冷気を纏う存在を傍に従わせる姿に、彼女のことを知らないジュード達から訝しみと興味を併せ持つ声が上がる

ミクニのことを彼らより知っているとは言え、やはりその力を詳しく知れていないガイアスも似たような心境だった

けれども、それについて何かを問おうと思う事はせず、ガイアスが思うのはその力がミクニの身体に影響がないかと言う事

ジランドへと向けていた冷たき凛々しさを消し、いつもの表情を向けたミクニだったが、ウィンガルの様子からその力による何らかの代償があるのではないかという疑いを抱いた



“もしも、私がいない間にミクニに異変が起れば、決して近づくな”

“お前以外は、特に…”



脳裏に過ぎたのは、彼女の半身からの言葉

ミクニの元から離れる前、彼は脳へと直接と声を送ってきた

他の者にはもちろん、ミクニにさえ知られないように伝えられた“異変”という言葉

そこに込められた真意はわからなかったが、ミクニを思ってのものだということは理解できた

ミクニを慈しむエルシフルのその危惧を忘れることなく、ミクニへ意識を注いだ後、ガイアスは彼女の視線の先にあるマクスウェル―――ミラを捉えた


「―――お前たち、無事で嬉しいぞ」


(…あれが四大精霊か…)


ミラを取り囲むように出現した4つの存在

人ならざる存在である彼らは、マクスウェルに従う四大精霊で間違いなく、ミクニが求めていた存在だった

彼らを引き連れてミラが槍へと向かおうとする

その行動をガイアスは呼び止める事をせずに、静かに見送った

それは、民だけでなく精霊を守るという意志の表れだったのだろうが、精霊を慈しみ、彼らの痛みを己のことのように感じているミクニを落胆させないと言った方が近いのかもしれない


「破壊する!」

「…エル…?」


槍を破壊するためにミラが力を集約しだした時、ミクニが半身の名を呟いたのをガイアスは拾った


「皆!逃げて!」

「えっ、何!?…きゃっ!!」

「くっ!!」


船が揺れだす原因を知っているのか、ミクニが声を上げてすぐに空間の重力が変化し、体の自由が奪われる


「デトゥム!(ふざけるなっ!)なんだこの術は!」

「ババア!てめえの術はどうしたっ!」

「あ、ああん!桁が違いすぎるわ」

「ぐぬぬぬっ!」


味わったことのない強力な術にガイアスも膝を着くことを余儀なくされる

槍に対抗出来ていたミクニでさえ、床へと倒れ込んでおり、その顔色は思わしくなかった


「ミクニ…っ…この程度の術、破ってみせる…!」

「…ガイアス…」


苦しそうに息をするミクニの姿に歯を噛みしめ、ガイアスは彼女の元へと手を伸ばすように術に抵抗しようとする

けれど、術に抗えば抗うほどに体への重圧が増し、体の束縛は強まっていった


「破る…そうだ!クルスニクの槍を使うんだよ。アレは術を打ち消す装置なんだっ!」

「槍、かっ!」


槍を使えばこの術は消えることはこの場にいる誰もが理解できたが、この人数で行えば命に関わる行為だった


「ア、アハハ。あれに自分から力をあげるって?」

「…命がけか……」

「だがやらねば……いずれにせよ終わりだ」


ガイアス達に残された道はそれにしかなく、皆が同意を示そうとした時、ガイアスの視界でミクニが音を立てる


「そんな命がけのことはさせない…私が打ち消す」


青き刃を捉え、ガイアスは彼女がすることを想像した

槍の時同様に、ミクニは自身達を守る気なのだと


「…術が消えたら、すぐに逃げなよ…ミュゼは、私達全員を殺す気だから」


この術により体が悲鳴をあげているはずだと言うのにミクニはその痛みで音を上げることなく、毅然としたままこの現状を齎した者を告げた


「…あの精霊か…」

「でも…一緒に、…エルシフルが…」

「…羽根野郎…何、してんだっ」


半身が伝えてきたのだろう

恐らく彼をミュゼに同伴させたのは、ミュゼがこのような行動を起こすのをミクニは薄々感じていたのかもしれない


「…自身の存在など肩書では決まらず、他人が決めるものでもない。だから…自分が歩んできた道だけを信じなよ」

「まさか…ミクニ、君はっ」


ミュゼの術に対抗するための術式を展開していく中で、ミクニがミラに語りかけていた

そして、その真意がミラに伝わったのを確認したミクニの視線がガイアスへと移ると、念じるように彼女は天を仰ぐ

ガイアス達を守るように地面へと広がった術式から光が発せられ、閃光の如く強い光がミクニを中心に天へと昇ろうとした瞬間、ガイアスは瞳を見開く


「っ、ミクニ―――!!」


眩い光で視界が奪われる直前、ミクニの顔が苦痛の色を見せる

重力の痛みに耐えられなくなったためか、それともその力を用いているためか

どちらにしろ、ミクニが激しい痛みに苛まれているのを感じ取り、ガイアスはミクニの存在を掴むように声を出していた

その声と共にガイアス達は白い光に包まれる


「うっ…」


(ミクニっ)


