獄
圧倒的な力が空に満ちたのを皆が唖然として見上げる中、その空からゆっくりとミュゼが舞い戻ってくる
彼女に向けて驚きに満ちた称賛の言葉が上がると、ミュゼは得意の微笑みを返した
「私はここで皆様に力をお貸しします」
新手が来る可能性があり彼女が此処を死守してくれれば助かるが、その微笑みによる言葉にミクニは半身を見やった
“エルシフル、彼女を見張って”
“だが…”
“ミュゼが怪しいのはわかってるでしょ?”
“……、わかった”
彼女の意図がわからない以上、野放しにしておくのは危険に思い、唯一ミュゼの力に対抗できる存在でもあるエルシフルに監視を頼む
ミクニの身を按じているエルシフルだったが、ミュゼに思う事があるのか、少し考えた後承諾をした
「ならば、エルシフルも残らせるよ」
「…別に私1人でも構わないのですが」
「私が居たら何か不都合なのか?」
「いえ、そういうわけでは…ただ、あなたなどの力をお借りしなくても、私1人の力で十分と思いまして」
態とか、天然か
ミュゼの言葉に周囲の温度が一気に下がるのを感じ取り、その発生源である隣の存在をミクニは見上げる
いつもの笑みを張り付けて背後に漂う黒いモノを必死に抑えようとしているが、滲みでるその気配を感じ取った者は声を失っていた
「ふふ…この私をずいぶんと下に見ているのだな。ミュゼ」
「…っ…!」
「まぁいい。私は寛容だからな」
(寛容なら、密かに力を込めて脅す様な真似はしないよ…エル)
ミュゼの名だけ嫌に力を込めているのがよくわかり、それによりミュゼは声にならない悲鳴をあげたようにミクニには見え、一瞬彼といがみ合うフェローを連想する
ミュゼの反応に怒りが治まったのか、エルシフルの表情は穏やかなものになり、その横顔にミクニは内心冷ややかな目を向けた
「それじゃ、ミュゼとエルシフルに此処を任して私達はさっさと行こうか」
問題など微塵もないとばかりにミクニが普通に言えば、二人だけを残すことに不安を覚えた視線が突き刺さったがミクニは笑みを返すだけだった
「ありがとう、ミュゼ。気をつけてね」
「ジュード、御無事で。ミラ、忘れないでね。あなたはマクスウェルなのよ」
ジュードからミラへと視線を移し、彼女の揺らぎをそれ以上大きくさせないように最後に忠告するとミュゼは先に空へと向かう
「エルシフル、此処は任すよ」
「ああ、此処は死守しよう。だが、ミクニ。何かあればすぐに」
「わかってるよ」
恒例のように心配する彼にしっかりと頷けば、エルシフルはミクニから視線を外すと後方にいたア・ジュール組の中心人物―――ガイアスを瞳に映す
(エル?)
ガイアスに何か言うのかと思うもエルシフルは視線だけを交わせるだけであり、そのまま一言も言葉を紡ぐことなくミュゼが向かった空へと消えていった
「時間は余りありません。敵の増援を防いでいる間が好機です」
「なら、ここは二手にわかれた方がよさそうだな」
「あ!待ってよ!」
元々二手にわかれることを考えていたガイアス達はミラ達の会話が終える前に動きだし、ミクニも慌てて脚を進める
ガイアスの隣まで行くと、彼は一度歩みを止めて意識をジュードへと向けているのがわかった
「わかってるよ、ガイアス…僕のなすべきことを忘れるな、でしょ」
何事かとミクニがジュードを見てみると、ガイアスの意志が伝わったかのようにジュードがそう言う
自分が知らない間に何かあっただろうか?
