王の狩場にて強い魔物を狩る程に、ア・ジュールに平穏な日々が齎されると伝えられている

その行事を遂行するために王であるガイアスと共にシャン・ドゥへ入ったウィンガル

多くの民から慕われるガイアスが訪れれば、まずは喝采が聞こえてくると思っていた

けれど、ウィンガルが耳にしたのは戦場のような声と唸り

闘技場があるのだから、それは可笑しくないことだったが、シャン・ドゥの空に見えたモノに意識を奪われる


透ける翼、しなやかな肢体、美しい鱗


単なる魔物ではない事は一目瞭然だった

それを狩る事が出来ればア・ジュールは間違いなく健やかなる平穏に恵まれるだろう

そして、ウィンガルはガイアスと共に魔物が向かった王の狩場へとワイバーンを飛ばした

だが…―――


「…陛下、その者は?」


一時的に一人で行動をしていた主が戻ってくると、微かな血の臭いが届く

あの魔物を捉えたのかと思いたくとも、ウィンガルはガイアスの腕に抱えられた物体へと目がいく

年頃の女がガイアスの腕の中に存在していた


「すぐに傷の手当てをしてやれ」


王の命令にウィンガルは医療の知識がある者を呼ぶ

その間ガイアスが女をゆっくりと地面へと横たわらせる

ウィンガルはその動作を見送っていたが、血に濡れた女の異変に気付いた


(追い剥ぎか…だが、それにしては)


怪我を負った女を治癒師に任せ、ウィンガルはその異変を考える

女は衣服らしいモノを纏っていなかった

賊にあったと考えるも、それにしては可笑しかった

女の身だから襲われたにしても、僅かに残された女の所有物らしいモノは上等なモノに見える

その上、何故か身につけられたたままの装飾品

不審な女を襲った原因を考えるも、その答えは容易に見い出せず、治療に当たっていた女の治癒師が戻って来た


「陛下。応急処置は終えたようです。部下の者に街へと連れて行かせましょうか?」

「いや。城へ連れて帰る」


主の言葉にウィンガルは僅かに瞳を見開く

強く、優しく、民に対して思慮深い王

けれど、名も知らない者をわざわざ連れて行くような人ではない

その上、本来の目的を放りだすなど考えられなかった


「―――…ですが、例の魔物を放っておけば民に不安が出ます」

「あの魔物なら、最早心配はいらぬ」


確信を持った強い声にウィンガルは言葉を返さなかった


「按ずるな、ウィンガル。お前には後ほど話す」


ウィンガルの心中を見抜いてガイアスが言った

その言葉でウィンガルはそれ以上の考えはやめ、王の背に続いた





謁見の間にてウィンガルは扉が開くのを捉えた

入って来たのは、間違いなくあの女であり、王が拾ってきた存在だった

兵士はおらず、ウィンガルは女を見下ろす


(やはり、信じ難いものだ…)


一見人間にしか見えない姿は、特に変わった箇所は見当たらない

何も知らなければ単なる人間の女にしか見えない


(この女が、あの魔物など)


数刻前に主から聞かされた事柄は、奇怪なモノであり、魔物がこの女の姿になったと言う

だが、それが事実なら女の不審な点が簡単に解けた

ウィンガルは観察するように王を待つ目の前の女―――ミクニに視線を送る

相手もウィンガルの視線を受けたまま何も言わず、代りに扉が開いた

玉座に座るべき存在、ガイアスであり、その姿にミクニは驚いていた


(多少なりとも礼儀は知っているようだ)


粗末な行動をすることは愚か、理性のある人間らしい行動を確認する

見た目だけでなく、知性も備わっていることを知る


「率直に聞く。貴様は何者だ?」


玉座に座すガイアスが問う

人間と魔物の二つの姿を持つ存在は、その問いに考える素振りを見せた

どれ程の知性があるかわからなかったが、ウィンガルは余裕を与えないようにする


「下手な答えはやめることだな。身分証も持っていない者など、そうはいない」


(さて、どのような答えを出してくるのか)


ウィンガルの言葉に諦めたのか、ミクニという女が瞳の色を変えた




「 私は―――――… 」





冥なる世界からの来訪者だと、女は口にする



  |



top