何故、ナゼ、なぜ…


精霊界へと戻った大精霊は、心中に渦巻く疑問の数々に困惑していた

精霊の主であるマクスウェルから与えられた自分の使命を邪魔し、たった一人の人間のために行動をする大精霊―――エルシフル

その存在の行動をミュゼは理解できず、彼女は主に問いかける


「マクスウェル様!マクスウェル様!」

“…どうした、ミュゼよ”


少しばかり遅れて届いた主の声にミュゼは胸を撫で下ろし、疑問を投げかける


「あの大精霊は一体何なのですか?」

“大精霊じゃと?”

「はい。私の知らない大精霊が現れ、私の邪魔をするのです!」

“……名を申してみよ”


精霊の主であるマクスウェルならば、彼の行動の意味、延いては自身が感じている疑問の全てを教えてくれるはず

ミュゼは敵対したにも関わらず、自身を救った大精霊の名を主へと告げた


「エルシフルです。彼は一体何者なのですか?どうして、私の使命を邪魔するのですか?」

“…、…ミュゼ…何と申した…?”


マクスウェルが動揺の色を見せたがミュゼがそれに気付くことはなく、主が何を聞いてきたのかも判断できなかった


“その者の名を、もう一度申すのじゃ!”

「っ…あの者の名は、エルシフルと言っておりました…やはり、マクスウェル様はご存じなのですね?」

“…何故じゃ…そんなはずは…”

「ならば教えて下さい。何故、彼は私の邪魔をしたのに…私を助けたのですか?」

“あの御方が…ならば、…この世界を…”

「…マクスウェル様…?」

“……やはり…生きて…あの時…”

「どうして…答えてくれないのですか?マクスウェル様!彼は一体―――!」


大精霊と称される程の力を有する存在であるエルシフルのことをマクスウェルは知っている様子だった

ならば、彼の行動の意図、そして自身が彼に懐いた感情の意味を教えてくれると察し、ミュゼはマクスウェルに答えを求めようとする

けれど、その名を聞かされた途端、まるで取りつかれたようにマクスウェルの意識はミュゼから削がれた


「マクスウェル…さま…」


意識を繋げる事を遮断され、ミュゼの困惑は更に増す

張り上げていた声も次第に失せていき、彼女はしばらくその場に立ちつくした


(彼は一体何者なのですか?)

(どうして私の邪魔をするのですか?)

(どうして人間1人のために存在しているのですか?)

(どうして…私を助けたのですか?)

(どうして…どうして…、)


エルシフルに対する疑問がミュゼの思考を侵すように広がる

何故、そこまで彼のことでこうも戸惑うのかわからない

相手が大精霊であり、彼の行動がミュゼにとっては奇怪だからだろうか?

圧倒的な力を見せつけ、自分を救った相手の表情が過ると、ミュゼは胸に手を当てる

あの力に恐怖を覚えたためか、心臓の動悸が静まらない

そして、マクスウェルとの交信が途絶えたことで彼女は不安を覚え出していた


(…きっと、少しすれば御答えになってくれるわ)

(そうよ…マクスウェル様が私を見捨てるわけがないもの)


