急いだ様子で部屋に飛び込んできたアグリア

彼女が部屋へと来たのは、“任務”のためだった

それにより、プレザはアグリアと共に部屋から消え、ただ一人で残されたミクニは掛けてあったローブを手に取る


(ごめん、プレザ)


此処に居てほしいと言ったプレザの言葉に対して謝る

けれど、プレザにも言ったようにミクニはマクスウェルに会うために急がなければならない

それはミュゼのこともあったが、ガイアスのラ・シュガルでの動きを聞いていたためだった

詳しい事は知らないが大よその見当がついている

それはミクニが望まないものだった

だが、何よりもそれを望まないのは、それを実行することになる本人――ガイアスだろう


(ガイアス…君は、自分1人で責を背負うつもりなの…?)

(そんなの、駄目だよ…)


彼のその決断は苦渋の末のものであり、王である彼は、独りで全てを抱え込もうとしているのだと察していた


そう、ガイアスが今まで貫いてきた信念を曲げてでもやろうとしていることを―――


それ程の状況だとしても、ミクニはその行動を阻止しなければならない

いや、阻止したい

もちろん、精霊のためもある

けれど、それ以上にガイアスにそのような事をさせたくなかった

彼が守ってきた民を、彼の手で苦しめさせることなどさせたくなかった

だからミクニは、ガイアスがあの槍を――民と精霊を犠牲にする槍を使う前に、マクスウェルの元へと行き、エレンピオスに向かう方法を見出さなければならない


「エルシフル、マクスウェルの元へ向かうよ」

「ああ。小童の面でも拝みに行こうか」


信じようと決めた人のために

この荒んだ心に温かさをくれる人のために


未だに痕の残った身体をローブで隠し、ミクニは精霊界への道へと向かうために部屋を後にした


「だが、ミクニ。どうやって行くんだい?」

「ワイバーンに乗せてもらうよ。歩くには遠すぎるし」

「この城のワイバーンをかい?だが、容易に貸してもらえるとは思えないよ」


ガイアスに保護をされているとは言え、元々ミクニのことを知る者など極一部

今回の事でガイアスと四象刃と関係があるという認識は城に仕える者に広まっているだろうが、その程度だ

その上、もしかすればガイアスは、ミクニにワイバーンを使用させないようにしているかもしれないだろう


「そうなんだけど…少し、ワイバーンに聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「さっきプレザ達が任務に向かった…もしかしたら、槍を回収したのかもしれない」

「…プレザ達が招集されたとしたなら、エレンピオスへと向かう可能性があるということか」


もしそうなのだとすれば、マクスウェルの所に辿り着く前にガイアスが事を起こすかもしれなかった

だが、それを抜きにしてもプレザの様子を思うと、ミクニは胸騒ぎを覚えていた


(…気のせいならいいけど…)


足元を不安定にさせるような嫌な感覚が今でも消えずにあり、部屋を立ち去るプレザの背中が浮かぶ

それに対して悪い予感が過ぎようとした時、ワイバーンの元へと辿りついた


「貴方は…ミクニさん?」

「久しぶりだね」

「え、ええ…今日は、どうしたんですか?」


ワイバーンを管理する1人の兵士が気づく

名を呼ばれたように、彼とは面識が少しばかりあり、彼がいてくれたことに運が良かったと思う


「実は、ワイバーンを貸してほしいんだ」

「え!?ですが、いくらミクニさんでも陛下か四象刃の方がいないのでは…」


不審者がられることはなかったが、やはりガイアスかウィンガル達の誰かが一緒にいないのでは無理のようだった

ガイアスがいないのでは、許可もないとわかっているのだろう


(やっぱ、駄目か…)


