「起きやがれ!化石!!」

「ぅうっ…」


地震でも起きた様に頭が揺れて意識が覚醒させられる

脳内に響く怒鳴り声と揺さぶりにミクニは薄らと視界を広げた

ぼやけた視界で赤色が見え、次第にそれは少女の形をしていく


「…アグリア…Good…morning…」

「変な言葉使ってんじゃねーよ!てめー、陛下と何一緒に寝て…その上、だ、抱きついてっ」

「その辺にしなさい、アグリア。陛下に嫌われるわよ」

「っ…」


プレザの忠告により、掴まれていた胸倉が解放されるとミクニは気にしてないように欠伸を一つした

そこでようやく意識がまともになり、プレザとアグリアが目前にいる事に気づく


「…朝?」

「そうよ。貴方、休んでいた方がいいんじゃない?」

「ふぁ…大丈夫だよ。うん、平気、平気…」

「ふふ。余程寝心地がよかったのね。陛下の腕の中は」


眠気を払おうとするミクニだったが、くすりと悪戯気に言ってきたプレザの言葉で瞳を見開くと、恐る恐る周囲を見渡した

そこで自分がガイアスと共に寝ていたことを思いだし、困った表情となる


「…プレザ、違うんだよ…私はプレザの方で」

「私の方で寝ようとしていたのは知っているわよ。でも貴方、陛下に抱きついていたわよ?」

「…え?」

「その上陛下が起き上がろうとしたら、まるで離れたくないみたいに服を掴んでいたのを覚えていないの?」

「そのお陰で陛下は迷惑してたんだよ!化石!」

「迷惑どころか、嬉しそうだったでしょ?」

「っ、ババア!余計なこと言うんじゃねぇ!」


プレザの楽しそうな笑みと、顔を赤くして怒鳴るアグリアの様子から、冗談ではないと察する

確かに寝相が悪い時があるのは事実だったが、よりにもよって人前でしかも相手がガイアスだと思うと、ミクニは恥ずかしさを隠すように苦笑いを浮かべるしかなかった

その後、プレザとアグリアと共に教会の外へと向かうとガイアスとウィンガルがいた


「…やっと起きたか。そのまま起きなければ良かったものを」

「でも待っててくれたんだよね?」

「誰もお前など待っていない。変な期待はするな」

「……また捻くれてるんだね、ウィンガルは」

「何だと…?」

「…なんでもありません」


呆れた視線を浴びせてきたウィンガルの素直でない性格に小さく言えば、聞こえていたのか彼の瞳が光り、ミクニは慌てて首を振る


「それで…ミラ達は?」

「まだだ」


ガイアスに尋ねれば、彼は背後の教会に視線をやった

それで彼女達はまだ教会の中にいるのだと知る


「そっか。それじゃ、私はミラ達が来る前に裏道の様子でも見ておくから、プレザ、ミラ達に裏道に行くように言ってあげて」

「…私が?」


ウィンガル達が素直にミラ達と手を組まないことを知っているため、せめて裏道までは教えておいてほしいと、一番の常識者であるプレザに頼めば、彼女は困惑の色を見せた


「嫌だ?」

「…いえ。わかったわ」


一瞬、プレザもやはりマクスウェル達と手を組む事を面に出すのが嫌なのかと首を傾げるが、プレザは一寸遅れて承諾してくれた


「せいぜい、死なねーようにすんだな。化石」

「アグリアもね。心配だから、エルシフルをそっちに同伴させようか?」

「なっ!?てめーに似て、気に食わねぇ羽根野郎なんているかよ!!」

「ミクニに似ているのなら、光栄だな」


アグリアに何かしたのかと思いながらエルシフルを召喚してみれば、彼の頬笑みを見た瞬間、アグリアが距離を取る


「消えろよ、羽根!大体、羽根をばたつかせてうぜーんだよ!!」

「まぁ、確かにそれじゃ目立つね。エル、しまったら?」

「そうだな」


アグリアの指摘にミクニがエルシフルを見上げると、彼は己の背に生えていた翼を粒子と化して消し去り、軽やかに地面へと足を着ける


「消せたのね」

「大精霊としての威厳のようなものだからな。それにこうすれば人間と間違われなくもない」


エルシフル自身が言うように一部を除けば人間と変わりない姿であり、ミクニはそれを確認すると一度ガイアスに向き直る


「それじゃ、大通りの方はよろしくね」

「ああ。そっちはお前に任せたぞ、ミクニ」

「うん」


お互いの心配よりもその力を信じているように頷くと、ミクニは一足先にエルシフルと共に裏道へと向かった


「…ミクニ」

「どうしたの?」

「怒っていないのか?」

「エルシフルが私の身体を心配しているのはわかってるから」


半ば強制的に眠りに落とした事を気にしている顔だとわかり、ミクニは柔らかな表情で言う

そうすれば、エルシフルは安心したような表情となり、二人は裏道へと辿りついた

