撫
やはりとばかりにヴォルトはミクニにも、エルシフルにも反応をせず、その姿にエルシフルは動揺など感じておらず、平然とした表情で言う
「言葉まで忘れたか?ヴォルト」
エルシフルの言う通り、ヴォルトはまるで言葉という意志疎通まで出来なくなっているようだった
(これも、源霊匣のせい…)
記憶も、言葉も失くし、この現状に脅えている様なヴォルトの姿にミクニの胸が締め付けられる
「もしかして、ミクニとエルシフル!?」
「…ジュード君」
「お前たちも来ていたのか!?」
「まぁね」
背後の物音に振り返れば、バランに預けたはずの彼らがいた
恐らく、自分達と同じでヘリオボーグの襲撃のことを聞いてきたのだろう
「にしても、あれが源霊匣、ヴォルトか…?」
彼らはミクニとエルシフルが此処にいることに驚いていたが、背後のヴォルトに気づくと、そちらに意識がいく
そのまま彼らはヴォルトへと少し近づくが、それに危機感を覚えたヴォルトは威嚇するように辺りへと放電する
「きゃっ!」
「びりびりするー」
「雷を操る精霊のようですね」
金属を伝って至る所で電流の音が鳴り響き、その様を冷静に見つめて、ローエンが判断していた
「そう。本来の彼は、雷の大精霊ヴォルト」
「大精霊なの!?」
「ミクニの言う通り、大精霊クラスの力を感じます…」
彼が大精霊であることを教えれば、レイアは驚いており、精霊の力に敏感なエリーゼはその力を感じ取っていた
けれど、その一方でミラを含めた数人は、ヴォルトを知っているような口ぶりのミクニに詳しい事を求めるような視線を送って来ていた
「けれど、今の彼は大精霊というよりも源霊匣」
「…ジランドのような使役する人間が見つからないな…」
「これって暴走してるんじゃないよね?」
源霊匣、と言えば、ミラは辺りに使役する人物を捜そうとする
けれど、その存在が何処にもおらず、ヴォルトの様子にレイアは不安げであった
「君の言う通りだよ。源霊匣にされたことで、ヴォルトは自分自身が何者かも判別できず、暴走しているんだ…」
(そう…源霊匣なんかでなければ、ヴォルトは…)
「それってまずいんじゃねーかよ?」
「どっちでも同じこと。まずはおとなしくさせる!」
源霊匣に対する非難が僅かに含まれた言葉だったが、“暴走”ということがアルヴィン達の思考に留まり、ジュード達はヴォルトによって被害を起こさせないように構えを取り始める
「悪いけど、君らは下がっててくれる?」
「む?どういうことだ?」
だが、それを阻むようにミクニが彼らの前に立ち塞がれば、ミラは怪訝な表情をした
「ヴォルトは私とエルシフルがどうにかする」
「なら、一緒に!」
「ジュードよ。お前たちではヴォルトを必要以上に傷つける。ミクニはそれが嫌なのだよ」
「そういうこと。それに下手に大人数で近づけば、ヴォルトの不安は増すだけ。だから、君らは下がっていて」
大精霊とは言え、ヴォルトも生きており、傷つく
ヴォルトがどのような存在かをよく知らないジュード達での止め方では、ヴォルトが必要以上の怪我を負うのが見えていた
そのようなことを許せるはずもなく、何よりも自分達だけの方が効率がいいというのがミクニの判断だった
「―――セルシウス」
ヴォルトに近づけさせないようにジュード達の前に立ったミクニは、ヴォルトと同じように源霊匣にされていたセルシウスを召喚する
「あれはヴォルト!そうか…ヴォルトも私と同じように…」
「ああ。そのために、あのように私達まで拒んでいる」
全てを拒絶するようなヴォルトの姿
あれは、彼が目前の存在に警戒し、臨時体制に入っている証拠だった
「エルシフル、セルシウス。私のサポートをお願い」
「わかっているよ」
「もちろんだ。私は、お前に協力する」
同胞であるヴォルトを助けるためならば、二人が拒むはずはなく、大精霊である二人はミクニと共にヴォルトに向き合う
「行くよ!」
掛け声を出すと、ミクニは弓も明星も出すことなく、地を蹴り、ヴォルトの横へと回る
ミクニが自分へと近づくことに気付いたヴォルトは、ミクニに向かって電撃を放った
