自分達のことをどう言うべきか悩むミクニの気持ちを救うように、向こうの方から何やら音が聞こえてきて、ミクニはその問いに応えることをやめた


「どうやら話しは此処までのようだな。お前たちは戻った方がいい」

「ミラ達のことなら、心配しなくても何もしない。何処か安全な場所に運んでおくから」


彼らも何者かがこちらに来ている気配に気づくが、ミラの事が心配なのか渋る様子を見せる

けれどミクニがそう約束すれば、それを信じてくれたのか彼らは姿を消した


「ん?そこで何をしているんだい?」


見えたのは荷馬車であり、それに乗った二人の人間のうち1人が声を掛けてきた


「気絶しているみたいだね。魔物にでも襲われたのかい?」

「ああ。性質の悪い魔物に襲われてね」

「ふーん。なるほどね」


エルシフルがそれっぽい嘘を言えば、青年は信じたのか、別に気にしていないのか追及はしてこなかった


「あの、近くに休める場所はありませんか?」

「此処からならトリグラムが近いけど、それを知らないなんて遠方から来たのかい?」

「ええ、旅の途中で」


トリグラムとはよっぽど有名なのだろうか

旅だと言って誤魔化すが、青年はそう言ったミクニを少しばかり不思議そうに見ていた


「旅ねぇ。まぁ、いいか。それじゃ、トリグラムまで送ってあげるよ」

「え?いいんですか?」

「まさか、ミクニによからぬ事をする気ではないだろうね?」

「エル…失礼だよ」


せっかくトリグラムいう場所まで送ってくれると言うのに、その親切心を疑うエルシフルに呆れた視線を送る


「あははは。そういう風に見えちゃうのかなぁ。でも、僕はそんな男じゃないから安心していいよ。お兄さん」


((お兄さん…))