相手もこれが仕事であり、幾ら話しても無理だろう

その上、今は時間がおしいミクニは、横に立っているエルシフルへ目配せする


「何をしておるんじゃ?」


ミクニの意志を汲み取ったエルシフルが術を発動しようとした瞬間に背後から聞き覚えがある声がかかった


「ジャオ!どうして、此処に…?」

「プレザとアグリアが任務に向かったと聞いての。それでお前さんが気になったんじゃ」


背後にいたのは、まだ身体の傷が完治していないジャオであり、四象刃の1人である彼の登場にワイバーンを管理する兵士は敬礼をする


「…マクスウェルの元に行くつもりか?」

「ジャオもミュゼが襲ってきたのは覚えているでしょ?ミュゼを止めさせるためにもマクスウェルの元に急がないといけない」

「陛下を待つつもりはないんじゃな?」

「もう…時間がないんだ」


決して譲る事のない意志を込めた瞳でジャオを仰ぐ

その視線を受けてジャオは何かを考えているのか黙っていた

もしかしたら対峙することになるかもしれない

それに対して覚悟をするミクニだったが、そこにジャオの言葉が降る


「…今のわしに与えられとる任務は万が一の場合の城の警備じゃ。お前さんのことは何も言われとらん」

「それって…」

「ワイバーンを用意してやれ」

「ですが…」

「わしが許可をする」


ジャオはワイバーンを管理する兵士にそう言った

それがミクニに対するジャオの答えだということは容易にわかった


「ありがとう、ジャオ」

「じゃが、一つだけ約束をしてくれんか?」

「何?」

「何があろうと必ず…陛下の元に戻ってきてくれ」


その約束にミクニは瞳を丸くする

けれどすぐに、その口元には笑みが刻まれ、ミクニは答えた


「ガイアスの行動を傍で見定めないといけないからね」


明確な答えではないが、それが肯定を示していることはジャオに伝わる

それが伝わったのを確認するとミクニはエルシフルと共にワイバーンの元へと向かった


「旅立つ前に聞きたいことがあるの。四象刃のプレザとアグリアが何処に向かったか知ってる?」


連れ出されたワイバーン、そして檻の中で大人しくするワイバーン達にプレザ達が向かった先を尋ねると、すぐに返答は返って来た


「…霊山…?」

「槍、とは違うようだが…何やらありそうだね」

「…とりあえず、私達もニ・アケリアの霊山へ向かおう」

「ああ」


ワイバーン達から教えられた場所は霊山――ミクニとエルシフルが向かおうとする場所だった

何故、そこへ向かったのかはわからない

けれど、単なる偶然にしても、何かが絡んでいるように感じた


(…プレザ…)


ドクリと胸が強く鼓動し、嫌な予感が強まると、ミクニは顔を顰める

だが今は急ぐべきであり、ミクニはエルシフルと共にワイバーンに跨ると、ジャオにカン・バルクのことを託して、空へと飛翔した





空気が次第に変わりだし、遠くに聳え立つ霊山の姿が見えてこようとする中、エルシフルはミクニへと意識を向ける

カン・バルクから旅立つ時から彼女の纏う空気が張り詰めているように感じていた


(…ガイアスのことを考えているのか?)


原因としてミクニの心に影響を与える人物であるガイアスが浮かぶ

人間の――リーゼ・マクシアの王であるガイアスがラ・シュガルの地で大きな動きをしているのをエルシフルは耳にした

それがエレンピオスに関連しており、槍という可能性があることをエルシフルも察せれた

それによりミクニの空気が少し違うと思うが、それとは別のようにも思える


「ミクニ、どうかしたのか?」

「……少し、胸騒ぎがするの」

「胸騒ぎ…?」

「ガイアスが槍を使うかもしれないから焦っているのかもしれないけど……プレザとアグリアが霊山に向かったのを聞いてから…嫌な予感がしてて…」


前にいるミクニの表情は見えないが、その予感に脅えているのが伝わってくる

単なる予感かもしれないが、エルシフルはミクニの言葉に瞳を細めた

始祖の隷長は常人より感覚が鋭い

特にミクニは、マナの流れや精霊の気配に敏感であった

そのせいか、彼女が抱く予感はよく当たっているのをエルシフルは知っている

それはミクニ本人もわかっているために気になっているのだろう


「ならば、偵察も兼ねて、少し私が先に見てこよう」

「エルシフル…」


己の翼を広げ、白い羽を舞わしてワイバーンから離れると、不安の色を秘めたミクニが見上げてきた


「大丈夫だ、ミクニ。何も起りはしないよ」


その色を失くすために微笑みを向けると、軽やかながらもワイバーンよりも遥かに速く、エルシフルは風を切って霊山を目指す

霊山の地帯に入ると小雨が降り出しており、空はどんよりとした雲に覆われていた


(…これだけ広いと、闇雲に捜しても意味がないが…)

