いつもよりも随分と、色鮮やかに見える京の街並みを散策する。 少し振り向けば、俺の後をトコトコと追う姉さんの姿が目に入った。今日は以蔵くんも龍馬さんも武市さんも居ない、言うなれば二人っきりだった。 ただそれだけなのに、こうも心が躍るのはなぜだろう。 姉さんが好みそうな美味しい甘味処を教えてあげたり、いざとなった時のために逃げやすい裏道を通ってみたり、二人でかんざし屋を冷やかしてみたり。 見るもの全てが目新しいのか、彼女は何もかもに満面の笑みを浮かべて喜んでみせる。そしてそんな姿を目にすると、世界が途端に色を帯びたような錯覚さえ覚えるのだ。 もっと色んな場所に行って、もっと色んな事を教えてあげたくて、もっと色んな表情を見せて欲しい。 そんな風に、少しでも早くと急ぐ心に、足もつられて早まってしまった。弾む胸を抑えながら、目的地にたどり着いたところで、俺は後ろを振り返る。 「……姉さん?」 するとそこに彼女の姿は無く、俺は来た道を引き返すことと相成った。 俺の顔はさぞ、青ざめていたことだろう。 ラビング・ラビット 「何してるんスか!」 引き返してしばらくしたところで、美味いと評判の団子屋の軒先で姉さんを見つけた。赤い布がかけられた長椅子に、ちょこんと所在無さそうに座っている。 手には団子が刺さった串が握られていたが、どうも表情は優れない。 それはそうだろう。 その隣には、しっかりと姉さんの肩を抱く高杉さんが居た。 先ほどの俺の叫びは、姉さんではなく高杉さんに向けられた物だった。 「遅かったな、中岡!」 全く悪びれた様子も無く、高杉さんは高らかに笑う。 そして怒りを露にする俺を他所に、彼は姉さんの肩を抱き寄せ、更に距離を縮めてこう言った。 「どうだ、あやね。団子は美味いか?」 耳元に囁くようにして、姉さんに顔を近付けるその人を見て、どうしてか胸の奥が締め付けられる。 わざと見せ付けられているのだ、と、柄にも無く思った。 「えっと、美味しい、です、けど」 楽しげに笑う高杉さんとは対照的に、姉さんは困ったような、どこか晴れない表情を浮かべる。 その困惑した視線は、助けを求めるようにこちらへ向けられた。 ハッと、その合図に気付く。 「いくら高杉さんでも、姉さんを連れ去るなんてどういうつもりっスか!」 そう、俺は怒りを露にさせた。 けれど高杉さんの表情は全く変化せず、その姿は悠々としたものだった。 そして愉快そうに、くくと笑ったかと思うと、食えない笑みを浮かべてみせた。 「さっきの気の抜けたお前からなら、奪い取っても気付かんと思ってな!」 その言葉は、真っ直ぐ俺の胸に突き刺さる。 この人はなんて痛いところを付くんだろうかと、苦々しく思う。 確かに、俺は姉さんが連れ去られたことに、とんと気付いていなかった。 犯人が高杉さんだからこそ、姉さんも声を荒げなかった、気付かずとも仕方ない。そう言ってしまえばそれだが、そうとはとても片付けられない。 返す言葉を無くし黙り込んでいると、遠くから声が聞こえた。 「梅之助!」 その「誰か」を呼ぶ声は、桂さんのものと良く似ていた。するとその声を耳にした高杉さんは、途端に椅子から立ち上がる。 「おっと、小五郎の奴から逃げてる途中だった!」 そう慌てた様子で、高杉さんは俺の横を通り過ぎようとする。そして、ぽんと肩に手を置かれたかと思うと、彼は俺にだけ聞こえる声量でこう呟いた。 「そんなに大事なら、後ろを歩かせるな」 瞬間、後ろを振り向くも、高杉さんは背中をこちらに向けて手をヒラヒラと振るだけだった。 その言葉に、高杉さんへ向けていた怒りが、一気に自分自身に向かっていく。 何を、俺は浮かれていたんだろう。 そして黙り込む俺を気遣ってか、姉さんが申し訳無さそうな表情で声をかけてくれた。 「ごめんね、慎ちゃん!高杉さんに引っ張って行かれて、断れなくて」 いや俺のほうが、と言いかけたところで、姉さんは更に言葉を続けた。 「足も手当てしてくれるって言うから、その」 その言葉に驚きながら、俺は姉さんが指差す方を見た。 履きなれない草履を履いていたせいか、鼻緒には微かに血が滲んでいる。 そして、足の甲には、高杉さんが巻いたと思われる手ぬぐいが巻かれていた。 いつから、そうなっていたのだろうか。 恥ずかしいことに、それすら気付かずに、俺は一人で足早に歩いていたようだ。 あまりの自分の不甲斐なさに下唇を噛む。 「あの人は……」 ふざけた人ではあるが、悪戯に姉さんを連れ去るなんて、するような人じゃない。 そう不思議に思ってはいたけれど、こういうことだったのか。 そこでようやく腑に落ちはしたものの、心の中は嫉妬に似た感情で満ち溢れた。 嫉妬。 言い得て妙だが、なぜか嫉妬という言葉がしっくりくる。 何に俺は嫉妬しているのだろうか。 そう悩むも、答えは出そうに無かった。 気持ちを内から外に切り替えることにし、俺は姉さんの顔を真正面から見た。 「姉さんっ!」 「えっ?」 「本当にすみませんでしたっ!」 目を真ん丸にさせて驚く姉さんに、構わず俺は頭を下げる。 当の本人は何も分からずただ驚くばかりだったが、こうでもせずには居られなかった。 驚く姉さんの手を、そっと取る。 そして俺はいたって真剣に、こう言った。 「おぶらせて下さい!」 「おぶらせてって、おんぶっ?だめ、私、重いから!」 「大丈夫っス、姉さんの一人ぐらい背負えます!」 どこか無理矢理ではあったが、そうして俺は姉さんをおぶって寺田屋に向かうことにした。 皆にからかわれるこの背丈のせいで、多少バランスは取りにくかったものの、その身は軽いものだった。 道すがら、高杉さんの言葉を思い出す。 後ろを歩かせるな、か。 今までの俺ならそんな言葉なんて、聞く耳すら持たなかっただろう。 男が女と並んで歩くなんて、どう考えたっておかしい。 でも、どうしてか。 姉さんの事を想うと、隣に並ぶのもいいかもしれない。 そんな風に考えてしまうんだ。 この感情はどこからやって来たのだろう。 この気持ちにどんな名前をつければいいのか。 俺にはまだ、わからない。 それでも彼女と見る世界は、どうしようもなく、色鮮やかなんだ。 20101024 5000hitキリリクとして、なおさんに捧げます。 |