戦艦の準備が整ったと連絡を受けて船へと向かえば、戦艦には選抜された兵士が集っており、ア・ジュール兵とは異なった鎧に身を包むラ・シュガル兵もいた

それがローエンによりものだとウィンガルに聞いていたため、彼が元参謀総長であり慕われていた事を実感させられる


“さすが参謀総長”

“参謀か…だから、あの時あの男は勝負を挑んだというわけか”

“きっとローエンに憧れてたんだよ”

“今は軍人ではないということから手合わせ出来なかったのが悔しかったのか”

“何だかウィンガルって恋するおとm…”


ローエンに対抗意識を燃やしていたウィンガルについてエルシフルと共に脳内電波で楽しそうに会話をしていたミクニの意識が削がれる

にこにこと見ていたためかウィンガルがジロリと睨んでいた

まさかウィンガルは精神の声を拾える能力を持っているのかと内心不安に思いつつ、ミクニは誤魔化すために笑みを向ける

それにより疑いが消えたのか、彼はミクニから視線を外すと兵士達の前に凛と立つ主の背に声を掛けた


「……陛下、皆に一言を」


片翼の声で伏せていた瞳を開き、ガイアスの曇りのない瞳が兵士達を見渡す


「かつて俺たちはリーゼ・マクシアの覇権を争い、互いに剣を向けた。だが、この戦いはこれまでとは一線を画するものだ。敵の本拠地、ジルニトラの場所はすでにわかっている」


昨日まで敵同士だった者達の心を一つにさせるような力強い言葉を紡いでいく


「臆するな、我が同胞よ!信頼せよ、昨日までの敵を!我らの尊厳を再びこの手に!!」


迷う事のない意志を持つ彼の存在により、ア・ジュール軍はもちろんラ・シュガル軍の士気が高まる


(君はすごいよ…ガイアス)


その後景はガイアスが人を惹きつけ、責任を持って上に立てる存在である証明であり、ミクニは称賛した


「船を出せ」

「お、お待ち下さい!」


兵士達の戦いに対する意気込みを確認してウィンガルが船橋に指示を出した時、非常事態を知らせる声が響く


「リーゼ・マクシア全域に高出力魔方陣の展開を感知!」


(まさか!)


その報告を耳にするのと同じくミクニの背筋に悪寒が奔り、彼女は半身と共に空を仰いだ


「来ます!!!」

「くっ―――!!」


体の重力が変化したように負荷がかかり、ミクニは思わず膝をつきそうになるがマナを操り耐える

けれど、自分と同様にマナを操る術を持つエルシフル以外は身体からマナを強制的に奪われ苦しみに喘いでいた


(明星…)

「ミクニ…!」


飾りから明星を取り出したミクニに気づきエルシフルが呼び止める声を出す

けれどその声を聞かずにミクニは明星へと意識を集中した

途端、ファイザバードの時のようにミクニを中心に光が奔り、クルスニクに対抗する術式が船を包む


「船を上にあげさせろ!展開された魔方陣よりも上空へ行けば、影響はないはずだ!」

「っ、今すぐ船を出せ!!」


明星に意識を注ぐミクニを捉え、エルシフルが異変に気づいてこちらを振り向いたガイアスを急かす

クルスニクの力を阻んでいるミクニの姿にガイアスはすぐさま船橋に控えていた兵士に指示を出して船を上空へと飛翔させる


「ミクニ!」


ガイアスやウィンガル達が傍に寄ってくるのを感じつつ、ミクニは魔方陣を越えるまで明星へと集中しようとするが皮膚の下に違和感が訪れたことで瞳を見開く


(っ―――)


思わず明星の力を失おうとすれば、その前に見知った力が自身の身体をすり抜けていくのを感じ取った


“…後は私が結界にて防ぐ”

“エル…お願い”


船の上空にはもちろん、周囲にも張り巡らされた精霊術はエルシフルのモノだった

一時的とは言え瞬時にそれを行える半身の実力は桁外れだと思いつつ、自身を心配する瞳に微笑みかけて明星を下ろす


「ファイザバードの時と同じね」

「どういうことだよ?あたしにもわかるように説明しろよな、化石」

「どうと言われても…私がマナに干渉できるのは知ってるでしょ?エルも似たような感じだから、私達にはクルスニクの槍は余程じゃない限り影響はないんだ」

「俺たちへのクルスニクの影響が消えたのもそのためか?」

「私の場合は、明星がないと出来ないけどね」

「その剣のことか」


ガイアスの視線が手に掴んでいる刃へといくのを知り、ミクニはその神秘的な刃に触れる


「ずいぶんと大事そうにしていると思っていたけれど、そんな力があったのね」

「それもあるけど、これには想い出が詰まっているから」


(それに…)