(霊山へ来たならば、精霊界の道が目的の可能性が高いな…)


この霊山から此処に来ているはずの二人を捜すにも人の気配を感じられない

けれど、彼女達の目的の可能性として一つだけ思い当たり、エルシフルはあの場所へと向かおうとする

周囲に意識を巡らし、山肌を伝うように飛ぶ

けれども、山道には人らしき影は見当たらず、精霊界の道があるはずの頂上から程遠くない所までエルシフルは来ていた


「…空気が震えて……っ」


このままその場所へと飛ぼうとした時、空気が振動を伝え、微精霊達の声が届いた

それにより上空を仰いだ時、エルシフルを襲う様に黒い塊が落ちてくる


(落石か…)


瞬時にその場所から立ち退き、崩れてきた岩と瓦礫の群れを避けた

だが、目前で地上へ向けて落下していく岩に混じってある色を捉えてしまう


「っ――――!」


何かを思うよりも早く、神経が反応し、エルシフルは急降下していくソレを追いだす


(やはり、プレザか!)


捉えた色は人であり、エルシフルが捜しているプレザだった

エルシフルはすぐさま彼女の落下速度を緩めるために風の術を発動させ、腕を伸ばす


「プレザ…!」


魔方陣から昇った突風が彼女の肢体を包み、速度を削るのを見計らい、エルシフルの手が彼女の腕を掴んだ


「…一体、何が…」


そのままプレザの身体を抱きとめるも、気を失った彼女に何が起ったのかはわからない

至る所に怪我をした彼女の姿に顔を顰めたエルシフルだったが、鳴り止んだはずの風を切る音が今一度聞こえたことで、霧で霞んだ上空を彼は見上げることとなった


「…私は受け止めるために来たわけではないのだけどね」

「っ!…テメェ…なんで」


瓦礫の雨が止んでいった霧の先に赤い色が見えた瞬間、エルシフルの術が広がる

自分の速度が緩み、息がしやすくなったことで紅い影の瞳がエルシフルを捉えた

エルシフルは意識をなくしたプレザの腕を自分の首へと廻し、何とか片腕で落とさないように抱えると、その紅い影を脇へと抱える


「っ!?何してんだ!」

「暴れるな。ただでさえ、二人も抱えて大変だというのに…」

「離せ!あたしは…」


上空だというのに恐れることなく抵抗をしてくる少女――アグリアに対して呆れた様に言うと、エルシフルは彼女の言葉を無視して近くの山道へと降り立つ


「羽根!なんで助けやがった!?あたしはな…あそこで…っ、ババ…ア……おい、ババア何で目を…」


暴れるアグリアを一先ず離せば、案の定、彼女は突っ掛かってこようとする

けれど、それを相手にしないままエルシフルがプレザを横にさせていると、プレザの様子に気づいたアグリアの声が次第に弱くなった


「…一足遅くてな」

「っ…うそ…だろ…?…ババア、死んだのか…?」


エルシフルの言葉に声に震えが混じるアグリア

それに気づき、エルシフルは後ろで佇んでいるアグリアに視線を向ける


「勝手に殺すとは失礼なものだな、アグリア」

「なっ!?だって、テメェ今…」

「誰も死んだと言っていないはずだよ。私は、一足間に合わなくて意識が落ちてしまったと、」

「笑えねぇんだよ!!羽根野郎っ!!」


にこやかな表情のエルシフルだったが、それを崩すようにアグリアから怒鳴り声を浴びせられる

予想以上の声でか、エルシフルは表情を消すが、すぐに口元に笑みを刻んでいた


「ふっ…プレザが生きていて、嬉し泣きか」

「っ!誰が泣いてるか!テメェの気のせいだ…!」


エルシフルに表情を見せないように背中を向けたアグリア


(素直ではないな)