ただそのやり取りは悪いものでないのは確かであり、ガイアスがジュードを少なからず気に掛けているのがわかり、ミクニは背を向けているガイアスに代ってジュードに向けて笑んだ
「ヤツらの企み、ここで必ず阻止する!目標はジランド、並びにクルスニクの槍だ」
ガイアスの声によりジルニトラを突破するために皆の意識が引き締まるが、ミクニは上空から風を切る音を拾って顔を上へと向ける
(ん…?何か、上から…)
またもや敵の戦艦かと思うも空から降ってきたのは1人の影であり、それが見事ジュード達を塞ぐように降り立った
「俺も手を貸しましょう、ミラ様」
「お前、まだいたのかよ?」
「邪魔だから、こっち来んなー」
「はっはっは。当然だ。俺はガイアスにつこう」
それはミラの巫女のイバルであり、彼の登場にほとんどの者が引いており、彼の発言にミクニは笑顔のまま表情を固まらせる
「いや…こっちも遠慮するよ。ジャオの抜けた穴なら私が全力で埋めるから」
「なっ!俺がお前に負けるというのか!?」
ティポと同様にこっちに来られても困る、と思わず本音を口にすれば、イバルはミクニを指差してきた
彼の態度に怒りを覚えるわけでもなく、どうしたものかとミクニは参謀であるウィンガルを仰いだ
「それじゃ、ウィンガルが決めてよ。ジャオの代り、どっちがいいか」
「何故俺に振る…」
「だって参謀でしょ?」
「…くだらんな。アレには捨て石にでもなってもらえばいいだろ」
「す、捨て石だと!?」
「え!?ウィンガル、連れていくの!?」
話を振れば、冷めた目で捨て石としてだがイバルが同行することを許すウィンガルにミクニはプレザとアグリアと共に唖然とする
「どうしよ…ウィンガルの頭が可笑しくなったみたい」
「馬鹿にしているのかお前は!」
「だって、ウィンガルなら断固拒否しそうじゃん」
「俺が好き好んで連れていくと思っているのか?……ああいう手合いには言った所で無理についてくるから面倒なだけだ」
「…ああ、なんだそういうことか。なるほどね」
無駄な労力を使っても意味がないと判断したらしく、ウィンガルの言葉にイバルの今までの行動を思うと妙に納得した
「おい!こそこそと話すな!」
「はいはい。ウィンガルが許したから来るといいよ。でも、足を引っ張ったらないようにね」
「ふん!俺様が足を引っ張るわけがない!余裕だ、余裕!」
「…………」
「よ…余裕だ!」
後ろで地団太するイバルの様子に軽くため息を吐き、親切に足を引っ張りガイアス達の迷惑にならないように忠告する
そんな心配などする必要はない、とイバルは得意げに言い返してきたがガイアスの無言の威圧感が込められた鋭い視線に腰が引けていた
「やっぱ…すっごく不安…」
「…行くぞ」
またしてもため息をつき、ウィンガルと同様に付き合う暇などないとばかりにガイアスはジルニトラの内部へと向かいだす
「偽物!貴様には負けんぞ!」
「早く来なさい、おバカさん」
「無礼な奴だ!だが、許そう」
「はいはい。ならさっさと行こうか」
「おい!押すな!」
こんな時までジュードに突っ掛かっている彼にプレザが呆れた声を出し、ミクニは待ってられないようにイバルの背中を押す
突然、背中を押されたことで倒れそうになったイバルが文句を言ってきたが、ミクニは軽く流した
「………アル」
「なんだよ?」
イバルを先に行かせたミクニだったが、ミラ達―――アルヴィンを見ているプレザに気づく
「…死なないで…」
「…プレザ…」
彼を見つめるプレザの横顔は切ないもので、彼女は何かに耐えるように背を向けた後、囁くようにその言葉を言った
そこに込められたものの全てを悟ることなど出来ずミクニはアルヴィンを少しばかり捉えた後、プレザ達と共に本来の目的に勤しむことにした
扉を越えた先でまず目にしたのは待ち伏せをしていた多くの兵士の姿
「わー。歓迎されてるね」
「無駄口を叩くな」
「わかってるよ」
「行くぞ!」
それに微笑みを崩さずにいれば、剣を引き抜いたウィンガルに構えろと言われ、ミクニはプレザとアグリアの前に立ち弓を持つ