壁に隠れて街の様子を窺って見ると、やはり黒匣を扱う者達が街の中にはもちろん、屋根の上にも居る


「…昨日の通り、屋根伝いにもそれなりの人数がいるか」

「だが、大した人数ではない」


城へ続く道はもちろん、此処から見渡せる兵士の動きを観察していく

それなりに人数はいるが、雪が積もった足場の悪い屋根には固まって行動はしていない

そのようにして分析していた二人だったが、背後から近づいてくる気配に気づく


「ミクニ!此処にいたんだね」

「何故此処に?ガイアス達と行かなくていいのか?」


教会に続く道から歩いてきたのは、待っていたジュード達であり、ミクニはその問いに簡潔に答えた


「ミラ達がワイバーンを操れるか心配でね」

「そういえばシャン・ドゥで乗った時、ちゃんと飛んでもらえなかったんだよね」

「あの時は怖かったです…」


ワイバーン自体には一度乗った事があるらしく、その時のことを想い出してレイアとエリーゼが顔を見合わせる

どうやらいいものではなかったようで、ミクニは来て正解だと思った


「ですが、その話からするとミクニさんは、獣隷術を使えるのですか?」

「まぁ、そんなところ。それより先へ行こうか。君らがこっちに来たという事は、そろそろガイアス達も大通りから来るだろうし」

「うむ、そうだな」

「それじゃ、エルシフル。雪の方お願いね」


すっと弓を出現させ矢を番えつつ、エルシフルに指示を出すと、ミクニは近くにいる敵兵を射る

それを合図にエルシフルが屋根へと軽やかに降りると、周囲の雪を溶かすだけの精霊術を発動した


「雪の方は溶かすけど、皆滑らないようにね。エリーゼ、降りれる?」

「は、はい!」


ティポを抱えて頷くエリーゼを確認すると、ミクニは先に下へと降りる

そうすれば、それに続いてミラ達が飛び降りてきた


「だが、エルシフルは器用なのだな」

「そういえば、翼はどうしたの?」

「目立つのもあれなのでな。収納している」

「へぇ。そんなことも可能なんだな」


昨日はあったはずの翼が消えていることを不思議と思ったジュードとアルヴィンに愛想よく答えたエルシフルだったが、辺りの変化に気づいて空を仰ぐ


「吹雪いてきやがったな…」

「どうやら微精霊達が協力してくれるらしい」

「微精霊がですか?」

「エルシフル君って、精霊と話せるんだね!!」

「………私は大精霊なんだが」

「ああ!そうだったね!忘れてたよー!」

「レイアったら…それに大精霊に君付けって」


目を輝かせるレイアから初めて君付けをされたことで、エルシフルが少し驚きの色を見せる

それに気付いたジュードが代りに申し訳なさそうな顔をした


「えー、でも可愛いよ。いいよね?エルシフル君!」

「エルシフル君、か…別に構わないよ」


気に喰わないことではないのか、むしろ気に入ったのか、エルシフルが微笑むのが見えて、ミクニも微笑む


「微精霊達が協力してくれているうちに先へ進もう」

「ああ。吹雪は侵入には好都合だからな」


吹雪の中をエルシフルの力によって足場を安定させて、視界を奪われてこちらに気づいていない敵を排除して進んでいく

向こう側へと渡ろうした時、先頭を進んでいたジュードが下で繰り広げられている戦闘に気づき、ミクニ達を止める

黒匣を扱う敵兵とやり合うのは紛れもなくガイアス達だった


「ガイアス、強いですね」

「すごい人だよね」

「ジュード、後ろだ!」

「え!?」


圧倒的な強さを持つガイアスの姿にジュードが羨望の眼差しを向けていたが、その油断を狙う敵兵がいた

それにミクニも気づき攻撃を繰り出そうとするが、その前に下方から衝撃が飛んできた


(ガイアス)


こちらを見上げるガイアスに一つ頷きを見せた後、ミクニは先へと進み、城への道を案内していく

エルシフルにより雪に足を取られる事なく、時折敵兵と戦闘をしながら向かっていたが、城の前でガイアス達が囲まれているのが目に入った


「ねぇジュード、助けた方がいいんじゃない?」

「私達が向かえば、彼らの陽動が無駄になる。任せるしかない」

「それにガイアス達なら大丈夫だよ。ガイアスらには強い味方がいるから」


ガイアス達の力はもちろんあったが、彼らの元へ駆けつけてくる足音を拾ってミクニは指差す

直後、不意に届いた複数の声

ア・ジュール王を慕う街の人々と、街の中で身を潜めていた兵士達だった


「あんなに人望があるんだ」


ジュードの言うとおり、ガイアスには人望があり、彼は人々を想える賢王の器であった

その光景を眩しそうにミクニは瞳を細める


(君はこんなにも慕われている)

(だからガイアス。君はそのままでいて)

(もしも力が必要になれば、その時は私が―――)