自分を導いてくれるマクスウェルから必ず全ての答えを貰えると信じて、今はマクスウェルから与えられている命にミュゼは従うことにした




精霊の里と言われる二・アケリアに響き渡る悲鳴と騒音

戦う術を持たない里の者達の命を容赦なく奪い、気にした素振りもなく見下ろすのはミュゼだった


「ミュゼ!!」


断界殻の存在を知る可能性がある者を殺し終える頃、背後から怒りを含んだ声がする

展開していた術を消し去り、口元に楽しむような笑みを刻むとミュゼは振り向いた


「あら?ミラじゃない。まさか貴方から会いに来てくれるなんて、思いもしなかったわ」


そこにいたのはもう用済みとなったミラ、そして断界殻の事を知りすぎたジュード達だった


「これはどういうことだ!何故、里の者達を殺した!?」

「酷いですっ!」


里の者達を殺された事に怒りを感じてミラ達が睨みあげていたが、ミュゼは怯むことなく受け流す


「ふふ…だって、私は」


自身の行動の意図を知らない彼らに少し間を置いた後、ミュゼは自身の使命を口にした


「断界殻を知ってしまった人を殺すのが、使命なんですもの」

「断界殻を知った者を…殺すだと?」

「…だから、里の人を…僕達を殺そうとしたの…?」

「でも…ミュゼはミラのお姉さんなのに…わかんないよ!」

「ミラは、てめーの姉でマクスウェルだろうが!」


マクスウェルであり、姉であるミラまで何故殺そうとするのか、ジュード達にはわからない

その傍では、それが意味することがすでにわかっているのか、ミラが難しい顔をしており、その様子にミュゼはくすり、と笑った


「ミラがマクスウェル?おっかしいっ」

「どういうことですか?」


ミラがマクスウェルであることを否定しているミュゼの言い草に皆が瞳を見開く中、ローエンが静かに問う

その問いを受け、ミュゼがミラへと視線をやれば、彼女は意を決したように口を開いた


「…やはり私は、マクスウェルではなかったのか…」

「ミラ…」

「すまない。ジュード、皆。知らなかったとは言え…私は君達を騙していた」


ミュゼの言葉で疑いが事実へと変わり、ミラは自分をマクスウェルだと信じてついて来てくれていたジュード達に謝る

今まで信じてきた事柄が偽りだと知らされた衝撃でか、この現状でか、仲間はすぐに反応を示さなかったが、ジュードがゆっくりと首を振った


「…そんなの関係ないよ。だって、ミラはミラなんだから」

「ジュード…」


マクスウェルなど関係ないというジュードの意見に次々と周りの者達が賛同していく様をミュゼは冷たく見下ろす


「馬鹿みたい。本当にそう思っているの?ミラに与えられたマクスウェルとしての使命は偽物なのに。それは貴方が憧れていたミラの行動が全部嘘だってことじゃない」

「そんなことない!ミラは人間や精霊を想ってて、自分の心配なんか忘れて…マクスウェルじゃなくても、ミラが使命を貫き通そうとしていたのは事実なんだから!」

「…全く君は……だが、ジュードの言う通りだ。例え、私がマクスウェルでなくとも私が人間と精霊を守るという使命は変わらない!私は、ジュードが憧れてくれる“マクスウェル”としてあり続ける!」


偽りを植え付けられ、本物のマクスウェルのように仕立て上げられただけの存在だと理解しても揺るがない瞳

その上、“マクスウェル”であろうとするなどと口にしたミラにミュゼは怪訝な顔をした


「…所詮は偽物で、アルクノアをおびき出すためのエサなのに…愚かな子」

「なるほどな。それが本来、私がマクスウェルとして創られた理由か」

「そうよ。そこの男みたいに、貴方はマクスウェル様の代りにアルクノアの標的になるのが使命だったのよ」


ミラを殺したところでどうにもならないことがわかり、今までの自分の裏切りによる罪悪感が襲ってきてか、アルヴィンは苦虫を潰したような表情をする


「っ…それじゃ、俺らが今までやってきたことは…」

「全部無駄。貴方達みたいな害虫にはよくお似合いよ」

「そんな言い方、酷い…」

「あら?もう忘れたの?その男はエレンピオス人。貴方達を燃料にしようとした存在と同類じゃない」

「っ…」

「そろそろお喋りもおしまいよ。それにどの道消される貴方達に、これ以上話しても無意味なのだから」


ミラ達の姿を見る事を拒むように、ミュゼはミラ達に向けて手を翳す

直後、背後に重力の精霊術が発動し、ジルニトラ戦での手負いが治っていないミラ達は敵わないと判断して背を向けた

自分から逃れようとする彼女達の姿を捉えながら、ミュゼは自分の存在を確かめるように力を振るった




他者に導かれ、与えられた使命こそが存在理由であるミュゼにとって、ミラの行動はわからなかった

だが、どうでもいいこと

人間に毒された存在であり、マクスウェルからの使命もなくなった彼女は消すだけなのだから

けれど、ミラの事を考えているとある影が過る

少しばかり遠ざけていたはずのエルシフルだった

何故、彼が過るのか?

理由は簡単だった

彼がミラと同様にミュゼにとって奇怪な存在であり、人間に毒されているから

ミュゼにとって、エルシフルとミラは同類のように思えた

でも、何故だろうか?

