二年参りをしに近場の神社に向かうと、そこで見慣れた顔に出くわした。桂君と高杉君と小娘が、三人揃って肩を並べている。流石に土佐の連中は見当たらなかったが、珍しいこともあるものだと一人思った。

「おや」

一番初めに私の姿に気付き、声をあげたのは桂君だった。わざとらしく驚いてみせるも、彼のことだから少し前からこちらには気付いていたのだろう。特にそれについて言及することもなく、その声を受けて私はそちらに歩み寄った。

「大久保さん、あんたも二年参りか!」

そう楽しげな声を上げるのは高杉君だ。いつもちゃらけてはいるが、これでいて桂君に引けを取らぬほど聡明なのだから煮ても焼いても食えない。

「ああ。ところで、小娘はダルマの真似でもしているのか」

そう言って、素知らぬ顔で私は小娘に微笑みかけてやる。もちろん、特別に意地の悪い表情を浮かべてだ。
ダルマとは大げさに言った物だが、目の前に居る小娘はフグのように着膨れていた。何重に厚着させられているのは知らないが、過保護もここに極まったかと内心おかしく思う。

「これは、寒いから桂さんと高杉さんが着せてくれたんですっ」

そう頬を真っ赤にさせて主張する小娘に、そうかそうかと笑ってやる。

「それは悪かった。なに、てっきりゲンでも担いでいるのかと思ってな」
「どうして大晦日にダルマの真似なんかしなくちゃいけないんですか!」
「未来にはそう言う風習があるのかと思ったまでだ」

口から出る嘘八百に、小娘の頬は真っ赤に染まるばかりだった。
それを見て楽しげに笑う私を、桂くんがまあまあとなだめる。

「仲が宜しいようで何より。その仲の良さを見込んで、大久保さんに少々お願いしたいことがあるんですが」
「なんだね、改まって」
「私と晋作で甘酒を貰って来ますから、その間、あやねさんとこちらで待っていて下さい」

そう言って彼は、遠くの人混みを指差した。やけに賑わっている一角があると思ったが、どうやら甘酒が振舞われているらしい。
ああ、もちろん構わない。そう私が返事をすると、今度は高杉君がぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。

「嫌だっ、俺はあやねとここに残るんだ!小五郎、お前が一人で行って来ればいい!」

そう言って彼は、丸々と着込まされた小娘の肩に腕を回す。
当然のようにそうする様がどうも面白くなくて、私は微かに眉を顰めた。
そんな私の様子に気付いているのかいないのかはしらないが、桂君は困った顔をして見せてから、自分の両手を軽くあげてみせる。

「晋作。私が持って来られる甘酒は、せいぜい二つだ」

そう言われては、高杉君も折れるしかないだろう。
がっくりと気落ちした彼の姿に、私と小娘の笑い声が重なった。

「少し並ぶかもしれませんが、来年までには戻って来ます」

桂君はそんな冗談めいた言葉を口にしながら、高杉君を連れて甘酒を取りに人混みの中へと消えていった。
ぽつんと、薄暗い神社の一角に、小娘と二人取り残される。
こうして他に誰も居ない状況は初めてかもしれない、そうぼんやりと思いながら隣に視線を向けた。

「……」

着込まされてはいるものの、無防備な手先は冷えるのか。指先を暖めようと、指先に向けそっと息をはいていた。
真っ白な息はあっという間に闇に消え、いつまで経っても暖まりそうに思えない。
見かねてその両手を、自分の手に取る。

「お、大久保さんっ?」

氷のように凍て付いた指先に、心底驚かされた。
「寒いなら寒いと言え」
「え、えっと、あの、大久保さんの手って暖かいんですね」

小娘の指先を両手で包み込んでやると、体温がゆっくりと、そちらに移っていくのが分かった。
凍て付いた手に体温が戻るのを静かに待つ。
ぽつりと、小娘が口を開いた。

「大久保さんが、優しいと、不思議な感じがします」

ずいぶんと失敬なことを言っているが、本人にきっと悪気はないのだろう。

「そうか、ならば今日こそ薩摩藩邸に来るがいい」

いつものように私は、冗談めかして言う。もちろん本音は、口にするまでもない。
そんな私の心中など露ほども知らぬであろう小娘は、うーんとうなって見せた。
そして少しばかり考える素振りを見せてから、ぱっと花が咲いたように微笑んでみせる。

「そうですね、今なら行ってみたいって思います」

そう言いながら浮かべられる微笑みは、幸せそのものだった。
それが、私自身に向けられているものだと考えると、どうしてか目眩さえ覚える。
きっと彼女のその言葉に深い意味は無く、他意も無いのだろう。
そう分かっているというのに、私の心はどうしようもなく揺れ動かされていた。
ああ。
こんな姿は、誰にも見せられない。

「……二年参りは中止だ」
「え?」

私の言葉に驚いた様子の小娘を、ひょいと片手で抱きかかえた。
そして、神社の境内とは反対方向へと、そのままつかつかと足を進める。
状況がつかめないのか抵抗することもなく抱きかかえられる彼女に、私はこう言ってやることにした。

「そうだな、まずは藩邸で年越し蕎麦でも食べるとするか」

すると、その言葉でようやく事態に気付いたのか、小娘はじたばたと抵抗し始める。

「だ、だめです!急に居なくなったら高杉さんと桂さんが心配して」
「あやね」

正論過ぎる正論に、耳を貸してやるつもりは毛頭無かった。

「たまには独り占めしても、罰は当たるまい」

何をですかとわめく彼女に、私は声を上げて笑ってみせる。
こうして連れ出しては見たものの、あの二人を思うと後が恐ろしいのも確かだった。
しかし、それを案じたところで、私の腕はあやねを開放する様子は無く、足取りも止まる気配は無い。
いっそこのままどこかへ連れ去ってしまおうか。
そんな馬鹿げたことを考えながら、運ぶ足取りは軽いものだから、もうこの心は手に負えないのだと気付かされた。
こんな年の瀬も、悪くはない。





花嫁と泥棒





20101231

30000hitキリリクとして瀧澤さんに捧げます。


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