正月ぐらいは着飾ってくれと、高杉さんに半ば強引に押し切られて、私は着替えさせられていた。いつもよりもずいぶんと色鮮やかな着物は、袖を通しただけでも高級な物とわかる。
姿見にうつった自分の姿を見て、馬子にも衣装ってこういう事を言うんだなと、そう思っていたところで、襖がそっと開けられた。

「あ、着替えまし」

た、と続くはずだった私の言葉はそこで途切れた。
襖を開けた高杉さんの隣には、ぞっとするほど美しい女性が立っていたからだ。それはもう、息をのんでしまうほどの美しさで。
そのまま言葉を無くす私を気にする様子は無く、高杉さんはにんまりと笑ってこう言った。

「よし、あとは化粧だけだな!」





色は匂へど





高杉さんは上機嫌な様子で、私と綺麗な女の人を残して、あっと言う間に居なくなってしまった。ぽつんと二人、部屋に残されて、何だか居た堪れなくなってしまう。
ただでさえ知らない人と二人っきりなんて気まずいのに、相手は息をするのも忘れてしまうような美人さんなんだから、当然かもしれない。
美しい人って、その場に居るだけで空気を変えてしまうんだなと、心の中で思った。

「……」

そんな私とは相反して、その女性は至って淡々とした様子で、化粧品を辺りに並べ始める。今から私の顔に塗りたくられるであろうそれは、未来から来た私には真新しく見えた。

「これって、白粉ですか?」

真っ白で、小麦粉みたいな粉を指差す。
するとその人は、静かににっこりと微笑むばかりで、口を開くことはなかった。
私とは喋ってくれないのかな、嫌われることをしたのかな、なんて心配が頭を過ぎる。
けれども、その女性が私に向ける眼差しは不思議なほどに優しかったから、そんな心配はあっと言う間に頭の片隅に消えていった。
しんと静まり返った部屋の中で、二人、真正面に向かい合う。
見ているだけで目眩がしそうになる美しいその人の、指先が私の顔に触れた。

「……っ」

ぞっとするほど綺麗な女性に肌を触れられて、何だかいけないことをしているような気持ちになる。きっとこんな事を考えてるのは私だけなんだろうなと、そう思うと恥ずかしさで死んでしまいそうになった。
ああもう、他の事に頭を切り替えなきゃ。
……。
この時代の白粉は、私のよく知っているものよりも真っ白で。これを顔に塗りたくられたら、変な風になっちゃうんじゃないかなって、今度は違う意味でどきどきとする。
私の顔を覗きこむその人は、紅筆を手に取り、私の唇にそっと筆を置いた。その冷たい感触にぞくりとして、思わず唇が動いた。

「ああ、動かないで」

優しく言い聞かせられるも、私はその、低い声に、心底驚かされた。

「……桂さん?」

口をパクパクとさせながらそう聞くと、彼女は、じゃなくて彼は、困ったように微笑んで紅い唇を開いた。

「おや、しまった」

晋作には面白いから黙ってろと言われたんだけどね
そう言って桂さんは、また私の顔を優しく持ち上げて、唇に紅を差そうとする。
綺麗な女性と見つめ合うだけでも恥ずかしかったのに、その人が桂さんだと分かって、私の頬は余計に熱くなる。
目のやり場に困って、私は視線をうろうろと泳がせる。すると桂さんはそれを見て、くすりと笑った。

「目を閉じていればいい」
「あ、はい」

そう言われて私は、素直に目を閉じる。
ああ最初からこうしてれば良かったんだと思いながら、顔に触れられる感覚を待っていた。
けれどもいくら待っても私の顔には何も触れられなくて、不思議に思っていると、桂さんの声が耳に届いた。

「あやねさん、やっぱり目を開けてくれないかな」

その言葉に驚いて目を開けると、綺麗な女性の姿のままで、桂さんはにっこりと微笑んだ。

「そうして居られると、口付けてしまいそうになる」

私の知ってる桂さんとはとても思えないその言葉に、きっと私の頬は紅を差さなくてもいいぐらい、紅くなっているんだと思った。





20101230


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