ミラの意志や行動は理解不能であったがどうでもよく、彼女は始末するべきだと簡単に考えられるのに、エルシフルに対してはそうはなれない

理由はやはりわからず、そして未だに主から応えはなかった

次第に焦燥感を募らせるミュゼは気づけばあの街の上空に来ていた

断界殻の事を知る者である王が住まう都、そしてあの存在がいる可能性が高いカン・バルクに


(…このまま、殺してしまえばいいのよ)

(考える必要なんてない)

(いなくなれば、何も疑問なんてなくなるわ)


雪の都に白き翼をはためかせる存在を重ね、自身の思考、そして胸から彼を打ち消すためにミュゼは城諸共破壊してしまおうと術を発動させる

膨れ上がるように球体が拡大すると、その異変に気付いたカン・バルクがざわめいた


「―――やめよ」

「っ―――!」


突如、深く突き刺す様な声が術の向こう側から届き、ミュゼの胸を高鳴らせ、彼女の神経を支配する

力を込めた声に封印されたように、ミュゼの術は掻き消えていた


「やはりお前か…ミュゼ」

「…、エルシフル…」


無意識に術を消し去った手を胸元にやり、ミュゼは目前の相手を眼に映す

彼がゆっくりと距離を縮めてくるのがわかるが、ミュゼは身体が金縛りにあったように動けなかった

彼の力を思い出して、身体が再び恐怖しているのだろうか?

心臓がまた高鳴っているのを感じながら、ミュゼは焦りを覚え、身体の代りに唇を動かした


「…どうして…どうしてなの…?」

「何がだ?」


一歩手前で留まり、笑みも消えたエルシフルの瞳がミュゼへと向いている

その青い瞳と視線を通わすとミュゼの心臓が訴えるように鼓動を速めた


「…貴方は一体…私の、何なの…?」


身体の奥で何かが彼を求めているように疼き、ミュゼの口から言葉を出させる

そう言った後、エルシフルは怪訝な表情をすることはなかったが、ミュゼの奥を見透かすように瞳を細めた

視線を通してエルシフルの力が流れ込んでくるように思うと、共鳴しているように意志が繋がる感覚を覚える

けれど、それは一方通行であり、彼の心がミュゼに見えることはなかった

それに嫌悪感を覚えることはなかったが、ミュゼの中に眠る何かが惹きつけられるようになる


「…ミュゼ…」


そして引力が働いたかのように、ミュゼはエルシフルの身体へと腕を伸ばし、距離を無くした

自身らを殺そうとしていた相手の奇怪な行動

けれど、攻撃の意志が感じられなかったためか、エルシフルが拒むことはなく、彼は自身の胸へと縋りつくような大精霊を見下ろすだけだった


(この感覚は何なの…?)


名を呼ばれても反応を返さず、ミュゼは未知の感覚に浸り、答えを捜そうとする

ジルニトラで救われた時と同様に、心地よく伝わる温もりと匂い

それに身体が満たされていく感覚

この感覚をミュゼは知らない

だが、嫌なものではなく、心に安らぎを覚えている

それは主であるマクスウェルに迷うことなき道を示されている安心感にも似ていた


(…マクスウェル様、この者は何なのですか?)

(どうして、私はこの者に貴方に似た感覚を覚えているのですか?)


精霊の主であるマクスウェルのように畏怖を覚えさせる程の驚異的な力を持っていると感じさせる相手

その者から与えられる感覚はマクスウェルに似ていると思うと、ミュゼから恐れと不安はなくなっていた

最早、主からの応えがなくともよくなり、この存在がいれば全てが解決するような錯覚を覚えそうになる


「―――エルシフル!」


二人だけしかいないような空間に響いた声にミュゼの意識が浮上した


「ミクニ…」


穏やかで優しい声が自分でない名を呼び、青い瞳が地上へと向かっているのがわかると、ミュゼは我に返ってエルシフルから離れた


「っ、…何で…そんな目で…」


特別な表情で1人の人間を映していた瞳が、こちらを向くと胸が痛む

その痛みに刺激されたように失せていた恐怖や不安が浮かび上がるが、それ以上に激情がミュゼの中で溢れてきた


(どうして…どうしてよ!!)


多くの人間が溢れる中、あの人間が―――エルシフルに名を呼ばれた人間が目につく

その人物が視界に入るとミュゼの視線は睨みつけるように鋭くなっていた

けれど、それをミュゼ本人は気づくことはなく、彼女は穏やかになっていた心が激しく波立ったことでこの場所が酷く不愉快に思えてくると、汚らわしいとばかりにその場から離れる

ただ、どんなに離れようとも生まれてくる感情は消えることなく、ミュゼは胸中の中で渦巻く苛立ちに唇を噛みしめた

何故それ程の焦燥を感じるのかもわからないでいると、何度もミュゼの脳内でエルシフルの横顔が過ぎていく

1人の人間だけに向ける視線、声、そして想い


「……許せない……」


大精霊である彼が何故、1人の存在のために動くのか今でも理解できなかったが、それに酷く嫌悪を抱いたのは確かだった



真髄がい、芽生える


―――***

(H24.1.23)




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