愛した人と同じ名を与えられ、ミクニの前に現れた子

最初こそその名を持つだけで辛さを覚えたというのに、健気に自分に笑いかけてくれる姿にいつしか私はリユを恋しく思った

恋とか、そんなのではなく、例えるなら幼い頃にユーリを見守ってきた感覚

そう、私はリユを弟…いや、子供のように思っていた

だからこそ、リユが必要以上に近づくことを許してしまった

思えば、私がそれを許すことなくいれば、リユは私を狙いに来た輩によって命を奪われる事はなかっただろう


(…リユ…)


傍から見れば、従者のように慕ってくれた存在のことに思いを馳せていれば、小さな子供を捉える

レイアと共に歩く、エリーゼの姿だった


(そういえば…エリーゼより、小さかったな)


リユという存在に初めて出会ったのは、彼がエリーゼより小さい頃だったと思っていると、彼女達がこちらに気づいて駆け寄ってくる


「何してるんですか?」

「ちょっと考え事。他の皆は別行動?」

「皆どっかに行っちゃったんだー」

「つまんないよね」


ミラ達はそれぞれ何かあったのか何処かに行ったようで、エリーゼとレイア、そしてティポと共にうろうろしているらしい


「数時間後には敵の本拠地に乗り込むからね。皆思う事があるんだよ…エリーゼとレイアも行くんだよね?」

「もちろん!」

「不安じゃないの?エリーゼもだけど、レイアも元々は普通に生活している子でしょ?」


エリーゼが強い術を扱える事はもちろん、レイアも中々な腕前であることは窺えたが、二人は若い上に軍人でもない子供だ

理由はどうあれ、ミラについて来ているということは、それなりに覚悟があるのだろうがミクニは二人を心配する


「不安がないと言えば嘘になっちゃうけど、此処まで来たら放っておけないよ!それにジュードが行くなら、私も行かないとね!」

「私もです!ジュードもミラも友達だから…私、友達の役に立ちたいんです!」

「エリーゼだって強いしねー!」

「そっか。でも、無茶しないでね」


幼馴染、友達、あるいは仲間を思って行動しているという二人の姿に、懐かしさと羨ましさを覚えた

出来る事なら、この件には二人のような子らには参加してほしくないという気持ちもあったが、彼女達の意志であり、仲間を思う故の行動を思うと反対することなくミクニは微笑む