穏やかな笑みのまま明星を飾りの中へと取り込んだ後、肌の感触を確かめるようにミクニは腕へと触れた


「…何処か痛むのか?」

「違うよ。ちょっと寒いと思って」

「そうか。だが、何かあるのならば言え」


些細なことにも気づいてくるガイアスに何でもないと首を振り、その気遣いに嬉しく思っていればアグリアが蹴りを入れてくる


「避けんなよ!」

「だって、痛いじゃん」


もちろん、それを難なくかわしてアグリアの相手をしようと思うが、船を包む結界が消え失せたことに気づく

魔方陣の上空まで上昇し、クルスニクの影響がなくなった証拠だ

それからガイアス達が兵士に指示を出し、ジルニトラの捕捉を急ぐ中、ミクニはエルシフルと共にその場に残る


「…ミラ?」


それぞれが動きだす中、1人でジュード達の元から離れていくミラが見え、その横顔が何やら思い詰めたようなものに見えてミクニは首を傾げた


“…あの者だが、自身の存在に不安を覚えているようだ”


隣のエルシフルを仰ぎ、ミクニはその言葉の意味を巡らす

それはミラが本物のマクスウェルという大精霊であるか否かだろう

本人がそれに対して不安を覚えているということは、彼女がマクスウェルでないと肯定しているようなものだった


“そう…エル、ミュゼからは何か聞いたの?”

“話はしなかったが、彼の者の様子からマクスウェルが別の場所にいるのは確実だろう”


己と離れている間に手に入れた情報は仮定を事実へと近づけるものであり、ミクニは驚くことなく、「ああ、やはりそうなのか」とわかりきっていたように呟く


(ミラ…)


既に姿を消したミラの心情を思うミクニだったが、いくつかの足音が近づいてくるのを知り、視線を変えた


「ジルニトラを捕捉した」

「同時に空中戦艦の艦隊がジルニトラへと集結しているわ」

「やっぱ、こっちが戦艦を奪ったことはあっちに知られてたか」

「だが、想定内のことだ。こちらの策には何ら支障はない」


ウィンガルは涼しい顔をして艦隊のことなど相手にしていない様子で言う

もちろんガイアスやプレザ、アグリアも同様であり、さすがだと思うミクニだったが、彼女もまた顔色を変えることなく戦いに備えて弓を腰に装着した


「言っておくが、陛下と共に同行するからには足を引っ張る事はするな」

「何度も言わなくてもわかってるよ。そんなに私の実力は信用ならないかな?」

「この者が言いたいのは、ミクニが無茶をしないかが心配だということであろう」

「なっ!?」


冷たいウィンガルの言葉に少々不満げにいれば、その言葉に隠れた意味を読み取ったエルシフルがにこやかに代弁する

正しくその通りだったのか、ウィンガルが慌てた色を見せたのでミクニは納得したように手を打った


「なるほどね。相変わらずウィンガルは素直じゃないな」

「勝手に勘違いをするな!」

「はいはい」

「だがミクニよ。ウィンガルの言う通り、無茶はするな」

「陛下、別に私は…っ」


視線を若干逸らすウィンガルにミクニが満足そうに笑めば、頭をそっとガイアスに触れられる

その行為に少し擽ったそうにするミクニだったが、そこへ突然の揺れが戦艦を襲った


「あれは…!」

「集めたマナか…それに大精霊の気配も感じる」

「四大のマナ…」


眩い閃光が天を貫くように伸びていくのが向かう先に立ち昇っており、それは明らかにマナの塊だった

それはリーゼ・マクシア人の、精霊の、そして捉えられている四大精霊のマナだろう

ミクニはエルシフルと共に難しい顔をして、空へと消えていく光を睨んだ


「光の発信源はジルニトラで間違いなさそうだな」

「あの光……再び断界殻に穴が……」

「けど、前とは違って、船が入ってこなかったわね」

「マナを送っただけだよ…君が言ったように異界炉計画で間違いなさそうだね」


背後で話しているウィンガル達へと振り返り、アルヴィンに視線を投げかけた


「最悪な現実だけは、嘘にならねえってのが皮肉だよな」


彼の言葉にミクニは過去を振り返ってか自嘲的な笑みを密かに浮かべた


「アハハハハ!上等じゃない!」


アグリアの笑い声が聞こえ、皆の視線が彼女が指差す方角の物体を捉えようとする

遠くの空にこの戦艦と同様の船が駆けてきており、ジルニトラに集められている敵の船だということは一目瞭然だった


「うわっ!」

「平気か?」

「ガイアス」


砲撃をしつつ速さを緩めることなく敵船が衝突してきたことで、激しく戦艦が揺れてミクニは思わず尻もちをつきそうになるが、傍に立っていたガイアスに支えられたことでそれは阻止される


