街に残っているエレンピオス兵に向けて戦艦を奪ったことを伝えれば、彼らは勝ち目がないと判断して次々と降伏していく

街と城を奪還出来た事により、ア・ジュール兵が船へと駆け寄ってくる


「ミクニ、何をしている?」

「うん?これだけ大きい黒匣だと精霊に影響が出るから、少し手を加えてるんだ」


艦橋にて1人でこの飛空挺の情報を展開していたミクニの元へとガイアス達が来た

前に物質の情報展開については多少説明しているとは言え、その異様な後景に彼らは訝しんでいた


「“リゾマータの公式”を用いるのか?」

「そうしたいのは山々だけど、“ヘルメス式”から“リゾマータの公式”に書き換えるのは難題だよ。機械の配列とかも弄らなくちゃいけないだろうし…何よりも私だけじゃ無理だよ」

「……何を言っているのか俺達にもわかる様に言え」

「まぁ、精霊に出来るだけ影響が出ないようにしているってことだよ。ちょっと掛るから、ガイアス達は戻ってて」


リーゼ・マクシアの者に通じない話であるため、ミクニはそれだけ言うとガイアス達を先に城へと行かせ、エルシフルと共に少しばかり船の操作を続ける


「だがミクニ。これで精霊に影響は出ないとしても、正常に動くのか?」

「それは大丈夫だよ。ただリーゼ・マクシアにあるマナが薄れれば、動かなくなるか、精霊のマナを奪うだろうけど…」


精霊に影響を出さないようにマナを抽出する機能を抑制するが、黒匣がマナを消費するのには変わりなく、黒匣と言う兵器が世界を乱すのには変わりないということ


「そしてマナは“枯渇”していく……せめてもの救いは“暴走”でないということか」

「…そうだね」


意味深に言ってきたエルシフルの言葉に、情報の展開を終えたミクニは己の髪飾りに触れ、遠い昔の出来事を脳内に巡らした後、船を兵士に任して城へと向かった

1人の兵士に皆の居場所を聞けば、謁見の間にいるということでそのまま階段を進む


「ミクニ君とエルシフル君だー!」

「何をしていたんですか?」

「ちょっと船の様子をね」

「出発までに時間はかかるか?」

「操作に慣れるまでに時間がかかるから、昼過ぎまではかかるよ。それまで皆休んでたら?」

「では、それまで休むとしよう」


ミクニとエルシフルに最初に気付いたのはティポとエリーゼだった

二人を始め、ミラ達に敵の本拠地に行くまでにはまだ時間があるということを伝える

それにより、各自で行動しようとミラは提案すると背後に控えていた巫女を振り返った


「…イバル、お前は今すぐに二・アケリアに帰れ」

「で、ですがミラ様!俺はミラ様の巫女です!」

「前にも言ったはずだ、お前には二・アケリアの者達を任すと。今の状況がわかっていないわけではあるまい」


腕を組んだミラは、力強い声でイバルに命令を下すが、彼は渋る

話を聞いていると、ミラはイバルに二・アケリアを守る様に命じていたらしく、彼はそれを放棄してミラを追ってきたらしい


「く〜〜〜っ!!偽物!元はと言えば、お前のせいだ!!お前さえいなければ、俺は!」

「イバル!!」


言い訳ができなくなり、彼はジュードを指差して睨みつけようとするがそれをミラが咎める

主君の怒声にイバルは肩を跳ねあがらせ、悔しそうに項垂れた

その様子を黙って見ていたミクニだったが、静かに彼の傍へと近づく


「ミラを慕っているんだね、君」

「っ!当たり前だ!俺は小さい頃からずっとミラ様の巫女なのだからな!」

「小さい頃からね…でも、慕っているならミラの言い付けを守ってあげた方がいいよ」

「黙れ!俺は巫女としてミラ様を御守りすることが、」

「彼女の意志を無視して守りたいと言っても、それは単なる自己満足だよ」


ミクニの言葉にイバルは声を詰まらせる


「守りたいのはわかる。でも、ミラにとって大事な者を守らずにミラを守りに来ても、ミラは嬉しくないよ。それに君が危険を冒してまで守ってくれてもね」

「…貴様に…貴様に何がわかる!!」

「何もわからないよ。でも、君はミラを大事に想っている故に、盲目になりすぎている気がする。そう思うから、これ以上取り返しのつかない事態が起こる前に忠告しておきたくてね」

「っ……」


ミクニの言いたいこと―――ファイザバードの件を思ったのかイバルは顔を背けて何処かへ行ってしまった

その背を見ながら、少し言いすぎたかと思うも、忠告しておかなければいけない事だった

慕う事は悪い事ではない

けれど、彼の場合はミラを慕うあまり、周りが見えていないようにミクニには映っており、ファイザバードの件も然り、危険に思えた


「…強く言いすぎたかな。ごめんね、ミラ。迷惑だった?」

「いや。あいつにはあれくらい言った方がいいのだろう」

「にしてもミクニって、前々から思っていたけど達観しているように感じさせるよね」

「そんな事はないよ、ジュード君」


(ただ、重ねているだけだから)

