自らの意志ではないとは言え、その力を持つことで招いた禍

悲しみに暮れた表情で語ることはなく、平然たる態度を努めようとする姿は、同情を求めるものではもちろんなく、ただ一心に自分自身を咎めているものだった


1人で背負い込む必要などないであろう

辛いならば泣けばよかろう


けれど、それをこの存在は出来ず、人知れず隠れて苦しみ続けようとする彼女に怒りと虚しさを覚えると、ガイアスはミクニに1人ではないことを教えるように強く抱きしめた


「ガイアス…、こんな私でも、傍に望むの?」

(俺はお前を独りにはせん)

「私の身体が…人間の姿を成せなくなっても?」

(例え、お前が人でなくなろうとも俺は傍にいる)


ミクニの問いかけは、何処かガイアスを遠ざける印象を与えるものだった

だが、それは本来の感情を隠すためだったのだと次に起こった行為でガイアスは思う


「…ガイアス……ありがとう…、」


躊躇いがちに自身の背へと廻された腕

ミクニの声が最後に少しだけ震えたように聞こえると、それを誤魔化すようにミクニはガイアスの背を小さく握った

表情を見せず、自身の首元へと顔を埋めるミクニが気弱に映る

思えば、このようにミクニ自ら抱きしめ返してくるのは初めてだった


(…ミクニ)


これが素直に他者に頼ることも泣くこともできないミクニが行える唯一の弱さの見せ方なのだろうか?

本当は誰かに縋りたいのではないだろうか?

あの問いかけは、再び独りにされることに不安と脅えを感じているためではないだろうか?

そう感じてしまうと、この些細な行為は居た堪れないものだった


(お前はもう、これ以上自身を苛む必要はない)


エルシフルが言ったようにミクニは同情など望んでいないだろう

だとしても、これ以上独りで苦しみ続けさせることをガイアスが許すことなどできなかった


(そのためならば、俺は…――――)


