上半身を起こしているも、ベッドに身を置いているミクニは、エルシフルとセルシウスと共に話を交えていた

もう一つの世界――エレンピオスのこと

マクスウェルの代りに創られたミラのこと

断界殻を知った者を殺すことを使命とするミュゼのこと

そして、全ての中心となる人物――マクスウェルのこと


(…マクスウェル)


決して好ましい事態とは言えない事柄に対して、虚しさが胸に迫った

記憶を整理しているように掌を見つめていたミクニは、少し間を置いた後、セルシウスに尋ねる


「セルシウス…黒匣と魔導器の関係を聞いてもいい?」

「…ミクニが思っている通りだ。多少差異はあるが、黒匣は魔導器」


黒匣は魔導器という答えに面を上げ、セルシウスに視線を向ける

その答えにエルシフルもミクニと同様にセルシウスに顔を向けていた


「だが、魔導器の技術は失われ、ザウデ不落宮、並びにタルカロンを含めた古代技術の産物は私達が封印を施しているはずだが」


星喰みが滅びた後、帝国、ギルド、そして仲間と共に世界中の魔導器を放棄し、古代技術は封印された

古代の時と同様に、人々の記憶から忘れ去られ、再び同じ過ちが繰り返されるのを避けるために、人間が立ち入れないようにした

その封印を解ける“カギ”にも安易に近づけないはず


「何処かに魔導器の技術を記した類が残っていたのかもしれないね。魔導器を放棄したことで納得しない人達もいたのだから…」

「原因ははっきりとわからないが、何らかの方法で魔導器の技術を手に入れたのは確かだ。現に、私が知る限りではオリジン様が施された封印は解かれていなかった」

「どちらにせよ、皮肉なものだ」

「…そうだね。どっちにしろ、今ある事実は変わらないのだから」


エルシフルの言う通りだった

どのような経緯で魔導器の技術が知れ渡ったにせよ、同じ過ちが繰り返されている事実は変わってくれない

そう口にするミクニの声は憂いており、エルシフルはもちろん、セルシウスも胸を痛めたような目をする


「だからせめて…今の現状を少しでも変えるためにも、マクスウェルの元に行かないといけないのに…」


鱗が蔓延った肌を握り、揺れ動く尾を見て、自嘲的に小さな笑みを浮かべる


「ごめんね、セルシウス…この間にも、エレンピオスでは皆が…他の精霊達が苦しんでるのに、私は…」

「ミクニ」


セルシウスの声に彼女を仰ぐと彼女はゆっくりと首を横に振った


「ミクニが無茶をすることを同胞達は望んでいない。望むのは、ミクニが無事であるという事だ」

「セルシウス…」

「それに、ミクニはどんなに人間であることを望んでも、私達精霊のことを考えてくれている。それだけで私達は十分だ。だから、今は自分の身だけを考えればいい」


マナが落ち着きを取り戻せていないことで火照った肌にセルシウスが触れてくる

ひんやりとした彼女の温もりが伝わり、ミクニを癒していった


「それに、オリジン様程までとは言えないが、私の持てる力でミクニに協力するつもりだ」

「ありがとう、セルシウス」


そのセルシウスの優しさを受けて、ミクニは表情を和らげる


“必要な時は、いつでも私を呼んでくれ”

“うん”


そしてセルシウスもまた、その表情を捉えて微かに笑んだ後、具現化をやめて溶けるようにミクニの身体へと消えていった

すると、それを見計らっていたように扉をノックする音が響いてくる


「起きていたか、ミクニ」

「もう、昼だよ。ガイアス」


部屋への訪問の合図に少し身構えるミクニだったが、訪問者であるガイアスの姿に警戒を解く

誰も従えずに訪れたガイアスは、ミクニに付きそうエルシフルを一度見た後、ミクニの傍へと寄った


「身体は辛くはないか?」

「大丈夫」


心配して見に来たのだと知り、ミクニはいつもと変わらないように言う

けれど、その返答を受けたガイアスは、少しの間ミクニの瞳と視線を交じり合わせた後、エルシフルへと視線を滑らした


「本当か?」

「私の言葉は信じられないの?」

「お前が無茶をせず、俺を頼ってくれていたならば、エルシフルに聞きはせん」

「うっ…」


(それを言われるとなぁ…)


痛い所をつかれたことでミクニは苦笑いを浮かべ、頬を掻く


「それで、どうなのだ?ミクニの状態は」

「今は明星により抑制されているため、無茶をしなければ問題はない」

「そうか…」


エルシフルの口からミクニの身体に不安すべきことはないと聞かされ、ガイアスの表情が少しばかり和らぐ

けれど、ミクニの状態を見ると、その顔はすぐに険しい色を見せた


「…時間が経てば、身体は元のように戻るのか?」

「時間は掛るだろうけど、エルシフルがいてくれるから、少しずつ落ち着いていってくれるはず」


エルシフルがいることで元通りになるという意味がわからず、ガイアスは眉を寄せる

明星のことを話したが、自分のことを知らせていないことを思い出し、エルシフルがその理由を話しだした


「ミクニの力が不安定なのは、その身に宿すマナが乱れているためだ。私はミクニと契約することでミクニ自身のマナを自分へと循環させ、マナの流れを安定させている。明星の役割は、それを更に安定させるための楔と言うところだ」


