「あ、トンビ」 ピーヒョロロと鳴く声に顔を上げると、トンビが輪を描くようにして空を旋回していた。青空を滑空する姿は自由そのもので、私はその姿にしばし見惚れる。そうして縁側に座りながらぼんやりと見上げていると、顔の真下から声がした。 「飽きた!俺は飽きたぞっ」 人の膝を枕にしておいて、その言い草は無いと思う。 さんざん私のスクールバッグを漁り尽くしたらしい彼は、空っぽのそれを抱えながら仰向けに寝転がっていた。 私は空に向けていた視線を落とし、彼の顔を覗き込んだ。 「晋作さん。お菓子を食べちゃったのはだれ?」 「ん?」 「ゲームもあっという間にクリアしちゃったのはだれ?」 スクールバッグの中身を、飽きるまで遊び尽くしたのは他ならぬ晋作さんで。未来のお菓子に感動した様子で、すっかり食べ尽くしたのもやっぱり彼なのだ。 私も食べたかったのに。 膝の上を占領する晋作さんの、おでこを指先でトンとつついた。 「もう、未来のお菓子はおしまい」 そう言うと、彼はショックを受けたかのような顔をする。そんなお菓子一つで、ころころと表情を変えられるなんて本当に子供のようだと思う。 変なところで可愛らしい人なんだから。 そして晋作さんは、ころんと寝返りをうってあちらを向いた。 「……あやねが俺に意地悪を言う」 「無い物は、出て来ません」 すると突然、彼は起き上がってこちらに向き直る。この青い空を見て何か思いついたのか、その瞳は期待とひらめきに満ち溢れていた。 「無い物は、作ればいい!」 晋作さんの突飛な思い付きは、すぐさま実行された。 何か未来のお菓子が作れるかと聞かれ、私はレシピを見なくても出来そうなものを思い浮かべた。そしていくつか必要な材料を伝えると、一刻もしない内に、台所には全てが揃えられていた。 こういう時の行動力は、本当に凄いものがあると思う。 用意された材料を見て、晋作さんは首を傾げた。 「ふむ。これだけで出来るのか?」 用意された材料を前に、まあ見てて下さいと、私は袖をまくった。 たまご2つと牛乳を1カップ、砂糖を味見しながら投入して、しっかり混ぜてから茶こしでこしてお茶碗の中に三等分。 あとはお鍋で蒸して、固まったら熱を冷ます。 そうして出来上がったお菓子を見て、晋作さんは目を丸くした。 「なんだこれは!茶碗蒸しか?」 「プリンです」 そう言われれば茶碗蒸しに見えないこともないなと思いながら、私はプリンを縁側に運ぶ。 そして、どっかりと縁側に腰を下ろした彼に、器を手渡した。 うまいうまいと言いながら一瞬で食べ終えた彼は、もう一つの手付かずのプリンに目をつける。 「だめっ、これは桂さんのなんだから」 「安心しろ!小五郎の物は、俺の物だ!」 そんなどこかで聞いたことのある台詞を口にして、晋作さんはあっと言う間に桂さんの分を食べ終えてしまった。 「晋作さんのバカ!」 桂さんに申し訳無く思いながら、私は途中まで食べ進めたプリンを口にする。 晋作さんはというと、またもや私の膝を枕にして、ごろりと縁側に寝転び始めた。 プリンでいっぱいになったのか、お腹をさすって幸せそうな顔をしている。 もう少しで私も食べ終えようというところで、空高くからトンビの鳴き声が降って来た。 その鳴き声を耳にした途端、彼はにまっと笑って口を開く。 「あやねっ!」 「はい?」 「飽きたっ!」 その無邪気な笑顔に、私の肩はガクリと落ちた。 ああもう、これじゃあ堂々巡りだ。 そして晋作さんは私の髪をくいっとひっぱり、指先でいたずらに遊び始めた。 髪の毛で遊ばれながら私は、何か面白い話は、面白いことは無いかなと考える。けれど面白いことなんて中々あるわけない。 どうしてこんなに、飽きた飽きたと言われなきゃいけないんだろうと、考えていたところで。 気付いた。 「晋作さん」 「うん?」 「もしかして、構って欲しいの?」 膝の上にある彼の顔が、私の髪をいじっていた手が、ぴたりと硬直した。 そして数秒遅れてから、彼は口をつぐんで横を向いてしまう。 その反応に、答えの全てがつまっている気がした。 晋作さんが言う「飽きた」は、ただの「飽きた」じゃなくて。 私に「構って」の合図らしい。 ああもう。 それならそうと、早く言えば良いのに。 私はくすくすと笑い声をあげながら、彼の髪を撫でた。 「晋作さん、こっち向いて」 その呼びかけに彼は答えず、振り向くそぶりも見せやしない。 いつもの方が、よほど恥ずかしい台詞ばかり言っていると思うんだけれど、どうも彼の弱い所に触れてしまったらしい。 そんな彼を心の底から愛らしく感じながら、晋作さんの赤く染まった耳に、私はそっと唇を寄せる。 恥ずかしがりやの彼のために、声を細めて。 「私も、構って欲しいの」 その言葉を紡いだ唇は、あっという間に奪われて行った。 愛すべき既視感 20101113 |