体を襲っていた束縛が失せ、光の突風が晴れた先で見えたのは、自身達とは裏腹に体が重くなったように地面へと倒れ込むミクニの姿


「…、私は大丈夫……それより、早く逃げないと」


ガイアスが駆け寄れば、それに気付いたミクニがすぐさま面を上げ、この場から離れるように言う


(何処が平気だ…っ)


肩で息をするも、己の力で立ち上がろうとするミクニの姿にガイアスは言葉の代りに眉を顰めると、その身体を抱き上げた


「っ…ガイ、アス…」

「ウィンガル!」

「はっ」


弱った声の持ち主から視線を外し、ガイアスはウィンガルに視線を向ける

その意図を読み取ったウィンガルは、意識を失っているジランドの元へと向かう


「ウィンガルさん、私達もお手伝いします。アルヴィンさん」

「ちっ…全くお人よしだぜ」


ウィンガルの行動に気づき、ローエンとアルヴィンが手伝うのを確認し、ガイアスはプレザ、アグリア、そしてミラ達と共に外へと向かう

術により脆くなった船が揺れ動き、背後ではガイアス達がいた場所へと天井が崩れて堕ちてきていた


「きゃっ!!」

「うわっ!!」


それを確認することなく槍が設置されている部屋から飛び出すように抜け出したガイアス達を襲ったのは、爆音と共に訪れた激しい揺れ

船の後方から炎が上がっているのが見え、彼らがいる周囲からも煙が上がりだす

だが、それに意識をやっている暇などなく、ジルニトラは崩れていき、ガイアス達の足場にも亀裂が生じた


「みな、私の傍へ!」

「ミラ、ガイアス達が!」

「お前たちは自身らの身だけを考えろ!マクスウェル!」


船が大きく割れ、ミラ達とガイアス達を分け隔てる

気付いた時には遅く、ガイアスは運よく離れる事のなかった自身の重臣を見やった

死ぬつもりなどないが、このまま海へと呑まれて無事で済む保証はない


(俺達は…死にはせん)


それでもガイアスの瞳には諦めなどなく、それはウィンガル達も同様であり、彼らはお互いに意志を込めた瞳で言葉を交わした


「…ガイアス…皆…っ…」


何かに耐えるように胸を抑え、未だに息が乱れたミクニの身体を強く抱きしめた直後、船は垂直に傾き、ガイアス達は空へと投げ出された


「くっ…」


引力により身体が堕ちていき、叩きつけられる衝撃が襲い、空気が奪われる

冷たい海の底へと引っ張られていく中で、腕の中のミクニの身体が酷く熱く感じる

その熱がミクニの存在を教えてくれるのを感じながら、ガイアスは海の上を目指そうとするが、その視界を金属の塊が覆った


“ガイアス…”


海中では上手く身動きなど取れず、その後景に忌ま忌ましく思うとガイアスの頬に熱が触れる

脳に響いた声とその熱により腕の中の存在を見れば、ミクニが小さく笑い、その身体を光らせた


(…ミクニ)


腕の中で眩い光は次第に大きくなり、形を変えていくと、それは閃光を放って船の残骸を塵のように粒子へと化した


“掴まって”


初めて出逢った時の竜にも魚にも似た姿がそこにあり、ガイアスはその背へと腕を伸ばし、捕まる

竜と化したミクニは、そのまま水の抵抗など関係なく泳ぎ、ウィンガル達を拾うと一気に海の上へと飛翔した


「っ、ババア!この魔物なんだよ!?」

「…わからないの?ミクニよ…」

「これが化石!?…嘘だろ…」


酸素を取り込みつつ、ミクニのもう一つの姿を初めて見るアグリアは驚きに目を見張る

それを視界の端で捉えていたガイアスだったが、速度が緩んだのに気付き、視線を動かした


「エルシフルとミュゼか」


無残なジルニトラの上空で二つの力がぶつかり合っており、それは正しくミクニの大精霊と自身らを抹消しようとした大精霊だった

半身のことが心配なのか、ミクニは束の間空中に留まった後、彼がミュゼの動きを阻んでいる間に再び空を駆けだす

空気を震わす力の波動が遠のいていくのを肌で感じながら、ガイアスは宝石のような鱗の背へと触れた


(…無理はするな…)


勇ましい竜の姿と言えど、それは肩で息をしていたミクニであり、その身を案じる

熱を帯びた鱗を通して彼女の身体を労るように意識を注いでいたガイアスだったが、その身体に電流のようなものが奔った


(っ…これは…)