そして、ガイアスの掛け声と共に刃を交える音が響きだした
「全てに構う必要はない。奥への扉を目指す」
戦いつつ冷静に周囲の状況を見渡したウィンガルが示すのは、敵の向こうに見える扉
皆返事を返さないものの、リリアルオーブを通してかお互いをサポートして道を切り開いていく
完璧な彼らの連携にミクニは感心しつつ、遠方から黒匣を放とうとしている敵を捉えて空中から矢を打ち込んだ
《虚空閃》
力を纏った矢が見事に相手の黒匣を破壊したのを確認して次への攻撃に備えるが、ミクニは地上へ降り立つ最中あり得ないものを見る
「とりゃーーっ!!」
(…ミラごめん。あの子、本当に馬鹿なようだ)
ウィンガルの言葉が理解できていなかったのか、イバルは単身で敵へと突っ込んでおり、一緒に行動しているのが無意味としか言いようがなかった
それに対する正直な感想をミクニは心の中でイバルの主であるミラに告げた
「救いようがねぇ馬鹿だな…」
「はぁ…さっそくウィンガルの言うように捨て石になりそうね。あのおバカさん」
アグリアが馬鹿にしてからかう所か引いているのがその酷さを物語っており、盛大にため息を吐く
「…どうする?助けようか?」
「ちょうどいい。放っておけ。今のうちに俺たちは先へ進むぞ」
「馬鹿は死なねぇって言うしな」
「そうね。生命力は人一倍強いみたいだし」
(馬鹿にしている言葉が正論のように聞こえるよ)
(そして、それに何も言えないのがね…)
敵兵に1人囲まれだすイバルにガイアス以外が其々一言言い終えると、ガイアスを先頭に敵を振り払って船の内部に続く扉を通り抜けて行く
「…まぁ、捕まれば少しは反省するかな…」
敵兵に拘束されようとするイバルの姿にミクニも一言言ってから、彼を生贄に内部へと潜入した
「さてと、このまま―――っ!」
背後で扉が閉まった音がすると同時に、船全体が揺れ動いたのを感じてミクニは瞳を丸くした
「今の揺れは…」
「また…精霊が死んだ…」
「…それってまた、クルスニクの槍が使われたということね?」
「こう頻繁に使われてたら…精霊はもちろんだけど、リーゼ・マクシアの人々の命が奪われるのも時間の問題だよ」
「これ以上リーゼ・マクシアを好きにはさせん!先へ向かうぞ!」
僅かに開いていた精神に精霊の叫び声が届くが、それはすぐに大量のマナの流れと共に消え失せる
拳を握りしめ、吐きだすようにミクニが告げれば、ガイアスもプレザ達も表情を険しくした
「…てか、何だよこの船?」
まだ敵兵が駆けつけていないうちに船の内部を歩いていたが、アグリアがまず声を漏らした
「戦艦とは思えんな」
「たぶん、これは客船だね」
「客船だと?」
戦艦とは言い難い煌びやかな造りをしており、王や貴族でも住まうような城を思わせる内部にウィンガルを唐突に皆が訝しむ
その作りから客船だと判断して、ミクニは近くの地図らしきものが表示されている画面を指差した
「ほら、この案内板だけど此処に…“りょかく…じるにとら”って」
「お前…あれだけ教えたと言うのに、そのたどたどしい発音は何だ…?」
一際大きく表示されている言葉を読むミクニの発音にウィンガルが呆れにも似た視線で咎めてくる
数カ月の間にこちらの文字については教えたというのに、以前に比べて明らかに悪くなっている様に怒っているようだった
「ちょっと待ってよ!ウィンガル!文字を良く見てから、睨むか判断して!」
「良く見ろだと…?」
「あら?異世界だから、少し文字の癖が違う様ね」
「でしょ!」
プレザの言う通り、異世界であるエレンピオスの文字はミクニが習ったリーゼ・マクシアの文字と様子が違う
だから仕方ないことであり、ウィンガルも納得するかと思ったが、それは見事に打ち砕かれる
「何が“でしょ!”だ!基本同じだろう!」
「ひっ!で、でも…リーゼ・マクシアの文字で精一杯な私からすれば、別物で…」
「それはお前がしっかりと覚えないからだ!俺が自ら教えてやったというのに…城に戻ったら覚悟していろ」
「…ウィンガルの鬼っ」
「そうか。ならば、今までの倍以上で教育してやろう」