「さっそくお出ましか」


揺れが治まる頃、黒匣の兵器を携えたエレンピオス兵が降ってきており、ミクニはガイアスから離れ、弓を手にすると慣れた動きで弦を引く


《牙連閃》

《スパイラルフレア》


纏わせた風の精霊術で鋭さを増した三本の矢を放ち、敵を射抜いていくミクニに対して、エルシフルが集約した炎の塊を天へと放った

それにより少なからず敵の戦力が削がれるが、二人の攻撃から逃れた敵が船へと降り立ったことで全面的に闘いが始まる

1人1人の実力はこちらが遥かに上だが、多勢に無勢


「これじゃ、きりがないよ!」


“エルシフル”

“ああ、わかっているよ”


敵が次々と地面に臥していくが、空から再び新手が舞い降りてくるのが見え、ミクニはエルシフルに目配せをする

すると、エルシフルは翼を広げて珍しく詠唱を唱え出した



《 天光満ところに我はあり 》



彼が紡ぐマナが空間を伝い、敵の戦艦の周囲に巨大な術式が展開されていく



《 黄泉の門開くところに汝あり 》



輝く術式から環状の光が船を捉えるように形成され、突如闇色の雲に覆われた空が眩く光り出した



《 出でよ神の雷…インディグネイション 》



澄んだ声がその名を響かせた直後、天の怒りに触れたように世界を白く染めるような光―――雷光が戦艦を貫く

凄まじい破壊の音が鳴り響き、船は煙を立ち昇らせて海へ向かって墜落していった


「うわっ!何あの術!!」

「…すごいです!」

「あれで本領じゃないからすごいよね」

「えっ!あの破壊力で!?」

「さすがは大精霊様ってか?」


その現状に幾人もが戦慄を覚える中、しれっとミクニが言えば、それを拾ったジュードとアルヴィンが驚いていた

事実、エルシフルが本来の力であの技を使用した場合、堕ちていく前にその電撃により爆発しており、逃げる猶予など与えない


「続々と来てるか…ガイアス、今のうちに船を!」

「船橋!このまま船をジルニトラへ突っ込ませろ!」


遠くから感じる黒匣の気配にうざったそうな声を出し、敵を蹴散らし終えたガイアスに視線を投げる

その意味を理解してガイアスが船橋に向けて指示を出せば、ミクニ達を乗せた飛空挺は降下していき、滑る様に海へと着地するとその勢いを保ってジルニトラに衝撃を与えながら隣接させた


「これでいいか?ミクニ」

「上出来だよ、エル」


この隙に皆が次々とジルニトラへと飛び移っていく中、ミクニも戻ってきたエルシフルと共に後に続こうとするが、小さな影を捉えて立ち止まる


「エリーゼ」

「あっ、ミクニ」

「さすがにエリーゼにはこの高さは無理か」

「そ、そんなことないです!ただ…」

「わかってる。エルシフル、エリーゼを」

「仕方ないな」

「きゃっ!」

「じっとしているといい」


傍にローエンがいて彼に抱えられて降りようとしていたエリーゼだったが、それでもさすがに怖さは消えないため躊躇をしていた

それを瞬時に察すると、ミクニはエルシフルにエリーゼを頼む

エルシフルはふっと笑うと、ティポを抱えているエリーゼの小さな体を出来るだけ優しく抱き上げた

突然のことにエリーゼとティポは驚いていたが、ふわりと風の抵抗もなく舞っていることに気づきエルシフルに向けて照れた笑みを見せる


「爺にも翼があればよかったのですがね」

「何なら、エルシフルにローエンも運ばせようか?」

「ほほう。それは是非ともお願いしたいものです」


最後に残ったローエンと軽やかに降りていく翼の持ち主を見送り、多少冗談を交えた後、二人も勢いよく飛び降りる

地面へ見事着地するとジルニトラへと集って来た新たな戦艦から敵が降り立ってきて、皆が相手をし始めていた


「もうっ…ごちゃごちゃと…うるさいっ!!」


数隻の船に再びエルシフルを向かわせようと考えるがその前に苛立った声が届く

それはお淑やかな印象を与えていたミュゼであり、彼女は不快だとばかりに上空に浮かぶ船の群れへと飛び立った


(っ―――あれが彼女の…力?)


ミクニの瞳が捉えたのは強力な術の球体が船を丸ごと包み、まるで押し潰すように次々と破壊していく様子

此処へと近づいていた全ての船が上空で破裂し、炎を纏った金属の塊として堕ちてくる姿からわかるのは、ミュゼの力が正しく大精霊のものであるということ

そして彼女が何故ミラの元へと現れたのかと言う疑問を持つミクニは、その力に懸念を抱き、敵を見るような視線を空へと向けていた



慈悲を感じさせない力はしさを増すばかり



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