ガイアスの指先がミクニを束縛している罪の意識を少しでも薄れさせるように頭を撫でる

その行為に対してミクニは何も言わず、ただ静かにガイアスの温もりに浸るだけだった

穏やかな沈黙が流れる最中、民を守るべき王という立場とミクニを想う1人の男として、ガイアスは静かに窓辺から見える空へと視線を移した





白き世界に佇む城ではなく、夜の世界に覆われた城

ア・ジュール王ガイアスは、自身が住まうカン・バルクではなくイル・ファンへと居た

自身と敵対していたラ・シュガルの王―――ナハティガルを失い、エレンピオスという脅威が降りかかったことで混乱に包まれていたラ・シュガルの民と軍

その混乱を鎮め、彼らを導くためにガイアスはイル・ファンへと赴いていた

それはリーゼ・マクシアの平定に等しかった


「無事だったようだな」


エレンピオス兵が街の中へと現れた事を聞き付けて向かうと、兵士ではない複数の人影

その後姿には見覚えがあり、ガイアスは驚くでもなく声を掛ける


「ガイアス!」

「この者を牢へ運べ。この者達はいい」


ガイアスとは対照的に敵国の地にいる王の存在に彼ら―――ジュード達は驚きを隠せないような表情でいた


「このままだとエレンピオスが死んじまう。何が悪いんだ……俺達は……!」


ガイアスの指示に従ったラ・シュガル兵により連れていかれるエレンピオス兵の姿を見送るとジュード達の視線が一斉にガイアスへと集まる


「ガイアスすごい!ラ・シュガル兵に命令できちゃうんだ」

「ラ・シュガルの民も、軍も、ナハティガルの不在によって混乱していた。俺はそれを導いたにすぎない」

「それがすごいんじゃないのー!」


ラ・シュガルの兵士にも指示を出せるガイアスに称賛の声が上がったが、ガイアスは平然と受け答えた


「ガイアスさん、イル・ファンで一体何をされているのですか?」

「ラ・シュガル軍と共同で、海中に沈んだクルスニクの槍の引き上げ作業を行っている」


自身らが行っている行動を聞いてくるのは指揮者として何かを察しているためだろうとガイアスは思う

隠すことなく槍という言葉を口にすれば、誰よりも早くに反応したのはミラだった


「槍だと?今更クルスニクの槍をどうするつもりだ?」


その声と視線は睨みつけるものであり、未だに力に囚われている愚かな者だと思っているのだろう


「俺は異界炉計画を止める。ジランドが言ったように、アルクノアが消えたとは言え、計画そのものはなくならないだろう」


ミラのその姿にミクニが一瞬重なるが、ガイアスが揺るぎを見せることはなかった

その後、ジュード達の目的を聞いたガイアスは、兵士の連絡もあり一度船へと向かうことにした


「ミュゼに会うと言ったな?ミュゼに会い、どうするつもりだ」

「僕達、本物のマクスウェルに会いたいんだ」

「なるほどな。お前の存在を確かめに行くつもりか?」

「どうやら、私がマクスウェルでないことを知っているようだな」


ミュゼに会うためにミュゼと幾度か対峙したと言うガイアスの噂を聞き付けて会いに来たという彼らの目的は、本物のマクスウェルに会う事

それはミラがマクスウェルでないということを言っているものだったがガイアスとウィンガルが驚くことはなかった


「エルシフルから聞いている。お前がマクスウェルの代りに創られた存在だということはな」

「そうか。やはりエルシフルは知っていたのか。それにミクニも…」


ミラの事、そしてミュゼの目的はエルシフルから聞いていた

そして、ミュゼ本人から聞いたにせよ、エルシフルは恐らくそれよりも前にミラがマクスウェルではないと知っていたのだろう

またそれは、ミクニも同様であると、彼女の様子から察せれた


「あの…ミクニは、無事ですか?」

「ミクニ君は、何処にいるのさー?」

「命に別状はない。あいつはカン・バルクで大人しくさせている」


増霊極の適合者である少女エリーゼの問いにウィンガルがミクニのことを端的に教える

ミクニが無事なことを知れるとエリーゼを始めて、彼らは表情を緩めた


「ねぇねぇ、思ったんだけどさ。ミュゼじゃなくて、エルシフル君に会いに行ったらどうかな?エルシフル君も大精霊だから、マクスウェルの居場所を知っている可能性も高いよ」

