時
ミュゼの襲撃から数日経過した頃、エルシフルは雪空の天を見上げていた
その向こうには、もう一つの世界――エレンピオスが存在している
「…セルシウス」
「―――此処に」
その世界がどのような景色をしているのか知らないが、それをエルシフルなりに雪空に想像する
エルシフルの呼びかけにこの雪景色によく似合う彼女は、静かにエルシフルの傍に現れた
「お前が最後に記憶しているエレンピオスは、どんなものだ?」
「それは…」
「大方どのようなものかは予想は出来る。話したくなければ構わない。ただ、一度行く前に聞いておきたくてな…」
ミュゼが襲来した日、ミクニによって精霊界の道を捜すように命を与えられたエルシフル
そしてエルシフルは、マクスウェルの身代わりとして創られたミラが住んでいたというニ・アケリアの地でその道を見つけた
ミュゼの行動を止めるためにもマクスウェルの元へと行かなければいけない
そして、マクスウェルに会った後にミクニとエルシフルはエレンピオスへと行くつもりでいる
だからこそ、エルシフルは行く前に一度、その景色を知っている者から聞いておきたかった
聞いたところで無意味に等しいのはわかっている
どのようなものであろうと覚悟は出来ている
だが、ミクニの事を思うと、エルシフルは少しでも知っておきたかった
「私が…私の記憶にあるエレンピオスは…」
ゆっくりとセルシウスが重い口を開き、言葉を並べ出す
その言葉をエルシフルは黙って耳にしていく
「このリーゼ・マクシアと元は同じ世界とは思えない世界です。微精霊は黒匣の餌食となり、甦ろうにもそのマナさえ無く…大地から緑は失われ、もう…」
「…そうか」
常に弱気な一面など見せないセルシウスの声が微かに震えており、それ程に悲惨な世界なのだと物語っていた
「申し訳ございません、オリジン様…」
「何故、お前が謝る」
「私が…私が人間達を止められなかったばかりに…っ」
「自分を責めるな、セルシウス」
「ですが!リーゼ・マクシアがこうなっているのも元はと言えば、私が原因なのです!」
己に厳しいセルシウスの肩へと触れ、それ以上はやめるように言う
けれど、セルシウスは耐えきれないとばかりに叫んだ
この現状は自分のせいだと
悔しく辛そうに歯を噛みしめたセルシウスの言葉にエルシフルは一瞬理解できなかったが、その懺悔に潜んだ恐怖に気づく
「セルシウス…まさか、お前が死んだのは…」
「っ……」
エルシフルにその事実を気づかれることを恐れるようにセルシウスは視線を伏せる
20年前に此処へと来たアルクノア
その時断界殻を貫いたオリジナルのクルスニクの槍
それでエルシフルは悟った
大精霊である彼女が死んだのは、人間の故意により、その時の犠牲になったためだと―――
「…すまない、セルシウス」
「オリジン、様…」
彼女に降りかかったモノを知り、エルシフルは彼女に謝罪する
それを聞き、セルシウスが面を上げた
「私がいれば、どうにかなった問題ではないだろうが…お前たちを置き、消えた私を怨んでくれて構わない。許しもいらない…だが、ミクニは許してやってくれ」
どのような理由であれ、エルシフルはミクニを守るために同胞達を捨てたのだ
彼らがどのような目に遭ってきたのかも知らずにいたのだ
それにより怨まれても仕方ないだろう
だが、ミクニだけは怨まずにいてやってほしいと言えば、セルシウスは少し間を置いた後、可笑しそうに微笑む
「貴方は、やはりオリジン様だ…いつもあの子を…ミクニを優先なさる」
「…愚かと言いたいか?」
「いえ、そんなことはありません…」
愚かなのは百も承知だ
だが、これだけは譲れないものだった
それに対して責めたいのかと問えば、セルシウスは首を横に振り、否定した
「…けど…少しばかりミクニが…羨ましい…」
エルシフルに何よりも優先され、大事にされるミクニ
それが羨ましいと小さくセルシウスが零した
自分が死んだ時のことを思い出したことで少し弱っているにせよ、そのようなことを口にしたセルシウスに対して、その言葉を拾ったエルシフルは内心驚く
「何だ?セルシウス。私に気に掛けてほしいのか?」
「っ、い、今のは…変な意味ではなく、私は、オリジン様を尊敬しているからで、っ―――!!」
無意識に零した言葉が拾われたのを知り、セルシウスは動揺を示す
その様子にエルシフルはふっと笑みを見せた後、その身体を抱き寄せた
それにより、セルシウスの冷たい肌が僅かに熱くなったように感じる
「あ、あのっ…」
「確かに私はミクニを優先しているが、お前たちのことも想っているよ」
「…オリジン、さま…」
「だから、こんな私でいいのなら、お前の辛さを受け止めてあげるから…私の前では我慢をする必要などない」
エルシフルの腕に包まれ、穏やかで優しい声を聞かされるセルシウスの心が震え、彼女は必死に耐えようと手に力を入れていた
「お前はよく耐えた。だから、今だけは泣いてもいいのだよ」
「っ…私は、泣くわけにはいきません…!辛いのは私だけではないのです!」
「セルシウス…」
自分がいなくなった年月の間に果てしない辛さを味わい、最後には人間の手によって殺された彼女の痛みは計り知れない
それでも大精霊として模範とあろうとし、己に対して厳しい彼女は弱い面など誰にも見せなかっただろう
だからせめて、同じ大精霊である自分の前だけでは弱くあっても構わないとエルシフルは言ったが、セルシウスは素直に甘えることを許さなかった
「この間にもエレンピオスでは、精霊達が犠牲になっているのですから…」
セルシウスはエルシフルの胸から離れると、記憶の中のエレンピオスに想いを馳せているようにそう言う
「そうだな。お前の言う通りだ…」
セルシウスの言葉にエルシフルは同意をすると、背中を向けている彼女の頭を撫でるように掌を乗せる
「何処まで出来るかはわからない。だが、残された精霊が生き残れる道を捜すよ。私も、ミクニもな」
頭の感触に、セルシウスはエルシフルを仰ぎ、エレンピオスが存在するであろう空を見上げる凛とした横顔を捉えた
「そのためにも、共にエレンピオスへと向かってくれるな?セルシウス」
「っ、もちろんです」
共に歩ませてくれる、その強い言葉
それにセルシウスは、驚きと歓喜の色に瞳を染め、その牡丹色の眼に向けて微笑んでくれるエルシフルの姿を映す
「我らが精霊王――オリジン様」
そして、その姿に自分達の王である“精霊王”は、この方だけだと感じたセルシウスが敬服を込めて呼ぶ
「…私は、王になったつもりはないんだが…」
だが、羨望する視線を向けるセルシウスとは逆に、エルシフルはその肩書きが面倒くさいようにため息混じりにそう呟く
けれども、今でも尚慕ってくれる純粋な大精霊を見ると、エルシフルの口元には自然と笑みが零れていた
永き時という溝でさえ、隔てられぬ敬虔の念
―――***
セルシウスが死んだのは、オリジナルの槍が原因です
20年前の断界殻に穴を開けた時に槍の燃料にされたために、リーゼ・マクシアに彼女の意識が宿った精霊の石が生まれた
それをジランドに発見されたって感じです
夢主がガイアスが狙われているのを知っているのは、エルが精霊界を探す折に聞いたりしているため
ラ・シュガルでの大規模な行動も知ってると思われる
(H24.2.12)
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