2 身体中に鈍痛と倦怠感を覚えながら目覚めた。どんなに明けてほしくない夜でも、時間さえ過ぎれば空はこうして明らんでしまう。 それが世の常だ。 ぼうっと瞳を開けていくと、室内は思いのほか小奇麗だった。多少の生臭さは消えないものの、今この部屋に訪れた人間には昨夜の狂気は想像出来ないだろう。 自分の体に視線をやると、きっちりと浴衣が着せられており、ご丁寧に布団までかけてある。何度も何度も体液で汚された身体も、しっかりと拭われているようだ。 綺麗なものだった。 いつもと変わらぬ朝の景色の中、いつもと異なるのは自分の心だけらしい。全てが夢であれと願うも、身体の至る箇所が悲鳴を上げ、昨夜が現実だと僕に告げてくる。 ああ、うるさい。 もう一度、目を閉じれば全て夢となってはくれないだろうか、もしくは全て忘れさせてくれないだろうかと、馬鹿げたことを考えていたところで襖が開いた。 そちらに視線だけを向ける。 以蔵の手には、食事が入った膳が載せられていた。 「病人扱いか」 ふうと一つ溜息を吐く。僕が起きているとは思わなかったらしく、その大きな身体を一瞬、硬直させた。 「熱が出たと言っておきました」 消え入りそうな声で言い、布団の脇に膳を置く。 まるで腫れ物に触れるような態度をとられているなと、以蔵を見て内心苦笑する。誰のせいだと思っているのやら。 「起こしてくれ」 「……」 「起こせ、と言っている」 どこか驚いた表情で、僕の肩を抱き、ゆっくりと身を起こそうとする。こんなに近くに顔があると言うのに、視線は外されていて。彼の首元に出来た歯型の傷跡が、否が応でも目に入る。 その傷跡に指先で触れると、びくと身体がふるえた。 「痛いか」 「いえ」 身を起こされ、一人で座ろうとするも腰に激痛が走る。これはいけないなと思いながら、肩から腕を離そうとする以蔵の着物を掴んだ。 「食事を終えるまで支えていろ、とても座れそうに無い」 そう、何の感慨も無く言い放つと、目の前にあった頬が赤く染まった。 いつまでも隣に居られても邪魔なので、後ろで支えるように言うと素直に従った。この素直さを昨夜に活かせと思った。 ご丁寧に用意された食事は、病人用で、粥が疲れた体に染み渡る。量もいつもよりもずいぶんと少なく用意されていたようで、あっという間に消えていった。 緑茶をすすり、一息ついたところで、後ろに声をかける。 「もういい、下がれ」 そう言うも、一向に動く気配は無い。 これは面倒なことになるかもしれないなと予想したところで、後ろから抱き締められた。 嫌な予感ほど、当たるものは無い。 「……先生、俺は」 続きかけた言葉を言葉で制止する。 「不出来な弟子が起こした事柄は、全て師の責任だ。何も言うな、忘れろ」 その言葉を聞くや否や、体を抱く両腕にいっそう力が込められる。息がつまりそうだと思いながら、その腕を振り払おうとするも、上手く力が入らない。図体ばかりが育ったようだ。育ててしまったと言ったほうが、正しいかもしれない。 びくともしないその両腕、諦めかけたところで、左腕だけが離された。そしてその指先は僕の顎を掴み、無理やりそちらに向けられる。 ああ、またか。 健全な朝に似合わぬ不健全な口付けは、昨夜のそれだった。 何かに飢えているのかと思わされるような口付けに、快楽よりも嫌悪よりも疲労しか出てこない。大した抵抗も出来ぬまま、ゆっくりと押し倒されていく体は、昨夜の件で疲れ果てていた。 早く終わればいい、まさか、この続きがあるわけでもあるまい。 その心配が杞憂に終わればいいと願うも、僕はすっかり失念していた。 悪い予感は当たると言うことを。 20101117 |