「けどよ、頼みの綱であった四大精霊もミラ様に教えねぇんだろ?」

「四大の奴らはどうやらマクスウェルを恐れているようだからな。エルシフルがどのような位置にあるのかわからないが、答えない可能性もあるだろう」

「ですが、ミュゼさんが素直に答える保証もありません。ミュゼさんに会えない場合は、一度エルシフルさんの元へと向かってみるのが得策だと思いますよ」


本物のマクスウェルが居ると考えられる場所を知っている存在が居るとすれば、そこの住人

だからこそ、四大精霊ならば知っているはずだったが、話から察するに彼らはミラに教えることを拒んでいるようだった

故に、ミラ達は同じ大精霊であるミュゼに会おうとしているが、エルシフルがカン・バルクにいる事を知り、彼に会う事を考え出していた

その様子を静かに見守っていたガイアスだったが、その考えを無くすように口を開く


「恐らく、あの男はマクスウェルの居場所を知りはしない」

「そうなんですか?」

「えー。せっかくミュゼに会わなくていいと思ったのにー」


エルシフルに会った所で無意味に終わると知り、レイアが落胆していると、ミラが考えるように顎に指を当てた


「居場所ならば、精霊界が一番可能性が高いだろうが…問題はその道だ」


精霊が住まうと言われる精霊界

それを見た者は少なくともこの世界の人間ではいないだろう

いるとすれば、古の時代からの訪問者であり、精霊を見守って来たミクニだった

そして、ミラとミュゼのことを話した折に、マクスウェルのことと精霊界の事を少なからず口にしたミクニとエルシフルの会話をガイアスは思い起こす

精霊の力が偏った場所に精霊界と人間界が重なることがあるとミクニは言っていた

それが正しく道というものかはわからなかったが、霊勢の変化が激しい場所が怪しいのは確かだった


「二・アケリアはー?精霊の里っていうんでしょー」


霊勢の変化として幾つかの場所が頭に過ぎるが、どこも変わった話しを聞いたことはない

だが、ティポの言葉によりガイアスは組んでいた腕を解き、口を開く


「うむ。あの地には霊山があり、いくつもの霊勢がぶつかりあっていると聞く。あの場所ならば、精霊界の道があるやもしれん」

「ホント!」

「待て。船は槍の引き上げ場へ行くまで引き返せないぞ」


精霊界への入口があるかもしれないという言葉に今すぐに二・アケリアへと向かいたい様子のレイアだったが、その喜びはウィンガルによって阻止される

それによりレイアが項垂れる傍らでミラがイル・ファンでの会話の続きをしようとするが、代りにローエンが問うてきた


「ガイアスさん、さきほどの異界炉計画を止めるという話。クルスニクの槍を使い、エレンピオスへ侵攻されるおつもりなのでは?」

「全てはリーゼ・マクシアのためだ」


一呼吸置いた後、民を守るべき王として凛々しい声が出される


「待って、槍を使うにはたくさんのマナが必要だよ」

「無論、人と精霊が犠牲になることは本意ではない」


ジュードの言う通り、槍を使えば多くの人と精霊を犠牲にしなければならない

それはガイアスとて望まないものだった


「迷っているんですか?なら……」

「だが、誰かがやらねばならないのも事実だ」


迷いがないわけではない

けれど、エレンピオスの脅威からリーゼ・マクシアを守るには槍を使用する他なかった


「それをミクニは知っているのか?」


例えマクスウェルでなくとも、ガイアスと同様に揺るがない意志を秘めた瞳にガイアスは視線を交わらせるだけだった

それが答えであると察したミラは眉間に力を入れて、忠告してくる


「ミクニは精霊を大事にしていた。槍を使えば、お前はミクニの期待を裏切ることになるぞ」


ファイザバードの時と同様に槍の力を認めないミラの向こうに、自身と対峙したミクニが浮かぶ

幾らリーゼ・マクシアのためとは言え、槍を使えばミクニはガイアスに幻滅し、傍から離れていくかもしれないだろう


「覚悟の上だ」


だとしてもガイアスは、その道を選んだ


「確かにあいつは精霊と他者が犠牲になることを望まないだろう」

「ならガイアス、」

「だが、だからこそ俺はこの道を選ぶ。例え、この道を選択することであいつが傷つこうとも……俺は、現存する人間の過ちをあいつだけに背負わすことは出来ない…」


王としての姿勢を崩さないガイアスだったが、その言葉には王以外の意志が込められており、彼の脳裏にある声が巡る


“人の心とは、愚かな部分を始め、優しき心も含めて、悪と化す”


古代の人間に対する恨み

だがそれ以上に、現存する人間に対する不安を秘めたエルシフルの言葉


“…助けて……エルシフル…”


目前で助けを求めていた少女

けれど、ガイアスの手は届かずにすり抜けていき、少女は次第に衰退し、絶望していった情景

過去の記憶とは言え事実であるそれに、エルシフルが抱いている不安を繋げて導き出されるものは、ミクニが他者のために再び自身を犠牲にするということ

それがエルシフルの不安であり、また、ガイアスにこの道を選ばせた原因の一つだった


「それはガイアスにとって…ミクニが大事ということ?」


芯が強く、何者にも屈しない王としての表情をガイアスが変えることはなく、その心中に渦巻くモノを理解できたのは彼の片翼くらいだろう

けれど、その言葉に滲んだ想いを拾った少年は、ガイアスにとってミクニが特別な存在だと察する

対峙する少年の言葉をガイアスは否定せず、彼女に想いを馳せるように瞼を伏せた


「俺にとってミクニは、支え、守るべき存在だ」


凛々しいながらも、何処か柔らかさを持った声色

それは、彼がこの道を決断したのが、民を守るべき王としてよりも、ミクニを愛しく想う男としての気持ちが強かったという証拠だった


「…王としてではなくな…」


弱き者を、民を導くためだけにあるア・ジュール王ガイアスとしてではなく、かつて捨てた本来の彼―――アーストという1人の男としての想い

他者のためではない彼自身による願いが、精霊と民を犠牲にする道に存在していた



の如く散らせる代りに、彼は罪業を背負う


―――***

つまり、夢主がリーゼ・マクシアとエレンピオスの現状により、その身を犠牲にすることを察した陛下は、夢主が行動を起こす前に槍を使ってエレンピオスに侵攻することを決めた。
夢主を犠牲にする代りに、自分1人で罪を背負うことを選んだということ。
はい。そろそろ、ジュードとミラ達による断界殻を無くしてエレンピオスも救う派と、陛下と参謀によるリーゼ・マクシア重視であるが黒匣を殲滅してからエレンピオスを救う派、そして夢主とエルシフルによる仲間が救った世界の変わり果てた姿により複雑派の三つ巴が始まると思います。

(H24.1.25)




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