魔法
静かな闇色に空が覆われ、そこに散りばめられた星々の輝き
本当の空は、以前よりも何倍にも増して綺麗に思える
「綺麗です…」
一人の少女の言葉の通り、ミクニが捉えるモノは感嘆する程に美しい
景色という視覚で捉えるモノだけでなく、全ての感覚で捉えるこの世界が美しいと、少なくともミクニは感じた
「世界がとても生き生きしているように見えます」
「そうだね、エステル」
桃色の髪の少女――エステルの言葉にミクニは表情を緩ませ、嬉しそうな色を見せる
魔導器がなくなった世界は、人間にとって不便となったが、星喰みという脅威を味わったためか、多くの人々はこの現状を受け入れ、1人1人が立ち上がった
また、帝国とギルドの間には未だに蟠りがあるものの、お互いに不足なところを補い、協力し合っている
その変化は人間の間だけでなく、始祖の隷長であった精霊と人間との関係も同様であった
魔導器により争い続けた関係は少なくともなく、争いという影はなくなろうとしており、それはミクニにとって輝かしい希望だった
「争う事をやめ、お互いに協力しあう世界…このまま地位はもちろん、人も精霊も関係なく、共存し合えるような世界になってくれればいいのに…」
星喰みの脅威によって、世界が終わるのを回避するためにデュークと共に人を犠牲にする道を歩むことにしたミクニだったが、それはもちろん本意ではなかった
仲間を、弟を、そして親友を殺すことなんて―――
だからこそ、それを阻み、犠牲を出さずに星喰みの脅威を消してくれた仲間達には感謝した
その上、もう戻ってこないと思っていた星喰みになった同胞達を“精霊”として甦らせてくれた
それだけでも十分過ぎるものだったが、ミクニは望みたい
人間と争い、対立し続けた始祖の隷長が精霊となって今度こそ、共存できることを
「大丈夫ですよ、ミクニ。帝国もギルドも手を取り合っています。人間と精霊も、きっと一緒に生きていけます」
「エステル…」
誰もが安寧して暮らしていけるような世界という理想を夢見るミクニの手を握り、エステルは「きっと叶う」と言ってくれる
保証など何処にもありはしなかったが、いつだって心優しく、他者を想える少女のひたむきな眼差しは、この希望を抱かせる原因の一つと言えよう
「その前におっさんは、人間同士がいざこざを起こさないか心配だけどね」
「このバカっ!」
「…おっさん空気読め」
「っちょ!リタっち、イタっ!青年、こわ!…ミクニちゃんとお譲ちゃんと同じで、世界を想って言った言葉だったのに…おっさん悲しいわ…」
明るい未来を夢見るミクニとエステルの雰囲気を見事打ち砕くようなレイヴンの声に、つかさず反応をしたのはリタとユーリだった
手加減なしにリタに頭を叩かれ、ユーリから痛いほどに睨まれてレイヴンは態とらしく傷ついたふりをする
「あはは…でも、レイヴンの言う通りだね」
その様子にミクニは楽しそうな笑い声を漏らすが、すぐにレイヴンの言葉に同意を示した
「精霊が誕生し、マナが生み出されたことで世界は安定した。だけど、魔導器に頼ってきた人々にとって今の生活は苦しいもの。魔物による危険だって増している。星喰みに懐いた脅威が薄れれば、きっと不満がそのうち引き金となる…」
「それなら心配いらぬのじゃ!うちらにはリタ姐という心強い味方がいるのじゃ!」
魔導器を捨てることを選択したが、人々の生活を少しでも改善するために新たな技術が必要だろう
その問題ならば、リタが解決してくれるとパティが胸を張って言えば、皆の視線が一気にリタへと注がれる
皆の視線を一心に受けたリタは、少しばかりたじろいだ
「っちょ!待ちなさいよ!私は何も…」
「あら?皆の期待から逃げる気なのかしら?」
「っ、何言ってんのよ!せっかくマナを確立させたのに、他の奴らに任せるわけないじゃない!」
ジュディスが首を傾げてそう言ってしまえば、リタはすぐさま皆の視線に向き合い、言い放つ
「あたしがあの子たちのためにも、マナを用いた新たな技術を生み出すに決まってんでしょ!」
魔導器の代りを生み出すのは、自分自身だ、と強く言ったリタの言葉は自信に満ちているもので皆が其々微笑みを浮かべる
最初から誰もリタが拒否する事などないのはわかっていた
マナを確立させ、失われたリゾマータの公式を新たに再現した彼女なら、きっと実現してくれる
いや、そのような事などなくとも、リタならばきっと、やり遂げてくれると皆信じているのだ
「ふふ。期待しているわ。天才魔導士さん」
「さすがリタ姐なのじゃ!」
「お願いしますね、リタ」
「っ―――、あたしがやりたいことだから…」
期待の眼差しを受けて、リタの頬は僅かに赤らむ
彼女はその気恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いた
「まぁ、お前ならばすぐにマナによる技術も可能だろう」
「エル」
「っな!いきなり姿を現すんじゃないわよ!ミクニ、こいつどうにかしなさい!」
「うーん、無理だよ。昔からの性格だから」
「ということだ。それに、このような些細なことを気にしているようでは、この先やっていられないよ」
音もなく目前に出現したエルシフルにリタは驚くと、すぐさまミクニへと顔を向ける
リタの頼みにミクニは困った表情をするが、彼女自身はエルシフルの性分に慣れているのもあってか、そう言うだけだった
「はぁ…もういいわ。あんた達にとやかく言うあたしがバカだった…」
ミクニの言葉とにこにことしたエルシフルの声にリタは「やってらんない」とばかりにため息を吐いた
