星屑が散りばめられたような暗闇の空間

人間界に比べると不安定なその空間を通り抜けていくと、光が差し込む

瞳を開けると、水辺のような地面の上にミクニとエルシフルは降り立っていた

先程とはまた違った不可思議な景色は物静かであり、誰もいないように感じる

けれど、それは一瞬であり、周囲の空気が突如震えた


「この震え…」

「…向こうのようだね」


エルシフルが示した方角から伝わる震えと、何らかの力

この向こうで何かが起っているのだと悟り、ミクニの脳裏には彼が過ぎた

それにより、少しばかり抵抗が生まれてしまうも、ミクニはこの震えの原因を確かめるために歩を進め出す

硝子で出来たような透明な大地の上を足音を鳴らして、同じような景色が繰り返される空間を歩む


「―――私には断界殻を守る使命が大事…大事、大事なの!」


誰かの声が聞こえ出し、ミクニの足が一度止まった


「今のは…ミュゼの声…」


その声の主として思い当たった名を隣でエルシフルが口にした

彼女の名を聞くと、ミクニは止めていた足を再び動かし、地を蹴り、走り出す


「放せっ、これは命令だ!」

「あなたは全て……遅すぎる!」


同じような景色に今までになかった影が見えだした

そして、憎みを込めた声――ミュゼの声が響き渡ったと同時にミクニの視界が捉えたのは、巨大な黒い塊だった

その物体が何かを察するのに時間は掛るはずもなく、その名を教えるようにそれはミクニの前で稼働する


「クルスニクの、槍…っ」


あの時と同様に筒を開き、その力を発揮し出す兵器の名は、間違いなく“クルスニクの槍”だった


「うごおおぉぉぁぁぁあ!」


何故、槍が此処にあるのか理解できず、茫然と立ち尽くすミクニの耳に悲鳴が届く

それにより意識が戻され、ミクニは空中に浮かぶ槍へと近づいていき、その声の発生源を確かめた


「…っ、マクス…ウェル…?」


槍に縛り付けるための術を仰ぎ、その中心にいる人物にミクニは血の気が引いた

術に束縛され、その身体からマナが流れている存在は、紛れもなく“マクスウェル”

元素の大精霊の名を紡いだミクニの擦れたような声に複数の視線が集まる

それに気づき、ミクニは恐る恐る視点を変えた

まず捉えたのは、ジュードとミラ達であり、次に見たのは


「…これは、どういうこと?ガイアス…」


彼女達に対峙するように佇むガイアスの姿だった


「やはり来たか…ミクニ」

「答えて、ガイアス。何で、マクスウェルが槍に捉えられているの…?」

「マクスウェルは、リーゼ・マクシアを見捨てようとしたのよ」


ミクニの問いに答えたのは、空から滑るように降りてきたミュゼあり、彼女は主であるはずのマクスウェルではなく、ガイアスの隣に降り立つ


「…見捨てる?」

「そうよ。そこにいるミラ達の“断界殻を解く”望みを聞いたの!私にとって、断界殻は大事なのにっ…!!」


断界殻を解くと言う事柄が許せないようにミュゼは苦々しく言う

その目には狂気が滲んでおり、彼女が示したミラ達を横目で一度捉えた


「だから、もうマクスウェルなんて必要ないのよ!それに、今はガイアスがいるんですもの」


けれど、その狂気はガイアスの名を紡ぐことで一瞬にして微笑みへと移り変わり、彼女は軽く浮遊するとガイアスの肩へと手を置き、寄り添う

契約を交わした主と、その主を慕う従者

多くの者がそのような関係に捉えるだろうに、ミクニはそう捉える事が出来ず、胸が痛むのを感じる

そして、ガイアスに触れるミュゼと視線が重なると、彼女はまるでミクニが傷ついていることを楽しんでいるように密かに微笑んだ


(…私を敵視してる…?)


