初めてその姿を目にしたとき、やけに足を露出した女だと思った。教養の無さそうな顔をしているわりに身なりは小奇麗で、それが余計にその女の印象をうろんな物にさせていた。
坂本君の好き者もここに極まったか。
そう思いながらも珍妙な格好の女に興味を持つなという方が無理と言うもので、私はその女に戯れに声をかけることにした。
確かその時は土佐の連中が私を待たせており、それに対してわざとらしく嫌味を並べていた気がする。
気がする、という曖昧な言葉を選んだのは、その後の小娘の言葉に全てを持っていかれたからだ。
出会い頭だと言うのに、臆することも無く私に食って掛かるその姿。口から出るのはどれも正論で、正論ゆえに幼稚だった。
けれどその真っ直ぐな幼さは、とうに私が忘れていた物でもあった。
これは、とんだジャジャ馬を連れて来た。
坂本君の姿を思い浮かべながらくくと笑うも、まさかその時の私は、小娘をあずかることになるとは夢にも思っていなかった。





月並みの話





「小姓と女中のどちらかを選べ」
「こしょう?」
「小娘に聞いた私が愚かだったな。ここでは女中として働くがいい」

薩摩藩邸に連れ帰ったその日から、私は小娘に仕事を与えることにした。珍しい出であることは確かだったので、多少は小姓として使える頭をしているかと期待をかけたが、そんな期待は無駄なようだった。
少なくとも私には、小姓という言葉を聞き返す小姓は不要だった。

「女中って、お手伝いさんのことですか?」
「そうだ。今の時間なら炊事場にでも居るだろう、手伝ってこい」
「すいじば?」

驚くべきことに、小娘はこの世界の常識をほとんど持ち合わせて居なかった。大名の娘でも、こうも世間知らずではないだろう。
薩摩藩邸に連れ帰ったその日、小娘に世間の常識を教え込むだけで日が暮れてしまった。

「……どこで暮らせばこうなるのか」

ぼやきに近い独り言を呟きながら、高杉君の荒唐無稽な予想もあながち間違っていないかもしれない、そんなことを私は思い始めていた。

小娘のために用意させた部屋は、はからずとも自室のすぐ側だった。狭くも広くも無い部屋を用意しろとは言ったが、まさかここまで近い部屋だとは私も予想して居なかった。何を勘違いされているのかは知らないが、少なくとも用意した当人らは私に気を利かせたつもりなのだろう。
せわしない小娘を見張るにはちょうど良いと、顔には出さずに自分自身を納得させた。

「小娘、入るぞ」

夕食が終わりしばらくしてから、私は用意させた部屋に足を踏み入れた。戸の前で声をかけるも、返事は無い。まさかもう寝ているのでは無かろうなといぶかしく思うも、その予想は見事に当たっていた。
用意された布団の上で、猫のように丸まって眠っている小娘の姿が目に入る。掛け布団すらまとわずに眠りこけている姿は、本当に猫のようだった。
いくら乳臭い子供とは言え、若い女が寝息を立てている部屋にいつまでも居るのは気が引ける。風呂に入るように起こすつもりだったが、泣き濡れた頬を見てそっとしておくことにした。
どこから来たのか自分でも分からぬまま、どこともわからぬ場所で一日を過ごしたのだ。その心労は計り知れないものがあるだろう。
一日目に無理難題を押し付けすぎたかと悪く思いながら、その頬を拭ってやった。
この小娘に私が今してやれることはなにかと考える。
いくら考えても出て来る答えは決まっていた。
元の場所に帰すこと、そしてそれまでは何があっても彼女を守ること、それだけだった。
ああ、単純で明快で、良い。
お前もいいところに預けられたなと笑いながら、私はその部屋をあとにした。





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20101117


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