契約という結びつきにより、二人のマナは共有され、循環されていた

それはエルシフルがマナを司る大精霊だからこそ出来る事であり、マナに干渉をすることが出来る明星を合わせることでミクニの膨大なマナは安定に保たれ、力は抑制されていた


「だが、私が出来ることにも限度があるからな。その上、此処が元の世界とわかったならば、本来は“あの場所”へと行ければ問題などないのだけどね」

「“あの場所”?」


エルシフルにより乱れは抑え込むことは出来るが、根本的な解決は出来ない

それを解決できなければ、再び不安定に陥る危険性はなくならなかった


「私達が“源泉”と呼ぶ場所。マナの泉だよ」

「マナの泉だと?そのような場所があるというのか?」

「ガイアス達にとって、マナは人間の霊力野から生み出されるものだから不思議だろうね。星の霊力野のようなもので、マナが溢れてる場所なんだ」

「ミクニの身体を癒すには源泉のような膨大なマナが必要だ」

「源泉…そこに行けば、ミクニは治るのか?」

「うん。だから、本当はすぐにでも源泉へと向かいたいんだけどね」


二つに分け隔てられていようと、此処がリーゼ・マクシアだとわかった時、すぐにでも源泉へと向かい、マナの泉にてこの身を癒す必要があった

けど、それが不可能であるために此処に留まり、エルシフルの力によって少しでもマナの流れを戻そうとミクニはしていた


「源泉があるならば、私は源泉の居場所を把握出来る。けれど、源泉によるマナの流れは見当たらない」


この世界――時代に落ちた時から、エルシフルは瘴気に侵されたミクニを癒すべく源泉を求めていた

エルシフルの力ならば、マナの流れを感じ取り、近くに点在する源泉の居場所を捉えることなど容易い事

けれど、異世界でもなく、同じ世界なのに源泉の気配を感じ取れない

その原因を浮かべて、エルシフルは口にする


「恐らく、マクスウェルの小童は断界殻の維持に源泉のマナを用いているのだろう」

「…本物のマクスウェルがか。だが、神に等しいマクスウェルを小童とはな」


リーゼ・マクシアの人々に神のような存在とされているマクスウェルのことを小童だと称するエルシフルの言葉にガイアスは驚きを見せることはなかったが、エルシフルの立ち位置を探るように言う

それに対してエルシフルは、鼻で笑うとガイアスに向けて言った


「マクスウェルが神?あのような力だけが一人前の若輩者など小童で十分だよ」

「エルシフル。あれから少なくとも2000年以上経ってるんだよ。マクスウェル、むしろ年上だよ?」

「確かに私よりも長い年月を生きたかもしれない。けれど、小僧は小僧であり、私の下僕という事実は変わらないよ

「…マクスウェルがエルシフルを覚えていなくても関係なさそうだね」

「当然だよ。むしろ、小僧の癖に私を忘れているなど生意気だからね。それにそれを抜きにしても…」


マクスウェル対しては容赦のない言葉を連ねるエルシフルだったが、一度言葉を区切るとベッドの脇へと腰掛けてくる


「間接的にも私の大事なミクニをこの現状に招いた元凶なのだから、一度、躾ける必要があるだろ


ミクニの肩に流れる髪を手に取り、愛おしい者を見るようにミクニに微笑む

慣れているとは言え、間近で行われるその行為に多少ミクニは困り気になる


(はぁ…全く、エルは…)


だが、主たる原因はその行動と言うよりも、くすり、と意地悪な笑みを浮かべて横目でガイアスを見ているためだった

明らかな挑発的な視線にガイアスは無言の圧力と共に、痛い程の視線を向けている


(ガイアスまで…)


火花が見えてきそうな目の前の様子にミクニは呆れた心情となった後、両手を動かし


パァァアアンッ


空気を破裂させたような音を響かせた

突然の音に二人はお互いから視線を外すと、まったく同時に両手を打ち合わせたミクニの方を見る


「睨み合いをやめないと、今すぐに1人でマクスウェルを捜しに行くからね」

「「……」」


睨み合いをやめて、こちらを向いた二人にミクニが極上スマイルを見せる

その笑顔と二人にとっては脅しともいえる言葉により、エルシフルとガイアスは押し黙るしかなかった



二つの華さえ敵わぬ、その存在


―――***

翠華は天帝の旗っていう意味
人間の王と精霊の王である二人を指してる感じです

(H24.3.6)



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