気のせいかもしれないが、そう捉えてしまったミクニは僅かに眉の神経を動かしてしまう


「なるほどな。マクスウェルを捨て、ガイアスに縋ったのか。ミュゼ」

「…エルシフル…」


周囲の人間は気づかない、その一寸の出来事によりミュゼとミクニの間の空気が僅かに変わろうとした時、それを防ぐようにエルシフルが声を発した

そうすれば、ガイアスから離れたミュゼの視線は隣のエルシフルへと注がれる

それはミクニに向けていた視線とはもちろん違い、何処か特別な感情が宿っているような瞳であったが、それを受けるエルシフルはその瞳に宿るものに何かを答えてあげることはなかった


「それでガイアス。大精霊を従え、マクスウェルを捉えることが出来て満足か?」


棘を含んだエルシフルの口調

それはガイアスのことでミクニが心を痛めているのを知っているためだろう

そして、どのようなことであれ、“マクスウェル”もエルシフルにとっては同胞であるためだろう


「俺は道を見失ったミュゼに手を差し出したにすぎん。断界殻を消させないためにはマクスウェルのことは仕方がないこと。断界殻の重要性は、エルシフル…それにミクニ。お前たちならわかるはずだ!」


いつもとは違う、その咎めるようなエルシフルの視線を受けるガイアスだったが、彼は怯まずにそう言う

もう、この事態の理由も、ガイアスが何を言いたいのかも、ミクニは理解した


「そうだね。断界殻を解けば、リーゼ・マクシアは黒匣による危険に晒される。リーゼ・マクシア人のためにも、精霊のためにも、断界殻を解くべきではない…」

「ミクニ!」

「ガイアスに手を貸すと言うのか…!」


断界殻を解くことを望むジュード達から驚きの声が上がり、断界殻を解くことを望まないミクニの言葉にガイアスは自身と同じ道を歩んでくれると思うが、次のミクニの言葉で瞳を細めた


「でもね、ガイアス。マクスウェルをこんな目に合わせる事は納得できない」

「ミクニ…」

「何を言っているの?断界殻を解こうとしたのよ!こうなって当然なことじゃない!」


槍に縛り付けられたマクスウェルの姿を見上げ、ミクニの表情は辛そうな色を宿す

断界殻を継続させるべきだと言いつつ、断界殻を解こうとしたマクスウェルを庇護するようなミクニをミュゼは睨みつける

けれどミクニは、ミュゼの睨みに動じる事もなく、ただ悲しげな瞳を向けていた


「どんなことであれ…マクスウェルは、私にとって大事な存在だから…」


“……ミクニ…”


ミクニの言葉に刺激されたように、心の声がようやく届く

その時、少しだけ彼の疲れ果てた心も見えるが、今はそれに深くは触れず、ただ彼――マクスウェルが自分を覚えていてくれたことで瞳を和らげた


「何よ…それっ……エルシフル!貴方ならわかるでしょ?だって貴方は私と同じ大精霊なんですもの」

「生憎だが、私はミクニと同意見だよ。小童がどのようなことをしてきたのであれ、あれでも私の同胞なのだからね」


同じ大精霊でありながら、自分ではなくミクニ側につくことが許せないのか、ミュゼは一層悔し気になる

それでもエルシフルの意見が変わるはずもなく、彼はミクニと共にガイアスを瞳に捉えた


「精霊を大事にするお前の事。マクスウェルが断界殻を解こうとしようと、お前はやはり、このやり方を受け入れぬか」

「ガイアスお願い!マクスウェルを解放して」

「それは出来ん」

「ならせめて、マクスウェルに話を…」

「何を話す気だ?エレンピオスへ行く方法でも聞くつもりか?」


確かにエレンピオスに向かうための方法を手に入れるのも一つの目的ではある

けれど何故、それを聞くのだろうか?


「…やはりそうか…」

「ガイアス…」

「ミクニ…俺はお前を、エレンピオスに向かわすわけにはいかぬ!」


答えないことが肯定であるとわかり、ガイアスは顔を顰める


「ガイアス…それがお前が出した、ミクニの守り方か…」


ガイアスの言葉の意味を理解しているのか、エルシフルが隣でそう言った


(私を…守る?)


