けば、青白い神秘的な光に包まれたペガサスが、優雅に空を翔けて行くのが見えた。ペガサスは飛んだ。そのままゴールネットに飛び込む。わたしはペガサスが光の粒となって消えてゆくのを、静かに見つめていた。






さようなら、わたしの恋心
おかえりなさい、わたしの大切な人




(090719)

***
一秋というか一←秋ですね。
恋に揺れる女の子はかわいいです。
ラストの解釈は皆さまにお任せします。一秋に繋げるもよし、円秋に繋げるもよし。
桂馬さまに捧げます、よろしければどぞ!