(慕う事で道を間違えることをやめてほしいからだよ)


ジュードに向けて小さく微笑んだ後、そこで話を終えればそれぞれ動きだしていく

その最中、ミクニは一瞬だけジュードの背中を視界に捉えた

カラハ・シャールの時に比べて、少しだけ彼は変わったように見える

未だにミラのような存在に対して憧れを抱いているだろうが、あの時とは違って自分の意志というモノを持ちだしている気がした

ただ、あの時と同様に彼女が消えてしまえば、自分で立てなくなるという不安要素は消えていないが…


(…ジュード君は、そのまま自分の意志を持てばいいけど)

(あの子…イバル君は、どうだろうか)


「…慕う事はいい事だけど…その行動は、慕われている存在にとっては時に重荷になるというのに…」


慕ってくれることはいい事だが、それによって自分の人生を犠牲にする者だっている

それは慕われる存在によっては重荷でも何でもない

自分のために、と命を犠牲にされても嬉しくなんてないのだから


「“リユ”のことか?」


城の中にある水辺へと近づき、その中央で炎々と燃える焔を瞳に映していれば、零した言葉の意味を知るエルシフルが、脳裏に浮かべていた者の呼び名を代りに口にする


「……あの子も、私なんか慕わなければ長生きできただろうに…」


その炎の向こうにその存在を思い描きながら、ミクニは冷めた口調でそう言った


「…最後に君は、どんな思いでいたんだろうね……リユ―――」


記憶の群れから探るは、そう遠くない想い出であり、悲哀な出来事

ミクニがテルカ・リュミレースにて、最後に涙を流した人間の事だった…―――



テルカ・リュミレースの緑溢れる大地にてミクニはエルシフルと共に過ごしていた

共に世界を旅し、見守ってきた仲間が誰もいなくなった後、ただひっそりと人が再び過ちを犯さないように同胞である精霊と共に見守っていた


「ミクニさん」


それを数百年続けてきていたミクニを誰かが呼ぶ

崇めるでもなく、人として接するように名を紡いでくれる

エルシフルでも、他の精霊でもない声に呼ばれて瞼を持ち上げれば1人の青年がいた


「まださん付けの癖が抜けないんだね。リユは」

「あ!ごめんなさい……ミクニ…」


呼び捨てにするだけで照れたような表情をするのは、まだ若い青年であり、精霊を―――そしてミクニを慕う者で出来た里の者だった


「ほんと、リユは純粋だね」

「別に俺は純粋ではありません。ただ里では、ミクニを呼び捨てにしてはいけませんから…それで慣れていないだけなんです」


里の者の中で唯一呼び捨てにしてくれ、こうして会いに来てくれるリユ

その行動が里の者のように“懸け橋”として慕っているためか、純粋に自分を見ているためか、それとも両方か

どちらにしろ、リユは寂れたミクニの日々を変えてくれる存在であった

そのリユを幼い頃から見守ってきた

それをこの先数十年続けていくはずだった

だがそれは、呆気なく終わりを迎えた


「……リユ…」


腕の中に存在する者の頬をミクニは撫でる

蒼白となった頬は次第に冷たくなっていき、彼から伝うのは体温ではなく、血という生温かさだった


「……私の事などさっさと言えばよかったのに…」


辿りついた時、見つけたのはミクニを狙ってきた輩がリユの命を奪った所だった

何故そうなっていたのかわからない

里の者にはもちろん、リユにもそういう輩に出会った場合には自分の命を最優先にして通すように言っていた

そうすれば、必要以上に己のせいで誰かが死ぬ事はなかった


「……なんで、言わなかった…」


息をしていないリユの姿に顔を顰め、ミクニは遣る瀬無さに唇を噛みしめる


(…何故、そうしなかった…)

(…私を…守ろうとしたのか?)

(だとしたら……愚かだよ)

(…そんなこと…私は…)


「…ミクニ…」


俯くミクニの背にエルシフルが声を掛ける

面を上げれば、エルシフルがそっと何かを差し出した

所々に血のついたソレは、一枚の絵であり、リユの物で間違いなく、そこに描かれている姿に胸が苦しくなる


「…リユの…ばか…、」


視界が霞み、彼の頬に水滴が落ちては彼が涙しているように流れる

その姿を見つめた後、ミクニはもう一度絵を見る


彼が最後に描いていた絵―――笑顔の、自分を


(ねぇ…リユには、私がそう映っていたの?)


着飾ったような絵ではなく、他の人間と変わらないように笑っている自分の姿


彼にはそう見えていたのだろうか?

彼は、私をどう想っていたのだろうか?

最後に何を想ったのだろうか?


それはミクニにはわからなかった

ただわかるのは、自分のせいでリユが死んでしまったということ


「……君と出会えてよかったよ、リユ…そして―――」


彼の死を胸に刻むようにミクニは涙を流していくと、別れを告げるために彼の耳元へと唇を寄せて囁く



―――さようなら、ユーリ……私が愛した人と同じ名を持つ人よ



その名の意味を教えるかのように、最後に彼の真の名を口にした



愛する人を想うからと、げなかった君の名



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