ガイアスがエレンピオスにミクニを行かしたくないのは、ミクニを守りたいから

そう聞こえたミクニは、ガイアスに問うように視線を投げかけるが、彼はミクニの視線にも、エルシフルの言葉にも応えずにミュゼに向き合う


「ミュゼ、よいな?」

「あなた様の御心のままに」


ガイアスの言葉を待っていたようにミュゼは微笑みを見せると、両腕を広げる

すると、その胸元に力の渦が生まれ、歪みのような現象が起った


「やめ……ろ……解放する……気か……」


その歪みから感じる力を掴むようにガイアスが腕を伸ばすと、彼は長刀らしきものを引き抜く

それに気付いたマクスウェルは、縛られているのも構わずに必死に止めようとしていた


「あれは…」

「何…あの刃…」


普通の刃ではない、力を秘めた群青の刃にミクニとエルシフルはそれぞれ怪しむ

精霊の力を宿したような長刀を手にしたガイアスは、その切っ先をミクニ達へと向ける


「これこそ、ミュゼの持つ力、時空を斬り裂く剣だ」

「時空を…斬り裂く剣…!?」

「二度と会う事はないでしょう。さようなら、ミラ」

「ミュゼ、お前!」

「どうして僕達が!ガイアス!」

「俺は死んでいった者のためにもエレンピオスへ行く!」


ガイアスが刃を持ったことで危機を感じたミラ達が一斉に身構える

その一方でミクニは、信じられないものを見るように瞳を見開いていた


(そんな力をミュゼが持ってる?)

(マクスウェルが、それ程の力がある精霊を創った?)


時空を斬り裂くこと自体よりも、ミクニはそれをミュゼが持つことに訝しむ

少なくとも、ミクニが知る限りでは、マクスウェル自身にそのような力はないはず

なのにそのような力を持つ存在を創れるはずがないとミクニは思っていた


「ミクニ、そしてジュード。お前たちはリーゼ・マクシアで大人しくしていろっ!」


力が溢れているように光を湛える長刀を構え、ガイアスは力を込めて衝撃波を放つ

鋭きそれは、ジュード達の上空へと向かうと、文字通り空間を斬り裂いた


「空間を斬りやがった!」

「あ……あ……、だ、だめ……引っ張られる……」


異空間に繋がった穴は、吸い込むように力を働かせる

それにより、突風が起り、異空間の近くにいるジュード達は引き込まれそうになっていた


「くっ…このままじゃ…」

“…ミクニ……オリジン様…”

「…マクスウェル…」


穴に引きこまれないように自身を守るエルシフルに掴まり、この事態の打開策を見出そうとしていると、マクスウェルが声を届けてくる


“明星を…”

「明星…?」

「…やはり、そういうことか…ミクニ、明星を」


マクスウェル、そしてエルシフルの“明星”という言葉にミクニは考えたくなるが、すぐに飾りから明星を具現化させる


(…これは…明星が反応をしてる…?)


美しき明星の刃が何かと共鳴しているように淡き光を放ち、僅かに音を響かせていた

その反応を見て、ミクニはまさかと思い、ガイアスが持つあの刃を見る


「ミクニ、念じるんだ。エレンピオスへの道を…そうすればきっと、明星が応えてくれるはず」


自身が持つミュゼの刃の異変に気付き、ガイアスも明星を取りだしたミクニの方を見る

その視線と合う中、エルシフルの言葉を聞くことで、ミクニは理解した


(そう…なら、あの時のも…)


長い付き合いである明星を見下ろし、心を落ち着かせるように一つ息を吐くと、ミクニは柄を力強く握る


(明星、お願い…私をエレンピオスへ―――)


明星に意識を注ぎ、語りかけるように強く念じると、輝きを強めた刃をミクニは振るった


「こっちにもかよ!」

「ミクニが斬り開いた道へ行け!この者にマクスウェルの名を与えてはならん!」

「っ、どういうことだ!」


ミクニが放った青き衝撃によって生まれたもう一つの歪み

そちらの引力が強いのか、ガイアスも含めた皆がそちらへと引きずり込まれだす


「ジュード、皆!」


マクスウェルの言葉を聞きとり、ミラがジュード達に合図を送ると、彼女は突き立てていた剣を抜き、その引力に身を任せ出す

ジュード達もまた、ミラの後を追うように武器を地面から離すと、異空間の穴へと身を投じた


「ミクニ!!」


ミクニが開いた穴の向こうがエレンピオスだと感づいたのだろう

ガイアスは、ミクニをその先に行かせないように名を叫ぶ

その呼び声にミクニはガイアスに顔を向ける

けれど、言葉は何も出ず、紅の瞳に込められた想いを読み解くように見つめるしかなかった

だが、それだけでもミクニの胸は切ない想いで滲んでしまう


“……エルシフル…”


それにより、自分の行動が妨げられるのに気付き、ミクニはその刹那の時間を終わらす

そして、ガイアスの道と逸れる事を覚悟するように、ミクニはエルシフルと共に空間の波の向こうへと消えていった



の交わりだけが、二人を繋ぐもの


―――***

次はようやくエレンピオスに行けます
明星の力は、お察しの通りですよ
でも、夢主もエルシフルも今まで知らなかったというか、詳しい事は後日にでも


(H24.3.7)




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