「ミクニ」


エルシフルに呼ばれると、ミクニはガイアス達から視線を外してワイバーンの元へと降り立った


「元気だった?皆」


檻の錠を外し、ワイバーン達に話しかけると、彼らは返事を返すように一鳴きし、一匹が甘えるように擦り寄ってくる

その頭を優しく撫でると、ミクニは慣れたように4頭のワイバーンを外へ出す


「ずいぶんと大人しいな」

「ちゃんと飛んでくれるように頼んだからね。皆、それぞれ乗って」


ワイバーンにミラ達を乗せてもらうように頼むと、ミクニはエルシフルと共に一匹のワイバーンへと跨り、そのままミラ達を乗せたワイバーンと共に空へと飛翔した

白い雪に紛れてカン・バルクの上空に停泊している飛空挺へと接近し、ワイバーンから降り立つ


「艦橋を掌握しましょう」

「船尾のあれじゃないか?」


皆が無事に潜入すると、アルヴィンが船の一番高い部分を示し、それで間違いないのだろう

そのまま歩み出そうとするが、自分達に気付いたエレンピオス兵が現れ出した


「此処からは力押しだ!行くぞ!」

「エル」

「任せて、ミクニ」


手始めに弓矢にて敵を射抜いていくミクニの後方をエルシフルが術にて援護していく


「獅子戦吼!」

《ダークフォース》


1人1人を相手にしていては切りがないとわかり、ミクニが獅子の形にした闘気を敵に叩きつけ、敵兵を一塊にする

それに合わせてエルシフルの暗黒空間が敵を巻き上げ、地面へと叩きつけた

敵の実力はそれほど大したことがないが、数が多く、強力な術を発動できないため中々進めない

せめて船を降ろせればどうにかなるがと思っていると、空から声が降ってきた


「はーっはっはっは!俺の地獄耳で話は聞かせてもらったぞ」

「………あれ、この声は…まさか」

「ミクニ?」


嫌な予感が過り、そうでないことを祈ろうとしたミクニだったが、それを裏切る様にあの影があの時のように降ってきた


「ミクニ。あれは何だ?」

「うん。何かね…ミラの巫女だって」


着地に失敗し、何とも痛そうな音を響かせた存在のことをエルシフルは微笑んで聞いてきたが、明らかに珍しいものを見つけたような目だった

敵でさえ唖然とする登場をした彼に複雑な心境でいると、彼は敵を吹き飛ばして何故か上から目線でジュードに突っ掛かっていた


「おい、偽物!貴様の出番などない。ここからは俺の独壇場だ!」

「イバル!うん、お願い!」

「くぬぬ……何故貴様は、俺の活躍に嫉妬しないっ!」


偽物呼ばわりされたのにも関わらず、善良としかいいようのない笑顔をするジュードだったが、ミラの巫女は悔しがっており、ジュード以外の面々は心なしかひいていた

そしてイバルは、敵が呆れている隙に艦橋へと向かいだす


“人とは思えないな。まるでごk”

“エル。それ以上言ったら駄目だよ。確かに動きとか、あそこを生き抜いたのを考えるとそう思っちゃうけど”


