夕飯の支度でも手伝いに行こうと炊事場に向かうと、炊事場に似合わぬ二人がそこに居た。桂さんと晋作さん。二人そろって真剣な顔で、机の上にある物を見つめている。
何をそんなに真剣な顔で見つめているのかと覗いて見たら、そこにあったのは牛肉だった。

「それって、普通の牛肉じゃないんですか?」

私が声をかけると、何故かその牛肉は私の手に託された。
突然のことに驚いていると、桂さんが教えてくれる。

「この時代では珍しい物でね。貰ったのは良いんだけれど、調理出来る者が居なくて。困っていたところなんだ」

そうなんですかと私が答えようとすると、晋作さんが言葉を遮った。

「よし!今夜はあやねの手料理だっ!」





林檎と蜂蜜





どうしてこうなったんだろう。
私は一人で、肉じゃがを作ることになった。
半ば無理矢理、渡された牛肉。
それを見て、じゃあ肉じゃがでもどうですかと、私は二人に聞いてみた。すると途端に表情を輝かせて、さすが未来だ、と二人そろって声を合わせて言うものだから。私は一人で炊事場に立つことになった。

「……肉じゃがって、未来の食べ物なの?」

誰も答えてくれない独り言を呟き、牛肉とじゃがいもと人参と玉ねぎを切り刻む。鍋で玉ねぎを炒め、他の材料も投入したところで水を差し、「なんとなく」で調味料を入れて、蓋をした。
めんつゆがあればもっと楽なんだろうなと思いつつ、十分シンプルな料理だなと思う。
そして、あと少しで蓋を取ろうかとしていたところで、タイミングよく晋作さんが現れた。
彼の嗅覚はどうなっているのかと不思議に思った。

「あやね!にくじゃがはまだか?」

蓋を取ろうとしていたことに気付いたのか、晋作さんは嬉しそうに私の手元を覗きこむ。

「あっ、もうちょっと待ってて」
「もう良い匂いがしてるんだっ!食べても大丈夫だろう!」

キラキラとした顔をする晋作さんに押し負けて、私は小皿に肉じゃがを取り分けた。
そしてお箸と一緒に、晋作さんへと手渡す。

「あ。じゃがいもは、熱いかも……」

そう言うも遅かったらしく、晋作さんは熱いと叫んで口元を押さえた。
こういうところは、子供のような人だと思う。「もう、だから言ったのに」

口元を押さえる晋作さんの背中を、私はよしよしとさする。
しばらくしたところで、熱さも喉元を過ぎ去ったのか、彼は顔を上げた。

「あやねっ!」
「はい?」

そう、いきなり声を張り上げられてしまうと、驚いてしまう。
口に合わなかったのかなと、少しだけショックを受けながら、私は彼の顔色を伺った。
すると間髪居れずに晋作さんは、にぱっと笑って声を張り上げた。

「今すぐ嫁に来い!」
「行きませんっ!」

この人は何を言ってくれるんだろう。とりあえず、最上級のほめ言葉として受け取ってくことにする。
珍しく、私の言葉にへこんだ様子もない晋作さんは、よっぽど肉じゃがが気に入ったらしく。おかわりとでも言い出すんじゃないかと思うぐらい、嬉しそうにして平らげた。
そして、空っぽになった皿をこちらに渡したところで。
そのついでとでも言うように、彼は一言付け加えた。

「ん?来ないのか?」

何に、と聞きそうになって、すぐさま私は口を閉じる。
今すぐ嫁に来い、そんな彼の台詞を思い出したからだ。
言葉の意味は理解出来たものの、受け取った皿は落としそうになる。
本当にこの人は、何てことを言ってくれるんだろう。
そんな恥ずかしいことを、さらりと言わないで欲しい。
必死に黙りこんでやり過ごそうとするも、晋作さんはそれを許してくれなくて。
どこかいやらしく思える笑みを浮かべながら、彼は返事を待っていた。

「……今すぐには、行きません」

ぽつりと小さな声で呟いた。
もう顔なんて合わせられなくて、私はそのままうつむいてしまう。
どうして肉じゃがを作って、こんな恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだろう。両手で顔を覆った。
そんな私の返事に満足したらしい彼はと言うと、大きな掌で私の頭をよしよしと撫でる。
ほら、またそうやって子供扱いするんだから。
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げれば、晋作さんの満足げな表情が目に入る。
そして彼は、何かを愛おしむような眼差しを向け、柄にも無い言葉を囁いた。

「よくできました」

その密やかな声色が、甘くて甘くて。





20101028


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