「心配は無用だよ。いざとなったら私の棍術が炸裂しちゃうから!」

「私は術で皆をサポートします!」

「エリーゼとぼくがいれば、へっちゃら「にしても、今更だが」…な、なにすんだー!離せ―!」


意気込む姿を見せるレイアとエリーゼ

そして彼女達の話に混じって宙に浮かぶティポだったが、ある人物の前へ来た瞬間、その柔らかな頭を掴まれる

それにティポはもちろんエリーゼも驚いており、ミクニはその人物―――エルシフルの行動に苦笑いした

じっとティポを見ていると思ってはいたが、彼は掴んだティポを物珍しそうに覗きこむ


「み、見つめちゃ…いやー」

「安心しろ。私はミクニにしか興味がない」

「ガーン…」

「一応聞くが、こういう生物なのかい?」

「ティポは、その…」


ショックを受けているティポを観察した後、エルシフルがエリーゼに聞けば、彼女は項垂れた

カラハ・シャールの時からミクニも気になっていたが、その様子から聞いてはいけないことなのかと思う

それはエルシフルも察したのか、そっとティポを彼女へと返そうとするがその前にティポが動く


「ボクはブースターで動いてるんだってー」

「え?」

「…ティポは、私の考えを話していたんです…」


その話にミクニは瞳を丸くする

何らかの術によるものかとは思ってはいたが、ティポを大切な友達であり家族としていたエリーゼにとっては辛い事だろう


「でも、ティポがエリーゼの友達なのは変わらないよ!」

「レイア…」

「偶にはレイアもいい事言うねー」

「てぃ、ティポ!偶にじゃないです!」

「なるほどな。ようは、そのティポの正体がわかっただけだろう?その娘が言うように、お前がティポを友と思っているならば、友だ」


落ち込んでしまいそうなエリーゼにレイアが励ましの言葉を掛ければ、エリーゼが嬉しそうな表情を浮かべたが、自身の思いを代弁するティポの言葉に慌てる

その微笑ましい様子をミクニ同様にエルシフルが見守っていたが、彼は次には優しくエリーゼの頭を撫でた

エルシフルのその行動にエリーゼは少しばかり驚きをみせるが、すぐに子供らしい表情を見せる


「くすっ。でも、レイアやエルシフルの言う通りだよ。ティポがどんな存在でも、エリーゼと過ごした日々は嘘じゃないよ」

「レイア、ミクニ…それにエルシフルもありがとうです」

「ミクニ君はもちろんだけど、エルシフル君もいいヤツだねー」


そして彼女は満面の笑みで頷いてくれ、それに反応してティポも笑みとなる


「でも、何でウィンガル…私にブースターのこと教えないようにしたんだろ…?」

「そういえばミクニは、増霊極のこと知らないんですか?」

「え?そうなの?でも、あの人も使ってるんじゃなかったっけ?」

「あの人?」

「フォーブの黒いお兄さんだよー!」


ティポが言うのはウィンガルの事だろう

ならば、自分に関わる事だから知られたくなかったのだろうか?


「因みにさ、増霊極の機能は何?」

「えーっとね、何かマナの量をブアーって増やすらしいよ!」

「霊力野に作用して、マナを多く出させるらしい、です」


(マナを多くする…)


増霊極の機能を聞き、ミクニはすっと瞳を細める

マナを多くするということを聞き、思い返せばエリーゼのマナは他の者と比べて多かった

そしてもう1人の増霊極使用者のことを振り返る

彼と刃を交えた時に何度か見せられた変化

マナが普段よりも増幅して、髪が真っ白になったウィンガル

何かがあるとは思っていたが、あれは増霊極によるものなのだろう


(でも、マナの量を変えるとしたら…もしかしてあのマナの異常も…)

(ううん…けどそれなら、エリーゼは?)


ウィンガルを苦しめているのが増霊極かと思うも、同じ使用者であるエリーゼにはその様子はなさそうだった

エリーゼに聞けば何かわかるかもしれないが、少女にいらない不安要素を与えるわけにもいかず、ミクニは増霊極のことを考えるのをやめる


「ねぇ、ねぇ。気になってたんだけどさ、何でエルシフル君、頭隠してるの?」

「翼同様、このようなものがあれば、変に見られるからな」


増霊極の話が終わりを見せると、レイアがじっとエルシフルを見上げた

その指図を受けて、エルシフルは布で隠している髪に紛れた動物の耳のような部分を見せる


「でも、ミュゼは普通に飛んでるよ」

「私は騒がれるのは好まない」


確かにジュードに使役されているミュゼは人の目を気にすることなく出現しては飛んでいるようだった

お陰でその姿に驚いた声が城の中に溢れていたのを思い出す


「でも、勿体ないです…!」

「勿体ない…?」

「だって、動物みたいで可愛いです!」

「それ私も思った!それ、猫や犬みたいに立たないの!?」

「レイア、ずるいです!」

「っ…!」


物珍しいその部分に刺激されて、エリーゼとレイアの瞳が心なしか輝いており、その後起ることを何となく予測した

するとミクニが思った通り、エリーゼよりも身長があるレイアがエルシフルの頭へと手を伸ばす

だが、その動きを捉えた瞬間、エルシフルの穏やかな表情が崩れた


「エルシフル君、逃げないでよ!ちょっと触るだけだからさ!」

「いや…すまないが、無理だ」

「何でですか?」

「何もない。それに、触ったところで面白い事もない。これは単なる飾りのようなものだ」

「えー、それなら別にいいじゃんかー!」


何処か焦ったようなエルシフルは、詰め寄ってくるレイアとエリーゼに一歩後退すると、救いを求めるようにミクニを見た

それにミクニも気づいたが、余り見る事の出来ないエルシフルの動揺に彼女は意地悪な笑みを作る


“ミクニ…この者達を”

“たのしそうだね、エル”

“……ミクニ…”


明らかに楽しんでいる主の意志を聞いた瞬間、エルシフルの表情が固まったがそのような猶予はなかった


「それにそこまで拒否られると…」

「…気になります」

「…待て、お前たち……っ、こうなれば」


是が非でもその頭のモノを触ろうと意気込む二人の姿にエルシフルは言葉ではどうにもならないと判断すると、一つ息を吐き、瞬時に二人に背を向け、逃走した


「あ!逃げた!」

「逃げちゃダメです!」

「待てー!エルシフル君を捕まえろー!」

「エル、頑張れ」


そして、それを許さないとばかりにレイアとエリーゼは顔を見合わせると、エルシフルを捕まえるために走りだす


「……無邪気だな」


緊迫した現状が嘘のように思わせるはしゃぐ後景に、ミクニは様々な平穏な日常を重ねて、瞳を和らげた



天真爛漫な情景に連ねる、となった過去



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