その素振りにくすり、と笑い、エルシフルはプレザの傷を癒した後、背を向けたままのアグリアに向かって黙って治癒を施した


「勝手に、治してんじゃねぇ!」

「不満ならば面と向かって言うのだな。それで、お前たちは此処で何をしている?」

「…羽根には関係ねぇよ」

「答えないなら別に構わないが、大方精霊界が目的だろう」

「っ…まさか、テメェが来てんのは…!」


今まで背を向けたままのアグリアが精霊界という言葉に反応を示して振り返る

少しだけ赤らんだ瞳を見開いて、エルシフルを映すその反応は、肯定を示していた


「なるほどな。ということは、あの男は精霊界に行くつもりか」



ガイアスには精霊界にマクスウェルがおり、その道が何処かに存在してあることは話していたため、精霊界に行くならばマクスウェルが目的だろう

断界殻を施したマクスウェルにエレンピオスに行く方法でも聞くつもりだろうか?

それならばいいが、今のマクスウェルがどのようになっているのかがわからないならば、穏やかに解決しないかもしれない

ただ一つ言えることは、最善の方法がエルシフルとミクニがマクスウェルの元へ先に辿り着くことだった


「おい!待て!」

「悪いが、私とミクニは急いでいる。ガイアスがどのような意図で行こうとしているか知らないが、変な気でも起こされては敵わない」


一先ず、ガイアスがすぐにエレンピオスに攻め入るために槍を使用しないことがわかったエルシフルは、プレザとアグリアを置き、その場から飛び去ろうとする


「ああ…一つ言っておく」


だが、何かを思い出し、エルシフルは空中に留まったまま今一度アグリアに視線を向けた


「何があったかは知らないが、命を落とすようなことはやめてもらいたいものだ。お前達が死ねば、あの子が悲しんでしまうのだからな」

「っ………」

「それに、お前たちの死は、主君も望まないものだろう」

「…、…へいか…」


エルシフルの言葉にアグリアは瞳を揺るがし、押し黙ってしまう

その姿に向けてエルシフルが何かを言う事はなく、彼は頂上へと向かっているであろう自身の主の元へ行くためにその場から姿を消した






霊峰の頂上に降り立ったミクニは、この標高を飛んでくれたワイバーンを撫でて礼を述べると、彼を先にカン・バルクの地へと帰させる

小雨が降っているせいで少しばかり湿った大地を歩み、肌に伝わるマナの流れを辿って先へと向かった


「…この先か…」


精霊の力、そして濃密なマナの渦が出来ているような裂け目

その目前に立ち、同じ人間界でありながら他の地とは違うこの空間が、精霊界と人間界が重なり合う“狭間”を思わせる

この空気に少しばかり想いを馳せるように居たミクニだったが、自身の半身が静かに降り立ってきたことに気づき、彼に意識を向けた


「…プレザとアグリアは…?」

「ミクニが心配していることは起きていないよ」

「そっか」


自身の中で生まれていた不安を拭うために二人を捜しに向かってくれたエルシフル

彼の言葉により、杞憂に終わったと知れてミクニは一瞬表情を緩ませる


「…でも、それならガイアスは…」

「ああ。精霊界に行くつもりらしい」


ガイアスが精霊界へと向かう事に胸を撫で下ろしたくなる気持ちと、別の不安が浮かび上がり、ミクニはすぐに気を引き締め直した


「行こう、エル」


ミクニの意志に従うように群青の瞳の持ち主は頷く

それを確認すると、ミクニは裂け目へと視線を向け、その先にいるであろう、かつて共に世界を見守ってきた存在である1人を想う

そして、エルシフルと共にミクニは青く蠢く世界へと足を踏み入れた



遠な道のりの先、汝らを待ち受けるのは


―――***

(H24.3.6)



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