気分を害させたかと思ったが、顔を顰めるどころか青年は笑った

だが、何よりもミクニとエルシフルが注目したのは、“兄”というフレーズ

別に初めてではないが、その久しぶりの表現に二人は顔を見合わせた


「もしかして違ったかい?」

「ああ、大きな間違いだ。“兄”ではなく、むしろ“恋人”という関係に近いのだから」

「エル、少し黙ろうね?」

「……」

「それで、本当にいいんですか?」

「もちろん。それに女性を見捨てるわけにはいかないしね」


話しを進めるためにもにこやかな笑みでエルシフルを黙らせる

隣でエルシフルが少しばかり侘し気にしていたが、それを気にせずに青年にトリグラムへの道を頼んだ

その後、青年が同僚に話しをしてくれ、未だに目を覚まさないミラ達を荷馬車へと運ぶことになった


「後はこの男だけか」

「これはまた、運ぶのに骨が…ん?この銃は…」


ミクニがエリーゼを抱きかかえ、最後にアルヴィンを荷車に移そうとした時に青年が視線を止める

どうやらアルヴィンが持つ、ジランドが持っていた黄金の銃が気になっているようで、彼はそれを手に取ると見定めるように銃を観察しだした


「…うん。やっぱりこれは、スヴェント家のあの銃だ…もしかして、この男の名前はアルフレドじゃないかい?」

「え?彼はアルヴィンって名乗ってたけど……貴方、その銃について何か知っているんですか?」

「この銃は、スヴェント家の当主に代々受け継がれるものなんだ。アルフレドは当時の当主の息子でね、僕はその従兄」


青年の話しでミクニははっとする

アルヴィンと聞かされているが、彼はアルクノアとして行動をするために本名を隠していたのかもしれない

ジランドのやり取りからも、その銃は彼にとって大事な代物だろう

それにより過ぎる答えは、青年も同じだったのか、彼は楽しそうに笑む


「まさかこんな形で再会するとは思わなかったな」

「この男の従兄、か」

「そういうこと。まぁ、こんな所で話しもなんだし、とりあえず運ぼうか」


青年は感動の再会に浸るわけでもなくエルシフルと共にアルヴィンを荷馬車に乗せる

20年ぶりであるため感動をするには時間がたち過ぎているためもあるだろうが、青年がそういう性格なのだろうとミクニは思いつつ、エリーゼを抱えたまま荷馬車に乗り込んだ

そのまま荷馬車を引く馬のことを同僚に任せた青年も後ろへと乗り、荷馬車が走り出す中でミクニとエルシフルは青年と向き合った


「それじゃ、リーゼ・マクシアのお客さんにご挨拶をしないとね」

「驚かないんですね」

「これでも僕、政府の研究者というか技師の一人だから。少なからず情報が入るんだよね。それと、敬語はなしでいいから」


政府の研究者と言われ、ミクニは少しだけ荷馬車の隅に置かれていたものに意識がいった


「それじゃ、そうさせてもらうね。えっと、私はミクニ。で、こっちが」

「エルシフルと言うよ」

「僕はバラン。よろしく。ミクニちゃんにエルシフル」

「ミクニ、ちゃん?」

「もしかして、そういうの嫌だったかな?」

「そんなことないけど、私はちゃん付けされるような歳じゃないから」

「と言っても、25歳くらいだろ?」

「いや、うん、そうだね……因みにバランは何歳なの?」


年齢のことを言われ、「実は数百年生きてるんだ」など言えるはずもなく、曖昧に反応をした後、自分の年齢から逸らすためにバランの年齢を尋ねる


「何歳に見える?」

「見た目は20代後半かな?」

「いや。こういう何かしら隠してそうな男は30歳を過ぎているものだよ。ミクニ」

「自分がそうだもんね、エル(まぁ、次元が最早違うけど)」


くすりと微笑むエルシフルが言うように、バランからはエルシフルに通じるものがあるのを感じる

彼も所謂腹黒属性のようなものをお持ちなのかと、ミクニは心の中で呟いた


「はは。エルシフルの言う通り、僕は30歳を過ぎてるんだ。20代後半だったら良かったんだけどね」


バランの笑みに釣られてミクニも相槌を打つように微笑みを浮かべる

けれど、空気が一段と嫌なものになり、身の毛がよだつのを感じてミクニは外に意識をやろうとした


「ヘリオボーグに着いたみたいだ。少し荷物を降ろさないといけないから二人はアルフレド達と待ってて」


その時、ちょうど荷馬車も止まり、バランは腰を上げると荷馬車の隅にあった荷を持って姿を消す


「エルシフル、さっきのって」

「魔核で間違いない…」


バランが持っていった機械のような透明なカプセル状の中には見覚えがある石が入っていた

どの石からもマナの――精霊の気配を感じ、あれが魔核の類だというのは明らかだった

ミクニは峡谷で拾ったあのくすんだ石を取り出した後、覗き見るように外に顔を出す


「此処は…」


警備兵らしき者は黒匣らしきものを携え、バランのように研究者らしき人が運ぶモノも黒匣だった

そして彼らが通っていく巨大な建物は、まるで毒のような固まりにミクニには映る


「お待たせ。ミクニちゃん、何か顔色が悪い様だけど大丈夫?」

「うん…大丈夫」


戻って来たバランに指摘され、ミクニはエルシフルの隣に戻ると体を覆うローブを握る


「バラン。お前は政府の技師だと言っていたが、今の場所はその仕事場か?」

「そう。ヘリオボーグは政府軍の基地であり、黒匣の生産と研究の拠点」

「黒匣の生産…研究」


自分達にとって害である黒匣の生産をし、研究をしていると言うバランから顔を逸らすかのように掌に持っていた石に目をやった


「あれ?それって精霊の化石だね?もうマナがないようだけど」

「精霊の化石?」

「リーゼ・マクシアじゃ、別の呼び方なの?」

「ううん…私が知らないだけ」

「そっか。にしてもさっき拾ったのかい?普通は、マナが抜けた精霊の化石は時間が経てば砂のように砕けて消えるはずだけど」


自分達が魔核――精霊の結晶と呼んでいたものは、精霊の化石と呼ばれているらしい

自分達の時代でも、マナの塊である精霊の結晶はマナがなくなってしまえば何も残らずに消えてしまう

けれど、通常は時が経てば自然と精霊として目覚めるものであり、消えることなど滅多にない

あるとすれば外的要因によって傷でも付けられてマナがなくなる場合だった

ミクニの手にある化石は、峡谷で行われていた実験によりマナを失っていったのだろう

また、本来ならばバランの言うようにそのまま霧となって消えるはずだったのだろう

だが、この結晶は微かに魂を繋ぎとめている

生きているのだ

その原因は恐らく自分だというのをミクニはわかっていた

そして、この結晶に僅かに残った気配が生きている証拠だと感じていたから今までこうして持っていたのだ


(近いうちに、戻してあげるから)


この精霊の化石が正しく精霊の結晶だとわかり、自分ならばどうにかできるとわかってミクニは嬉しそうに微かな笑みを浮かべる

何千年もの間、姿を消し、精霊達の助けを出来なかったどころか、彼らの王であるオリジンまで道連れにしたことで、精霊達の苦しみを増させた自分

罪滅ぼしをしたいわけではないが、この力が――明星を用いれる自分ならば精霊の命を紡げることを知れ、少なからず安堵した

本当ならば、そのような力を振るう事などない方がいいのだけれど…


「ミクニ、疲れているだろう?私が隣にいるから今は少しお休み」

「…うん」


身体が元に戻ってないことで黒匣の気配に中てられやすくなっているミクニの疲れを知り、エルシフルが肩を抱く

その言葉にミクニは抵抗を示すわけもなく、エルシフルの肩に頭を預けた


(…私、何が出来るんだろう…)

(…どうするべきなんだろう…)


自分が精霊達にしてあげれることはもちろん、黒匣が溢れたこの世界をどうするべきなのかを意識が落ちるまで考えようとする

人にはない力を持つも、人々に意見を言えない精霊の代弁者をやってきた自分

半分は始祖の隷長であるが、“人”であろうとする自分は人間側の気持ちも汲み取り、理解しあえるように努力をしてきた

でも、この現状をどうにか出来る上手い方法は見つからない

その上、今の自分には、あの時のように“人”と“精霊”を繋ぐ役割も力も失っている

ならば優先すべきは世界の存続だと、始祖の隷長の意志は言う

それを理解しているし、断界殻を存続させるのが個人的にも最善の道だと思う

エレンピオスの景色とあの黒匣の施設を見たら、尚更断界殻の必要性を感じた


(…みんな…)


だが、抱く“理想”は断界殻を存続させるという方法だけでは叶わず、ゆっくりと思考がまどろみの中に溶けていく中、ミクニは“理想”を追うように“仲間”に問おうとした



波乱に満ちる世界に光は現れるか


―――***

バランも登場し、精霊の化石についても触れれたし、とりあえずはいいかな
精霊の化石は、本来は消えませんよ。捏造です
エレンピオスの現状に肉体的にも精神的にもダメージを受けている夢主は、都市であるトリグラムで仲間に対する想いとかで自問自答出来たらいいな

(H24.3.8)


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