二月十二日







二月十二日





小娘から聞いた未来の風習の日付からして、そろそろ準備をせねばいけないと思っていた。とりあえず土佐の連中を介して最高級の貯古齢糖を準備はしておいた。念には念を入れて、何か予期せぬ事態があっても大丈夫なようにと、入念に三箱ほど手に入れておいた。材料はこれで十分なはずだった。
次に、行きつけの茶店に小娘を呼び出した。干菓子で釣り、未来の貯古齢糖のレシピとやらを聞き出す魂胆だった。紙に書いてよこすようにと言ってはみたものの、どうも未来の文字は読めなかった。仕方ないので茶店の長椅子に腰掛けながら、小娘が言うままを自分で紙に書き写した。

「なんだこれは。溶かして形を変えるだけなのか」

必死で紙に書き写したものを読み返してから、私は眉をひそめた。すると小娘は、干菓子をそれは幸せそうな顔で味わいながら、コクコクとうなずいてみせた。

「生チョコとかトリュフとかガトーショコラとか色々ありますけど、材料が手に入らないんじゃないかなって」

そう言ってから小娘は、もう何個目かわからぬ干菓子を指先で摘まんでぽんと口に放り入れた。今日はいくらでも食っていいとは言ったが、どうも釈然としない取引だったように思う。貯古齢糖のレシピとやらを目で追いながら、これでいいものかと首を傾げていると、何かを思い出したかのように小娘は笑った。

「あ!溶かしたチョコレートは、ハートにしなくちゃ駄目ですよ」
「はあと?」
「そうそう、ハートです。こんな形の」

そう言って小娘は自分の胸の前で、人差し指と親指を使って、ハートとやらの形を作って見せた。桃を逆さにしたような形だった。その形に何か意味があるのかと聞くと、わざとエヘンと偉ぶってみせてから、彼女はこう続けた。

「この形には、好きです、っていう意味があるんです」
「暗号か?」
「記号です」

小娘の割には的確で素早い返答だった。

「ふむ、まあいい。私はもう行くが、いくらでも食って行け。この店にはツケがきく」

そう言ってから立ち上がると、寂しげな声が背中に届いた。

「大久保さん、もう帰っちゃうんですか?」
「ああ、寄らねばならん所があってな。ハートとやらの型も用意せねばいけないというのなら、尚更だ」

ひらひらと片手を上げて小娘に別れを告げる。そうして去ろうとしたところで、後方から明るい声が届いた。今日一番と言ってもいいほどの、快活な声だった。

「それじゃあまた、長州藩邸で!」

……どこまで分かっているのかは知らないが、小娘のクセに私の心を揺り動かすとは大層なものだ。
顔がかすかに引き攣るのを感じた。
しかしまあ、これぐらいせねば、あの鈍感な男の相手など、とてもしては居れぬのだ。
そう自分に言い聞かせながら、荷物を片手に長州藩邸までの道程を辿った。





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20110213

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