洗濯物を干していると、すぐ隣の物干し竿に小鳥がとまった。 オレンジ色のような、赤色のような、綺麗な色をした愛らしい鳥だった。スズメのような大きさだったけれど、スズメでないことはなんとなく分かった。 珍しい鳥なのかなとしばしその姿に手を止め見惚れていると、すぐにその小鳥は空高く飛び立って行く。あっという間に見上げる高さまで飛躍していったかと思うと、その影は空の彼方へと消えて行った。 元の世界に居た時は気に留めたことも無かったけど、自由な姿がうらやましかった。 薩摩藩邸にあずけられてから、一人で外を出歩いたことのない私だから、そう思うんだろう。 月並みの日 場所は裏口、時は午前。 「小娘、どこへ行こうとしている」 意地悪な声に振り返ると、私の真後ろには両腕を組んだ大久保さんが居た。その顔には笑みが浮かべられているが、こういう時の大久保さんは内心穏やかではないことを知っている。 「えっと、その、天気がいいから散歩にでも行こうかなって」 「そうかそうか、仕事はもちろん終えたのだろうな」 はい、勿論です。そう私が言おうとした瞬間、大久保さんはずいっとこちらに顔を寄せてから、聞いたこともないような低い声でこう言った。 「誰が、一人で出歩いて良いと言った」 言い訳を口にする暇もなく、私は首根っこを掴まれてずるずると藩邸へと引きずられて行くこととなった。きっと今から、本棚と机しかない簡素な書斎で、長々とお説教されることになるんだろう。 この世界に来て以来、正しくは薩摩藩邸に来て以来、私は一度も一人で外に出たことが無かった。 何度か外の世界に心ひかれて、今日みたいに外に出ようとしたことがある。それは午前中だったり夕方だったり、裏口からだったり表からだったり色々だけれど、その度に私は誰かしらに止められるのだ。 今回は大久保さん本人だったけれど、この前は女中さんだったし、その前は小姓さんにやんわりと止められた。どうやらしっかりと私を外に出さないよう、大久保さんに言いつけられているようで、まるでカゴの中の鳥にでもなった気分だ。 きっと今日も、大久保さん直々に外の世界は危険だと、耳にたこが出来る位お説教をされるのだろう。 それを考えると、自然とため息が出た。 いつもお説教部屋になる大久保さんの書斎が、私はほんの少しだけ苦手だった。 小一時間ほどの説教を終えて、庭に出ると大工道具を持った小姓さんと出会った。小姓、というものがどういうものかはまだ分からないけれど、たぶん大久保さんの秘書みたいな役割なんだと思う。 いくつかの板切れを手にする彼に、何か作るのですかと聞くと、戸の修理ですと優しく答えてくれた。 長いお説教を受けたばかりの私は、その優しさに感動しつつ、あわよくばと、彼にこう尋ねた。 「あの、ちょっとだけ、外に出てきてもいいですか?」 「すいません、叱られますので」 物腰柔らかなその言葉に、私はがくんと肩を落とした。 「……大久保さん、私のこと嫌いなんでしょうか」 誰に言うでもなくそう呟く。 すると小姓さんは目を少しだけ丸くさせてから、くすくすと笑ってみせた。 その反応に私は首を傾げる。 どうして笑うんですかと言いかけた瞬間、空から甲高い鳥のさえずりが降ってきた。その鳴き声に思わず空を見上げると、いつか見た赤い小鳥がそこに居た。相変わらずその姿は、自由そのものだった。 「たまに、あの鳥がうらやましくなります」 空を見上げたまま私が呟くと、小姓さんはくすりと笑う。 「庭に、鳥が羽を休めるような餌台でも作りましょうか」 余った材料で良ければと、そう言って手元の板切れに視線をやる。 思いがけないその提案に、今度は私が目を丸くする番だった。 その優しさに顔をほころばせながら、私は目を輝かせる。 「ごはんとか、置いておいたら、来てくれますかね?」 そう言う私の様子がよほど面白かったのか、彼は目元を細めておかしそうに笑った。この笑顔の十分の一でいいから、大久保さんにも分けてあげて欲しいと思った。 そのままトントン拍子に話は弾み、庭のすみに餌台を作ることとなった。もちろん、大久保さんには内緒だった。 そんな勝手なことをして怒られませんかと心配もしたが、あやねさんが望んだと知られれば問題はありませんと、不思議な答えが返ってきた。いまだに私は客人として扱われているのかもしれないなと、一人思った。 そうして秘密めいた打ち合わせが終わったころ、空からは、また、聞き覚えのある鳴き声が降ってきた。 そういえば聞きたいことがあったなと、赤い小鳥を目にしながら私は思い出す。 あの鳥はなんという名前なのですかと、小姓さんに尋ねると、彼は優しげにこう答えてくれた。 「あれはコマドリですね」 ヒンカラカラと、甲高い声が耳に届いた。 それからしばらくして私は、大久保さんの書斎が大好きになるんだけれども、それはまた別のお話。 NEXT 20101124 |