半透明の球体の中に閉じ込められた少女

機械の類が溢れる空間にて、観察する視線を浴びせられた少女から嘆きの声が届く

白衣を纏った人間達が、その叫びと苦痛の表情に目を暮れずにいる中で、彼だけは少女に手を伸ばした


『ミクニっ!!』


機械をすり抜け、捉えられた少女の肌に指先が触れようとする

けれど、それは機械と同様に幻のようにすり抜けるだけだった

これが現実ではなく、過去の記憶による産物だとはわかっている

それでも彼は―――ウィンガルは“テルカ”と呼ばれたミクニを助け出そうと足掻いた

何度も、何度も…

けれど、一度たりともウィンガルの手が彼女の助けを求める声に応えられる事はなかった


“……エ、ル…”


絶望していき、衰退していく存在

その痛ましい変化を齎す人間というケダモノに対して、彼は憎悪を抱く

同じ人間と言う事など関係なかった



同じ人間だからこそ、忌まわしいのだ

身体の中で膨れ上がる憎しみだったが、ミクニの虚ろっていく姿を見つめていく最中、次第に違うモノが彼の胸を占めていく

それは、か弱き彼女に何もしてやれない無力感だった

現存する彼と過去の彼女が混じり合えないことなど関係なく、虚しさが襲う


『…どうして、お前が…』


そして、少女が1人の青年により笑みを取り戻そうとも、それは惨さを増させるだけだったとウィンガルが知った時には、全てが終わっていた―――


始祖の隷長という人間とは違った種族

人間の過ちの証である魔導器


それらについて詳しい事を知りはしなかったが、ミクニが他者に代って自身の身を傷つけても何故平然でいれるのかを知れただけで十分だった


“それが私の生き方”

“そうして生きてきた”


断片的な記憶の中で知ったのは、ミクニが人間の過ちのために“死”に等しい行為を繰り返す責を背負ったということ

ザイラの森での言葉が意味していたのは、そういうことだったのだろうか?


“一層の事、人間の心が悪という面しかなければ”


その事実を始め、言葉では言い表せないモノが心中で渦巻き、エルシフルの憂いの言葉に重なるようにある仮定が生まれる


あのような生き方をするくらいならば、人間を怨めばいいものを―――


もしもあの時、彼女が人間を怨んでいれば、ミクニの人生は変わっていたのでは?

少なくとも自分の身を犠牲にすることはなくなったのでは?

そう考えると、らしくもなく、今となってはどうにもならない仮定が事実になればいいとウィンガルは思う


(…ミクニ…)


気づけば、人間の姿を崩して意識を落としている彼女がいる部屋の前にウィンガルは立っていた

ミクニを気遣う彼の心が此処まで歩ませ、彼にその取っ手を取らせようとするが寸での所でそれは止まる


「―――」


部屋の中で人が動く気配がし、それがウィンガルの神経を支配したからだった

そして、悪寒のようにある予感を感じていると、彼の心臓がドクリと鳴る


「…ガイアス」


扉に隔たれていたが、その声が、その言葉が、ウィンガルの耳にはっきりと届いた

それにより、ウィンガルの指先は取っ手から離れるようにゆっくりと下ろされる


(何をやっている…俺は)


思考を埋めていた女の声色が忘れかけていた現実を教え、微かに耳が拾う二つの声による会話から耳を閉ざすように彼は踵を返す

背を向けた扉から足早に離れていく中、目を覚ましたであろうミクニが浮かぶ

同時に彼女が向かい合う相手―――ガイアスも浮かんだ


(…わかっていたはずだ)


王ではなく、1人の人間となって彼女の傍にいるであろうガイアス

その眼差しを受けて、ミクニはどのような顔をしているだろうか?

それを無意識に想像してしまいそうになり、振り払おうとする

だが、どのような表情であれ、自分が入る隙間など何処にもないのだ


(俺は、ガイアスの片翼だ)


ガイアスが王であり、自分が彼の参謀として仕える限り、その事実だけは決して変わらない

覚悟をし、それを受け入れたはずだ

だというのに、ウィンガルの心中は穏やかとは言えなかった


「何故、お前だったんだろうな……」


静かな廊下で彼の足は動きを無くし、設置された窓ガラスに視線を向ける

零した言葉の後に続くのは静寂だった

自分一人だけが取り残されたような空間で、ウィンガルはガラスに映る自身の金晴眼を覗き込む

そして、心中で渦巻く想いを感じながら、彼はあの仮定を脳裏に浮かばせた


「…人間を怨む、か…」


あの仮定に対して、ウィンガルは今の自分の心境を思うと、事実になればいいと強く思う―――願う

何故ならば、その仮定には自分の人生も変わっていたという可能性があるかもしれないからだ

そう、ミクニが今と違っていれば、ウィンガルの心に余分な感情など生まれなかったかもしれないのだ


「ふっ……何とも滑稽だな」


それはあくまでも仮定であり、そんなことを望んでいる自分の馬鹿らしさに笑える

けれど、それ程にミクニに惹かれている事実が辛いのだと自覚しているように、ガラスに映る金色の瞳は悲しい色を宿していた



この白の世界のように、全てを白紙に戻せれば


―――***

(H24.1.31)


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