境界



テルカ・リュミレースでの日々を思い起こさせるようなヴォルトの姿に表情を和らげていたミクニだったが、空間が捻じ曲がった気配にすぐさま気づき、表情を変えた


「ガイアス、ミュゼ!」


空間に穴が開かれ、そこから現れたのは此処を襲った張本人であろうミュゼを従えたガイアスだった


「…リア…ディルア!【…あいつ…敵!】」

「落ち着いて、ヴォルト」


二人の姿が現れた瞬間、ミクニに抱きついていたヴォルトが彼を威嚇するように唸り、バチっと雷の音を鳴らす

ヴォルトの様子から、源霊匣であったヴォルトを使役しようとしたのはガイアスだということがわかったミクニは、自身を使役しようとしたガイアスを敵と認識し、今にも電撃を放ちそうなヴォルトを宥めた


「こんな場所で出会うとは、意外なこともあるものだな」


ヴォルトの視線に気づき、ガイアスはヴォルトのすぐ傍にいるミクニを一目見ると、ミラ達に視線を移してそう言う


「やっぱりエレンピオスに来ていたのね…」


ガイアスの隣にいるミュゼは、自身と同じような力を示し、エレンピオスへの道を切り開いたミクニに向けて、嫌悪感の宿った視線を送ってきた


「ヴォルトを動かしたのはガイアスでしょ?ガイアスも源霊匣の可能性に気づいていたの?」

「可能性?俺はそのようなものの上で民たちを生かすつもりはない。ジュード、俺が源霊匣の使役を試みたのは、お前が考えそうなことだったからだ」

「え?」

「だが、無駄だった。到底、人に御しきれるものではない。いや…御しきれたところで俺は認めれぬ」

「ガイアス…」


ジランドがエレンピオスを救うために言っていた源霊匣にジュード達は可能性を見たのだろうが、ガイアスはその可能性を打ち砕いた

その言葉には、彼が源霊匣によってエレンピオスを救える可能性を感じたとも感じられる

だが、自身に視線を向けて続けて言われた言葉によって、それはまるで、自身の気持ちを汲んで行った行動のようにミクニは感じた


(源霊匣じゃ、精霊は救われない)

(君は、それを察しているの?)


源霊匣がもしも、人が自由に操れるモノであれば、マナが枯渇したエレンピオスも救える道が出来る

だというのに、源霊匣自体を否定するようなガイアスの言い方

もしかしたらガイアスは、ミクニによって大精霊へと目覚めたセルシウス、そしてヴォルトの様子から察したのかもしれない

源霊匣では、精霊の“意志”は殺されてしまうということを

ミクニが源霊匣を黒匣同様に嫌悪しているのを


「故に残された方法は、この世界の黒匣を一掃するほか、術はない」

「やっぱりそんなこと考えてたのかよ……」

「でも、そんなことしたら!」


この世界の生まれであるアルヴィンはもちろん、レイアもまた、その方法に対して難色を見せる


「異界炉計画は確実に終わらせられる。異論はあるだろうがな」

「…エレンピオスと話し合う、その方法はなかったの?ガイアス」


思っていた通り、ガイアスは黒匣を失くして全てを解決しようとしている

彼が選んだ道にミクニはアルヴィン達とは違い、一切顔色を変えることなく、ガイアスに向き合った


「ミクニ…お前ならばわかっていよう。その選択では、無意味であり、時間が足りないということが」

「わかってる。その方法をとれるほど、この現状は生易しくないものであり、これが野暮な問いだということは…」


弱き者のためにあり、己を律し続けてきた王であるガイアス

先日まで敵であった存在であろうと、受け入れてきた彼のこと

どのようなことであれ、このような強制的なやり方を本来ならば取りたくないだろう

だが、“王”であるからこそ、この現状で彼が取れた最善な選択が、これだったのだ


「それでも君のような存在には、こうしてほしくなかった。これでは、リーゼ・マクシアを襲ったエレンピオスと変わらなくなってしまう」

「、……だろうな。だとしても、俺はもう引き下がることは出来ん。俺は、断界殻を維持し、黒匣を全て排除することでリーゼ・マクシアを、精霊を守る。この方法で…お前を失望させようとな」


一寸も逸らすことなく向けられるミクニの視線を受け、ガイアスは少しの間口を閉ざしていたが、次には揺るぎを見せることなく言葉を並べていた


(…失望…そんなのしないよ)

(私は、君に失望していいような存在じゃない)


王として守るべきリーゼ・マクシアはもちろん、精霊を守るためならば、どのような罪も背負っていこうとするガイアスを責めることなどミクニは出来ない―――出来るはずなどない