「……(私、死んじゃう)…」
リーゼ・マクシアのことをご教授してくれているウィンガル
この時のウィンガルの顔は、スパルタである先生としての顔であり、ミクニは「もう、カン・バルクに戻りたくない」と心底思った
「はぁ……にしても、この地図の様子からクルスニクの槍があるとすれば、此処が一番怪しいか」
「だろうな」
気を取り直すようにミクニは画面に向き直ると、槍がありそうな場所を検討する
その場所には参謀であるウィンガルも同意してくれた
「でも、こんだけわかりやすいと…豪華客船だけど相手には黒匣があるし、何か…」
「何やってんだよ、化石」
「いや、何か罠が張られてないかなぁって思って」
「前から思っていたけれど、ミクニって機械の扱いに長けているのね」
「立場上、必要な知識でもあったし…昔、こういう類で色々とあったから」
地図が表示されている画面の隣に設置されているパネルから、何か得られないかとアクセスしていれば、アグリアに問われ、その様子にプレザが首を傾げた
その問いにミクニは画面から視線を外さず、指を動かしながら苦笑い混じりに答える
「色々と?」
「うん…よくない問題が起こってね」
遥か昔に封印された魔導器のことが頭を占め、辺りに満ちる黒匣に今一度魔導器を重ね合わせるミクニの声に憂いが帯びるが、それ以上追及されないようにミクニは機械に集中する
(…それにしても、異世界の文字か…)
パネルに指を奔らせる中でミクニは自分の世界の文字に想いを馳せる
リーゼ・マクシアはもちろん、エレンピオスの文字も自分は知らない
けれど、教会に残されたあの文字は間違いなくミクニの知る文字である
(あの古代語はもちろんだけれど……文字は違えどガイアス達の言葉が通じるのも)
ガイアス達の言葉が通じるのは別に不思議とは思わなかったが、彼らの名―――いや、字はどうだろうか?
単なる偶然かと思っていたが、その発音から連なる意味はミクニの知る古代語と通じるものがあった
けれど、この世界がテルカ・リュミレースの未来であり、長い時間が経ったことで文字が新たな時代に合わせて進化したとすれば、それは偶然ではなくなる
そう、文字だけが変わっただけであり、根本は同じだと言えるのだ
「何かわかったのか?」
己の世界の答えが既に手に入りかかっていることを面に見せることなく、いつもと変わらない表情を取り繕ってパネルから指を離してガイアス達を振り向く
「至る所に侵入防止の封鎖線?というのが用意されているみたいだから弄ったんだけど、目的への道に設置されているのは此処からじゃ無理なんだよね」
「はぁ?それじゃ、意味ねぇだろ!」
「大丈夫。その封鎖線とやらに繋がる発動機が2つあるみたいだから、それをぶっ壊せばいいんだよ」
「それにしても、ミクニの機械の扱いは本当にすごいわね」
「ふふ。私って天才だからね!」
「ばかも休み休み言え。場所がわかっているならさっさと行くぞ」
褒めていいよ、と言うように腰に手を当てて言えば、ウィンガルに一刀両断されてしまう
「もぉ。酷いな、ウィンガルは…」
「ミクニ」
「何?ガイアス」
「……いや、気にするな。精霊のためにも槍の元へと急ぐぞ」
「うん。リーゼ・マクシアのあらゆる生ある者のためにもね」
ガイアスを見上げれば、彼は何かを探る様にミクニの瞳の奥を見つめてくる
何かを聞かれるかと思うが、ガイアスはそう言うだけであり、ミクニも言い淀んだ様子を探ることなくガイアスと共に足を再び動かし始めた
(…同じ世界なら、私は…)
(ううん…同じ世界でないとしても、私はこの脅威からガイアス達を守る)
(今までそうしてきたように…始祖の隷長として…何よりも、皆との誓いのために…)
弱い意志を偽りの強さへと変えるように、ミクニはぎゅっと愛用の弓を握りしめながら心の中で呟いた
近づく事実を拒絶するのは、獄を下すことになるから
(H23.12.24)
修正日(H24.3.12)
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