《 スプラッシュ 》
けれど、エルシフルによって起こされた滝のように空中から落ちてきた水柱が防御壁の様に電流を喰らい、それは近くにいたヴォルトをも襲おうとする
それによってヴォルトは、水から逃れるために背後へと後退した
「氷襲連撃!!」
そこを背後から近づいていたセルシウスが震脚から崩拳を繰り出し、球体に包まれたヴォルトを水柱へ向かって吹き飛ばす
「グッ、ガガガ―――!」
雷の塊が水柱に触れた瞬間、水が破裂するような音が鳴り、それに混じって苦しむ声が響く
直後、術によって生まれた水流が消えると、電流の膜を解かされ、その姿を現したヴォルトがいた
だが、すぐにヴォルトは、再び防御壁を形成しようとする
“ごめん、ヴォルト”
「っ!!」
「「絶破烈氷撃!!」」
頭に響いた声と目撃したモノにヴォルトの動きが一瞬止まる
そして、その一瞬の油断を見逃さないように、セルシウスが作りだした巨大な氷塊が突如打ち砕かれ、槍の如く、ヴォルトに向かった
「エルシフル!ヴォルトの動きを!」
嵐のように向かってくる氷の群れから逃れることが出来ないとわかり、ヴォルトは電撃によって、その攻撃を相殺しようとする
その激しい電流は、氷の向こう側にいたミクニの元まで届いて来ていたが、それに怯むことなくミクニは、それによって生まれた隙を見計らっていたようにヴォルトの元に来ていたエルシフルに指示を出した
「いい加減、大人しくすることだ。ヴォルト」
「っ、ガ、グゥ…!…ラル=、イッ!!」
ヴォルトにこれ以上抵抗をさせないように、エルシフルは術によってヴォルトの肢体の動きを束縛する
もちろん、それをヴォルトが大人しく受け入れるはずもなく、彼はエルシフルの術から無理にでも逃れようと足掻き、何振り構わずに高圧電流を放電した
「お前如きでは、私の術が破れるわけがなかろう」
けれど、その電流は周囲を襲うことなく、エルシフルの力によって彼の元に収束され、消されていく
「リア…ラル=イ…!!」
エルシフルの不敵な表情に少年の姿を持つヴォルトは癇癪を起こして、「放せ!」と叫ぶ
その時、彼の手元から光る石が落ちたことに、セルシウスと共に近づいていたミクニは気づいた
「ヴォルトの、精霊の結晶…」
拾い上げた石は、正しく精霊の結晶―――精霊の化石だった
使役しようとした者からヴォルト自身が奪い、彼が持っていたのだろう
源霊匣の機械自体に嵌めこまれてはいなかったが、その結晶には術式のようなモノが組み込まれているのがわかり、それが源霊匣として具現化するモノであることが容易にわかる
機械自体は安定性を増す、あるいは制御装置みたいなものと考えられた
「ミクニ!大丈夫!?」
「うん。平気だよ」
ヴォルトが捉えられたことで一先ずは落ち着いたと判断して、ジュード達が近づいてきた
「ミクニ君、服がこげてるー!」
「大変です!見せて下さい!」
「ああ、大丈夫。服が焼けただけだから」
「で、でも…」
「気持ちだけで十分だよ、エリーゼ」
先程の放電が服を掠めていたのだろう
それに気づいてエリーゼが心配してくるが、ミクニは微笑んで肌を見せる事をやんわりと断った
「セルシウスと言い、源霊匣ってのはかなり厄介だな…っと、本人がいるんだっけか」
対峙していないとは言え、その力の一部を目撃していたアルヴィンは、その感想を口にしたが、セルシウス本人の視線に気づき、苦笑いを浮かべる
「ヴォルト、脅えないで」
それを尻目に、ミクニはヴォルトへと近づくと、彼を脅えさせないように柔らかな声で言葉を掛けだした
(不安だろうね)
ミクニの声と眼差しを受けるヴォルトは、逃げ出すことを諦めたのか、じっとミクニの視線と交差してくる
(…記憶のない君にとって、私達は恐ろしい存在に映っているんだね)
けれど、その瞳には恐怖と不安が渦巻いており、精神を閉ざしていようとそれが伝わったミクニは憂いの表情となった
そして、その脅えを一刻も早く消し去るために、何よりも“本当の彼”と再会するために、ミクニは明星を出現させる
「ミクニ」