正当なルートではなく例の虫のような動きで這い上がる姿に呆れを隠すように笑みを浮かべるミクニだったが、ファイザバードのことを思い、彼をよく知るであろうミラを見る


「一応聞くけど、あの子って機械扱える?」

「…いや、どうだろうな。元々二・アケリアには機械の類は一つもないからな」


(……つまり、危険だよね)


元々、リーゼ・マクシアに機械類が少ない事で予測できる返答だったが、ミクニは彼が悪い事態を起らせないように走り出す

すると、その意志がわかっていたエルシフルが艦橋に続く道にいた敵を蹴散らした


「ミクニ!?」

「悪いけど、そこお願い!エルシフルが私の分も力を貸すから」


足を止めずに敵が再び身構える前に、ミクニはイバルを追うようにミラ達がいる場所から離れる

道には兵が溢れており、その全てに構わずに前の敵だけを伸していくミクニだったが、階段を上りだした時に艦橋を掌握したという声が聞こえた

それに無駄な心配だったかと思いつつ、艦橋へと辿りつく


「うん……これ……じゃない……あった、コレだな」

「っ、ちょっと待った!」

「そらよっ!」

「あっ…!」


明らかに船を地上に降ろすものではない危険を臭わせるボタンを押そうとするイバルの姿を捉え、咄嗟に止めようとするが間に合わなかった

彼が押した直後、ミラ達を取り囲むように機械が動きだしたのが見えた


「はぁ、まったく…ちょっと退いて」

「何だ、きさm」

さっさと退いてくれる?

「うっ……」


素直に退こうとしないイバルに満面の笑みを向ければ、彼はそこに含まれる殺気を感じ取ったのか後ずさりながら操作盤から離れる


「すぐに止めるからね。えっと、これが起動ボタンなんだから…これをこうして」


情報を展開している暇がないため、配列から大方の操作を予測し、ミラ達を襲おうとする黒匣の動きを止めに掛る

すると、幾つかのボタンを押すことにより、黒匣が停止していき、それと同時に空からガイアス達が兵士を引き連れて船へと降り立ってくるのが見えた


「ガイアス達も来た事だし、これで…あれ?あの子いないし…」


一先ず作戦は成功だと思いミラの巫女イバルを確認しようとすれば、いつの間にか彼の姿は消えており、外を見てみればミラの元へと行っていた


(…ミラを慕っている故の行動なのかな…)


恐らく、その行動力は巫女としてはもちろんあるだろうがミラを慕っているためなのだろう

そう思うとミクニは、呆れというよりも、何処か微笑ましそうに瞳を細める


「……従者か…」


懐かしむ様に呟いた後、ガイアスの指示もあり戦艦を地上へと降ろすと、ミクニ達はカン・バルクへと戻った



狂わす者達から、穏やかなを取り戻す



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