年を重ねたからと言って、喜ぶような年齢でもないが。 いつもよりも少しばかり豪勢な夕餉と、上等な酒で心はすっかり満たされていた。 ああ満腹になったと腹をさすりながら、部屋へと続く廊下を歩いていると、途中でちょんと肩を叩かれる。 うん、と不思議に思って振り返ると、そこにはあやねが静かに佇んでいた。 どこか思い詰めた顔をする彼女の頭を、ぽんと優しく撫でてやる。 いつもならそれで幸せそうな顔をするのだが、どうも今日は一筋縄ではいかないらしく。唇は真一文字に結ばれたままだった。 何かワシが酒の席で、へごなことでもしたがだろうか。 そう、無い頭で必死に思い返してみるも、とんと何も思い付かない。 怒っているような困っているような、何ともいえない表情を浮かべたあやねに、屈んで目線を合わせてやった。 「黙っちょってもわからんよ」 そう言って困ったような笑顔を浮かべて見せる。 すると彼女の固く閉ざされた唇は、ゆっくりと開いた。 「龍馬さん、お誕生日、だったんですね」 「ん?ああ、そうじゃ」 喜ぶ年でも無いと、笑って付け加えると、途端にあやねはキッと視線をきつくして、悲しげな声を出した。 「どうして言ってくれなかったんですかっ」 私、何も用意出来てない。 そう言って悔しそうに、目を潤ませる。 その姿が、いじらしくて可愛らしくて。 そのままひょいと、抱き上げてやった。 「そんなことを気にしちょったんか。ああ、泣くな泣くな」 「泣いてなんか居ません!」 「ふむ。じゃあ、これは幻かのう」 そう言って、彼女の目尻に滲む涙をぺろりと舐めてやる。舌先には確かに、かすかな塩辛さが広がった。 彼女は目を見開き、ぱっと自分の目元を押さえる。目を白黒とさせる姿がなんとも愛らしい。 「おまんに余計な気を使わせたくなかったんじゃが、裏目に出てしもうた。その、祝ってくれる気持ちだけで十分やき」 「……龍馬さん」 「それに」 彼女を抱く腕に、いっそう力を込めた。 「あやねがここに居ってくれることが、一番の喜びじゃ」 そう言って笑うと、頬を真っ赤にさせて困った表情をするものだから。たまらずに耳元で、囁くようにして呟いた。 「それでも嫌だと言うがなら、一番欲しいもんはココにあるんじゃが」 捧げてくれるかのう、と言いかけたところで、頬をぺしと叩かれた。痛くもかゆくもない、優しい抵抗だった。 ああ調子に乗りすぎたかと笑ったところで、ようやくあやねの顔には笑顔が浮かべられた。 やっぱりおまんには、その顔が一番似合っとる。 どうか来年も再来年も、年を重ねるたびにその笑顔を見せて欲しいと思うのは、ワシのわがままじゃろうか。 未来の今日 20101116 |