「でも、大精霊もいるんだし、きっとこれからの時代だって僕たちはやっていけるよね!」
「はい。私達は新しい時代でもやっていけます。それに私達にもやれることはあります」
「うん。僕達“凛々の明星”だって、困ってる人達の役に立てるもんね」
技術的な面は、リタがどうにかしてくれる
世界の均衡は大精霊が守ってくれる
そして、今は此処にいないフレンは今頃、他の騎士達と共にギルドと協力して、人々の安全を確保しようとしている
ならば自分達は、自分達に出来る範囲で人々の助けになり、世界の問題を解決しようとカロルが腰に手を当てて堂々と言った
「少年やる気だねぇ」
「もぅ…レイヴンからかわないでよね」
まだ少年とは言え、自分達の首領として成長していこうとするカロル
以前と比べると自信に満ち溢れたカロルの姿は頼もしく、そんな彼を始め、皆を見渡した後、ミクニは静かに離れた
「やっぱり来てたんだ。デューク」
木々の間を通っていき、仲間から少し離れた場所にいたのはデュークだった
ミクニ、そしてエルシフルの気配に気づき、彼はこちらを向く
「…あの者が心配するぞ」
「ユーリなら離れたこと気づいてるし、大丈夫だよ」
デュークが指し示した存在が誰なのかすぐにわかり、そう答える
ユーリはもちろん、皆、ミクニが何処かに行こうとしたのは気づいただろう
それでも呼び留めなかったのは、近くにデュークがいるためだともう察していたのだろう
「新たな世界はどうだ?デューク」
「……まだ私の中には、エルシフルを奪い、ミクニまで死に追いやろうとした帝国に対する恨みは消えない」
「デューク…」
「だが、魔導器を捨て、互いに対立しあっていた者たちが手を取り合う姿に、世界が変われる事を実感したのもまた事実だ」
「きっと変われるはずだ。彼の者たちは変わろうと努力しているのだからな」
彼が負った傷跡が完全に消えることはきっとないとミクニは思う
ミクニ自身、エルシフルを殺された事に対する恨みがこの胸に刻み込まれているのだから
けれど、ユーリ達が世界の滅亡を阻み、自分達人間はやり直せる余地があることを今も証明しようとしている姿には、人間が変われる兆しを見た
デュークも、ミクニも、そしてエルシフルもまた―――
「エルシフル、ミクニ…世界とは、こんなにも美しいものだったのだな…」
「ああ、そうだな。デュークよ」
デュークの隣に並び、彼が見つめる方角をミクニもエルシフルと共に見る
そこには仲間達と見ていたように世界の景色が広がっていた
先程と同様に美しい景色ではあるが、デュークがそう表現したのはミクニと同じく、感覚全てで捉える世界の姿
そして、そう捉えられるのは、人々に希望を見たことで、彼の心が晴れやかであり、また、彼にとって心を許せる存在が傍に戻ってくれたからだろう
「…またこうやって、エルシフルとデュークと共に世界を見れるとは思わなかったな…」
「だが、これからは以前のように…いや、以前よりも輝かしい世界となっていく姿を見ていけるはずだよ」
「うん。もう…魔導器によって人間と対立することもないんだもの…そしたら、私達…」
エルシフルとデュークの間に立つミクニの顔は輝かしく、未来に希望を見ている瞳だった
その横顔を捉えたデュークは、人知れず微かに表情を和らげた後、人間が住まう街、動物達の気配、そして、精霊達の輝きを捉えて、彼はミクニの代りにあの理想を言う
「…生きとし生ける者の、全ての心ある者の安寧がいつしか訪れるはずだ」
「そう、だよね…人間同士も、精霊も歩み寄っている今の世界なら…いつか」
この先、いくつもの困難はあるだろう
この理想は、夢物語であるだろう
だとしても、不安定であってもお互いが手を取り合う今の世界は、魔導器によって便利であった世界と比べると、3人にとっては眩い世界であり、理想に近かった
不便であっても構わない
苦労があっても構わない
上辺だけ充実して争い続ける世界よりも、こうやって歩み寄れている世界の方が比べようがないほどに美しい
(どうか…この世界の関係が…ユーリ達が築き上げていく世界が…デュークが今一度信じようとしたこの世界が、ずっと続きますように―――)
掛け替えのない親友デュークと、遥か昔から自分を見守ってきてくれたエルシフルの手を握り、ミクニは二人に向けて顔を綻ばせた後、共に世界を見渡し、祈りを込めて星喰みのない星空を仰いだ
(ずっと…)
そのまましばらく、この世界が紛れもなく事実であると実感するように言葉を紡ぐことなく見上げていたミクニだったが、近づいた気配達に気づく
振り向けばそこには仲間達がおり、ミクニは1人離れようとするデュークを引き連れて、自分達を呼ぶ彼らの元へと駆け寄る
ミクニに手を引かれるデュークは何も言う事はなかったが、それでも仲間達に対して明るい表情を見せるミクニの姿に嬉しそうに彼は口元を緩ませていた
それに気付いたのは、ミクニとデュークを見ていたエルシフルくらいだろうか
ただ言えるのは、この世界で、この瞬間は、ミクニ達の誰もが安寧に包まれていたと言う事だった
永遠にこの魔法に溺れることが出来れば、私は幸せだろうに
―――***
今回は仲間達とのお話です
ラピードとフレン、ごめんよ!
夢主があの頃を――仲間を求めているからこそ、この現状でこの光景を見てしまっているんですね
「鐘」の文だったのを分けてます
(H24.3.11)
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