(ミクニ…お前…)


その感覚がミクニのものだと察した時、ガイアスの掌に雪が落ちて自身が住まう城が近づいているのを知らせるとゆっくりと高度が下がっていく

風を舞わせて、ミクニが街から少し離れた場所へと降り立った

ミクニの背から離れたガイアスは、すぐさま雪に蹲る竜の姿のままのミクニへと寄ろうとするがそれは第三者によって阻まれた


「何のつもりだ?」

「貴様達は、今すぐ此処から離れろ」


ガイアスに対峙するのは源霊匣であったセルシウスであり、彼女はガイアス達をミクニの傍から遠ざけようとする

その意味がわからず、ましてや弱っているであろうミクニを置いていけるはずもなく、ガイアスはその指示に従わずにいた


「お願い、ガイアス…セルシウスの言う通りにして…」


セルシウスの背後で竜の姿を解いていくミクニから声が上がり、ガイアスはセルシウスから視線を外す


「…お願いだから…っ」


光が消え、露わになり出す肢体

それを隠すように羽織が出現するが、ミクニは雪に横たわったまま起き上がろうとしなかった


「っ、ミクニ!」

「待て、ウィンガル!」


明らかに様子が可笑しく、ウィンガルが駆け寄ろうとしたのを制止する


(…このことか…っ)


ガイアスの瞳に映るのは、まるで熱を生み出しているかのようにミクニの周囲の雪が無くなっていく様子であり、エルシフルの言葉が甦る


「…お前たちは此処にいろ」

「馬鹿もの!今のミクニは…、」

「退け。俺は、ミクニを放っておくわけにはいかない」


その“異変”の意味を知っているセルシウスがガイアスを近づけることを拒んでくる

それが只事ではないことを察するも、ガイアスは臆することのない瞳を向け、セルシウスの言葉を振り切った


「ミクニ…」

「っ!来ないで…っ」


重たい頭を上げてガイアスを捉えると、ミクニが脅える声を出して、己の姿を隠すように羽織を握りしめる

ミクニへと距離が縮まった時、周辺の空気が重く、熱いものへと変わった

少なからず息苦しさを覚えるも、ガイアスはそのままミクニの傍に屈んだ


「…ガイア、ス…なんでっ…」


必死にその異変を抑え込むようにしているミクニの瞳はガイアスを恐れているように映していた


「…だめ…私に触れたら…、…」

「っ――――」

「離して!…ガイアスっ!」


ガイアスの指が自身に伸びてくるのに気付き、ミクニの声が震えて逃げようとしたが、ガイアスは構わずにその身体を抱きしめる

触れた瞬間、全身に熱のような、電流のような違和感が襲う

それがわかり、ミクニが泣くように言ったが、ガイアスが離すことはなかった


「俺はお前が背負うモノを共に背負うと言ったであろう…」

「でも…私の、力…は…」

「…お前を独りにはさせん…っ」


そう言った途端、ガイアスの身体を貫くような衝撃が奔ると、代りにミクニの身体で蠢いていた術式のような文字が消え失せていく

その様子を見守る最中、ガイアスは身体の中で迸る熱に一瞬思考が眩む


“…アーストッ…”


ぐらりと揺らいだ思考の中、誰かの声が自身の捨てた名を叫び、ある感覚を呼び起こす


(俺は…この感覚を…だが、何処で)


それはミクニから齎された感覚と似たものだったが、何処で味わったのかはわからない

単なる錯覚かと思っていると、苦しみから解放されたようにミクニから力が抜け、空気が和らぐのを感じとった


「ぅ…あっ…ガイアス…」

「…ミクニ」


ガイアスに起ったモノを感じ取ったのか、漸くミクニの俯いていた顔が上がる

辛そうに顰めたミクニの頬に手を添えれば、僅かに残った竜の鱗の感触が伝った


「…ごめ…ん…」


呪縛から解かれたミクニは、優しく触れてくれるガイアスへ悲し気に懺悔を紡ぐと、疲れ果てた様に意識を手放した


「…まさか耐えるとは…貴様は、一体…」


額に汗を浮かべ、微かに息を上げたガイアスへ信じられないようにセルシウスが視線を向けていた

先程の現象について聞きたいのは山々だったが、腕の中の存在を休めるために問う事をやめる


「陛下!一体、何が…っ!?」

「ミクニ!」

「化石…っ…なんだよ、ソレ…」

「今は気にしている暇はない。まずは城へ戻る」


駆けつけてきた四象刃がミクニの姿に驚きに満ちていたが、ガイアスの声で3人は意識を戻すと、彼らは一先ず城へと帰還する事にした



魘される力の渦からいた声が貫く



  |



top