精霊にとって、世界にとって害である黒匣を排除することは、ミクニの考えでもあるのだから


「黒匣が無くなるまで、断界殻を解くつもりはないということか…」

「当然よ。断界殻は失くさないわ。黒匣がある限り、リーゼ・マクシアがエレンピオスに蹂躙されてしまう可能性は消えないもの」


ミクニに向けたガイアスの言葉から、ミラが表情を顰めれば、ミュゼはミラを冷めた目で見下ろした


「マクスウェルもあのままにしておくつもりか」

「全ては、リーゼ・マクシアを守るため。弱き者を死なせないのは、強き者の義務だ」

「間違ってるよ!ガイアス!」


リーゼ・マクシアを守るためならば致し方がないことだと言うガイアスに、ジュードは声を張り上げて否定する


「何が間違っているというのだ!断界殻を維持し、黒匣を全て破壊した後に、世界を一つに戻せばいいだろう!」


この方法こそがリーゼ・マクシアにとって最善であり、またエレンピオスを救える方法であると言うが、それを認めようとしないジュードに向けて、ガイアスは揺るがない視線を一層強める


「黒匣を失くせば、苦しむ人間が生まれる。その者達を無視するというのか!」

「黒匣を失くして苦しむ者だと…?ならば、その者達のために、精霊を殺し続け、毒のように苦しませる黒匣を…お前は認めろと言うのか!?」


あれ程、黒匣を破壊しようとしていたと言うのに、黒匣を認めるようなミラの発言にガイアスの声に苛立ちが混じっているような印象を受け、そのやり取りを見ていたミクニは微かに瞳を見開く


(ガイアス、…君は、もしかして…)

(私の代りに…急いでるの?)

(私にとって精霊が大事だから…)

(精霊を少しでも守ろうとして、黒匣をすぐに破壊する行為に出たの…?)


リーゼ・マクシアの王であり、民を守るためでもあるだろう

けれど、民を守るためだけならば、此処まで急ぐ必要などなく、もっと効率的な方法を考えたはず

エレンピオスには恐らく、すぐにでもリーゼ・マクシアに渡る方法などないはずであり、捉えているジランドから情報を聞きだしてからの方が得策なのだから

それくらいのこと、一国を統べる王であるガイアスならばわかっているはずだった

それなのにこのように急いだのは、精霊のためなのだと、その声に滲んだ怒りからミクニは感じた


(…なら、私のせいで…ガイアスは…)


けれど、ガイアスが約束通りに精霊を守ろうとしているのを知った瞬間、ミクニの中に罪悪感が生まれる

精霊を守ろうとしてくれる心は嬉しかったが、本来ならば自身がすべきことを――手を汚す行為をガイアスにさせているのだと思い、悲しくなった


「ガイアスの言う通りよ。それに、苦しむ弱い人間は、ガイアスが守ってくれるわ」

「っ、確かに黒匣は精霊を犠牲にする。だが、それも断界殻を解けば、解決する事だ!」

「まだそのようなことを…ジュード、ミラ!俺の理想がわからぬお前達ではないだろう?」


お互いに譲り合わない二つの相反する考えをぶつかり合わせれば、今度はジュードがガイアスの“理想”に真っ向から異を唱える


「どんな理想も、人の気持ちを無視して押しつけたら意味ないよ。人が自由に生きるために黒匣は必要なんだ!」

「お前の言葉は可能性だけを語る恣意的なものに過ぎんぞ」

「そうかもしれない。でも、やめるわけにはいかない」

「これ以上此処にいるのは無意味です。行きましょう」

「うむ……そのようだな」


ジュード達には自分の考えは受け入れられず、自身もまた彼らの意見のために譲歩できないガイアスは、それ以上の会話をやめる

そこに出来た一瞬の間には、ガイアスがジュード達と対立する覚悟をするのが見えた


(ガイアス…)


吟味しているように、二つの意志に耳を傾けていたミクニの瞳が、ただ1人――ガイアスだけを映し出す

何かを込めたような瞳は、向けられているガイアス自身も気付き、彼は幾分かミクニを見ていたが、そのままミュゼと共にこの場から姿を消した


境界の先に見えたのは、その領域を荒らしている自分の影


―――***

源霊匣では精霊の意志は殺されると、夢主はセルシウスとヴォルトの件で感じてます
また、ガイアスも同様に源霊匣では夢主が大事にする精霊は救われないのを印象に受けた
ガイアスがこのように急いだのは精霊を守ろうとしたため(実際は夢主?)という感じになってます
こうすることでちょっとは、ガイアスが効率が悪くても黒匣の排除を急いだ等の理由にはなるかな?

(H24.3.22)



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