追手のような二人を振り切り、カン・バルク城の外に出たエルシフルは一つため息を吐く


「…無邪気とは恐ろしいものだ」


人の子に掴まるような柔な存在ではないが、子供らしくはしゃぐ相手に些か疲れを覚えた

そもそも大精霊である自分に対して、あのようなことをしてくる存在などそうはいない

いるとすれば不逞な輩が主だ

昔よりは子供の扱いに慣れたつもりだが、ああなると難しい

いや、これは子供だからではなく、己の弱点であったのが原因だが…


「…ん?あの者は…」


少し離れた先で人とは違う気配を纏う浅葱色に近い揺れる髪

エルシフルのような鳥のような翼とは違った羽を持つのは、彼と同じ大精霊ミュゼだった


「…――――お前なら理由がわかるか?」

「自分の命は人を守るためのものなのに、自分から危険に晒している、ということ?」


彼女と対面しているのはマクスウェルであり、エルシフルは立ち止まったまま聴覚を研ぎ澄ますように彼女達の会話を拾う


「うふふっ。気のせいよ。姉の言葉を信じなさい。さあ、行きましょう」


上品に振る舞うとミュゼはミラに背を向けて先に城へと―――エルシフルの方へと滑る様に飛んでくる


「姉と妹の会話か?」

「っ…!…立ち聞きとは、ずいぶんと悪趣味なのですね」


人のよい笑みで語りかけてきたエルシフルに気づき、ミュゼは驚きを見せ身構える

その態度をエルシフルは気づかないふりでもするようにミュゼとの距離を縮めた


「悪趣味?妹を騙す者にそう言われるとは心外だな…」

「…貴方には関係のない事よ…」

「顔色が悪いようだな…あの者が矛盾に気づいているためか?」


ミュゼの頬に軽く触れて意地悪く言えば、ミュゼは子供のように脅えた表情を見せてくれる

エルシフルの言葉が的を得ていたのだろう

彼女の焦りが表に出たのがわかり、エルシフルは笑みを深くするとミュゼから離れようとした


「安心しろ、私から言うつもりはない」


背後で自分を行かすのを躊躇しているミュゼの気配を感じ取り、振り返る事なくそれだけ言うと1人で考え込んでいるミラの元へと向かう


「…何をしている?」

「ん?…お前は、エルシフル…」


何も知らないように寄れば、ミラが顔を上げてエルシフルを仰ぐ


「何でもない…いや、エルシフルならば…」

「私がどうかしたか?」


いつも通りの表情をして首を振るミラだったが、何かに気づいてエルシフルの瞳を覗くように視線を交差させた


「エルシフル…お前は私をどう思う?」

「ずいぶんと突拍子もないことを聞くな。それはどういう意味だ?好意を抱いているとかかい?」

「む?そうではない」

「冗談だ。そうだとしても私が困るしな。それで、どういう意味で聞いた?」


態とふざけたことを口にするとミラは眉を寄せていたが、エルシフルはくすりと笑うだけであり、その後もう一度聞き直した


「…お前は大精霊であろう?ならば、お前から見て私は…マクスウェルに見えるか?」


ミュゼとの会話からミラが自身の存在を疑っている事は察していたエルシフルにとって、その質問は驚くことでもなかった

エルシフルの瞳を直視することなく、口を閉ざして返答を待つミラの様子にエルシフルは微笑みを消すと、口を開いた


「聞くが、お前はマクスウェルという名が欲しいのか?それとも、世界を守るという存在である証が欲しいのか?」

「それは…」

「前者ならば、そう名乗ればいい。後者ならば、そうあろうとすればいい。己のことを私に決めつけさせたいのならば話は別だが」


彼女が知りたい事は、自身が本物のマクスウェルか否かということだろうが、エルシフルは敢えて諭す様な口調でそう言うだけだった


「…確かにお前の言う通りだな。すまない、変な事を聞いた」


エルシフルの言葉通り、自分のことを他人に評価させても意味などないことはわかっているのだろうが、その心中では疑惑が消え去っていないことが瞳から窺える


(教えたところで、この者の根本的な惑いは消えないだろうが…)

(これからのことを考えると、ミクニへと支障が出る事が否めないな)


彼女の個人的な問題に関わりお節介を焼くほどにエルシフルはお人よしではない

けれど、ミラと言う存在が無茶をしでかすのを知っているエルシフルは、そこに一抹の不安を覚えて忠告する


「最後に一つ言っておこう…今のお前は人の身。マクスウェルについて悩むのもいいが、それを立証するために無茶な行動は起こすな」


ミラの脚へと装着された青い石から伝う精霊の鼓動を感じながら、エルシフルはミラに背を向けて誰よりも身を案じるべき存在の元へと戻ることにした



己のの価値は、他人ではなく己が決めるものなり



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