精霊の魂である結晶と同様に美しい色合いを持つ刃をヴォルトの目前に突き立て、その柄に手を置いていれば、エルシフルが掌を重ねる
今のままでは身体への負担が重いと判断し、共にヴォルトの柵を解き放ってくれるのだとわかった
ミクニはエルシフルに向かって微笑むと、精霊の化石を持つ掌を出し、その星の欠片のような石へとエルシフルも同様に右手を乗せる
その瞬間、セルシウスの時と同様に術式が広がり、二人の掌に包まれた石から光が溢れだし、その白き光はヴォルトへと集っていった
「――――…」
光に包まれる中、ヴォルトの顔を覆っていた仮面は粒子と化していき、それが消え去るにつれて、ヴォルトの瞳の色が変わりだしていく
それにより、ミクニの意志がわかっているようにエルシフルはヴォルトを捉えていた術を消し去る
「…ヴォルト…私が、わかる…?」
束縛がなくなり、地面に膝をついたヴォルトにミクニは声を掛ける
その声には、彼の記憶には自分はもはや存在していないという恐れがあった
ミクニの問いかけに、ヴォルトはすぐに応えず、ただゆっくりと面を上げてくる
心臓が恐怖と期待で激しく鼓動している音を聞きながら、その様を黙って見守る
「……―――」
「…ヴォル、ト…?」
黄銅色の瞳にミクニが映し出され、彼の唇が僅かに動く
何を言ったのかは聞こえず、ミクニは首を傾げたが、それは次のヴォルトの行動で終わった
“ミクニ!ミクニ!”
「うわっ!!」
嬉々とした声を精神を通して盛大に響かせたヴォルトは、飛び上がったかと思うと、周囲などに目もくれずにミクニへと飛びついて来た
突然のことにミクニは瞳を丸くして驚くも、何とかヴォルトを抱きとめる
「…ヴォルト、何をやっている…?誰がミクニに抱きついていいと許可した?」
「…ふん!」
その光景に周囲の者たちは唖然としていたが、ただ1人―――エルシフルだけがつかさず反応をする
一見笑顔であるが、目が笑っておらず、そのエルシフルを触発してはならないことは一目瞭然であったが、ヴォルトは「お前など知らない」とばかりにそっぽを向いた
「……そうか。相も変わらず、生意気なものだな。どうやら水中地獄を味わいたいようだね」
「落ち着いて下さい!オリジン様!」
「止めるな、セルシウス」
「エル」
「……仕方ないね」
その態度にエルシフルは一層にこやかな笑顔に変えると、掌に水の渦を形成し出そうとしており、セルシウスが慌てて止めに入る
それにはミクニも呆れた視線を送っており、漸くエルシフルは術を消し去った
「…ミクニ…」
自分たちにとっては先日のように思えるやり取りに少し懐かしむように半身を見ていれば、ヴォルトが精神ではなく、今度はその唇で名を呼んでくる
「ファル…ニア・エデュ=ラル」
「っ…ヴォルト…」
そして、続けて言われた言葉の意味を知った時、ミクニは声を詰まらした
けれど、それは一瞬のことであり、ミクニは膨れ上がる感情で震えだそうとする心を落ち着かせると、自分を見上げてくるヴォルトに笑みを向けて、応えだす
「アディ=ア・ヴォルト」
すると、その微笑みによる応えを貰ったヴォルトは、今の幸せを表現するようにミクニに抱きつく力を強める
「…リリア…ミクニ」
消えたことに対する恨みもなく、ただただ、自身が来てくれたことを喜ばれ、自分はちゃんとここに帰ってきていると教えるように、少年の姿をしたヴォルトの髪をミクニは優しく梳いた
幾年経とうと待ち続けた存在は、まるで撫でし子のよう
―――***
ヴォルトきゅんの中身は完璧捏造ですよ。
古代語だからわかりませんが、ヴォルトきゅんは喋るのが苦手で、片言のイメージを持つとよろしいです。
たぶん、これから古代語は「【】」な感じで表示します
で、今回のヴォルトきゅんと夢主の訳は
「ファル…ニア・エデュ=ラル(ずっと…俺、待ってた)」
「アディ=ア・ヴォルト(ただいま、ヴォルト)」
「…リリア…(おかえり)」
てな感じでした。
(H24.3.18)
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