意識が底から浮かびあがり、ミクニの瞼が持ち上がる

まず捉えたのは、誰かの寝顔であり、それがプレザだと認識してから、ようやく意識が鮮明になりだした


(…寝てたんだ…)


そこで自分が眠りに落ち、ベッドに横になっている事がわかると、ミクニはベッドから抜け出した


「…ぅ……ん…」


一緒に寝ていたプレザはもちろん、他の皆も起こしていないことをぼんやりとした思考で考えていれば、1人だけ足りない

もぬけの殻である寝台に首を傾げて、少しだけ周囲を見渡すがいるわけがなく、ミクニは一先ず部屋を出る

部屋以上に静まった空間では御神木が微かに輝いており、ミクニは一番前の長椅子へと腰掛けた

冷たい空気に感化された椅子は予想以上に冷たく、ミクニの眠気を一時的に取り払ってくれ、ミクニは寝る前のことを思いだし胸に手を当てる

ミクニの身体を本人はもちろん、誰よりも大事にし、傷つくことさえ厭う存在は中へと戻っているようだった


―――“人”の姿を望むのなら、もう


術を施してまでミクニの身体を休ませようとしたエルシフルの意図を思って浮かびあがったのは、忠告の言葉

その言葉の意味はミクニとてわかっており、現に身体は疲労を感じているようだった

その疲労の原因は、ここ数日での度重なる出来事だろう

けれど、本当の原因は自身の身体が数カ月という期間、一度たりとも“あの場所”へと赴けていないためだった

本当ならばエルシフルは、術など掛けずに其処へと連れて行きたかったのだろう

ミクニもそうした方がいいのはわかってはいる

だが、今はそうはいかない


「……逃げてきたの?」


椅子に凭れかかるミクニの周囲に淡い光が漂う

次第に集まる光達の中には、弱弱しい光もあり、それを見つけた時、ミクニは悲しい色を見せて己の身体から粒子を―――マナを出し、彼らへと分け与える


「いいんだよ。私は平気だから」


光の強さを取り戻した彼ら―――微精霊達の感謝、そして労る声に安心させるように頬笑みを浮かべた


「…ごめんね。守れなくて…私が槍を破壊出来ていれば、こんなことにはならなかった」


“貴方の責任ではありません”

“貴方は私達精霊を守ろうとしてくれている”

“…それで貴方の身体は…”


自分達が苦しい目に遭っているというのに自分を気遣ってくれる精霊達

その存在に囲まれる中、ミクニは閉ざしていた精神を少しだけ開き、黒匣により救いを求める声を拾い、傷心する

自身らの予想が正しければ、近いうちにジランドを含めたエレンピオス側の者によってリーゼ・マクシアに生きる全ての生き物が燃料へとされてしまう


(もしも燃料計画が実行され、防げなければ…精霊はもちろん、人も、大地も)


悪い事態を予想し、ミクニはラ・シュガルでのことを思い起こして顔を顰めたが、精霊が姿を隠すのがわかった

直後、背後の扉が開く音がして誰かが近づいてくる


「ミクニ。起きていたのか」

「うん」


面をあげ、視線を滑らせれば部屋にいなかったガイアスがいた

その顔を捉えた時、ミクニは少し辛そうな色を瞳に宿す


強制的にマナを奪われ、霧散した人々

悲鳴を上げ、苦しみだけに染まった顔

穏やかな死とは無縁な無残な死に方


(…あの人々は、ガイアスの民だったのだろうか?)

(あの子供の父親もどうなったんだろうか?)


「…考え事か?」


隣に腰かけたガイアスの問いかけにミクニは考えるように一瞬瞼を伏せると、再び見上げた


「…ガイアス。私がラ・シュガルに掴まった時、男の人が来なかった?」


ジランドによって爆弾を付けられたままガイアスの元へと向かわされた者のことを尋ねれば、ガイアスの眉間に力が入る

その僅かな変化でミクニは全てを悟った


「…死んだんだね…」

「……ああ」


わかっていたとは言え、胸が痛む


「…ごめんね、ガイアス」


ガイアスが守っている民を自分が原因で死んだ事実にミクニが謝罪の言葉を出せば、肩を抱き寄せられる


「お前のせいではない」

「でも私…その人だけじゃなく、他の人も、」

「よい…」


助ける事が出来なかったことを言おうとすれば、ガイアスがそれ以上口にする事を拒む

視線を合わせれば、ガイアスの瞳は哀愁を帯びていた


「民を守れなかったのは俺の責任だ。お前は精霊を、そして人を守ろうとしたのだ」


責任は民を守るべき王である己にあり、ミクニには責任はないという優しい言葉だったが、それに侘しさを覚えてミクニは首を振る


「ねぇ、ガイアス……本当にガイアスが私の過去を共に背負ってくれるなら、私に責任はなく、自分に責任があるとは言わないで…それじゃ、“共に”じゃないから」


それでは単に背負って貰うだけみたいだから

私はガイアスの民と同じように守ってほしいとかじゃないの

だって、民では本当の君のことを知っていくことなど出来ないから


―――それに私は、出来る事なら……


「…ガイアスの優しさだったんだろうけど、国の事だからと私に関係がないと言われた時も…私、結構寂しかった」

「…ミクニ」

「それに関係ないと遠ざけられたら、君の事を知っていけないし、信じていけない。だから、これからはそんな事言わないで」


ガイアスの瞳を一心に見上げて言えば、彼は微かに瞳を細め、笑みを見せた


「ふ…確かにそうだな。信じさせると言いつつ、俺はお前を遠ざけていたのか…すまなかった、ミクニ。これからはそのような事はないように気をつけよう」


その返答にミクニは満足そうな表情を見せると、立ち上がりガイアスの腕を引く


「明日に備えて寝よう」

「そうだな」


ミクニが部屋に戻ろうと提案すれば、ガイアスは拒むことなく立ち上がり共に部屋へと向かった

部屋ではやはり皆が寝静まっており、ミクニはそのままプレザが寝ているベッドへと向かおうとするが、それを引きとめるように腕を掴む力に気づく


「プレザが起きる。こっちに来い」

「え、ちょっ…!」


ガイアスを捉えた途端、半ば強制的に空いているベッドの方へと連れて行かれる


「まさかと思うけど、ガイアス。そこで一緒に寝ろと?」

「そうだ」

「…朝になって私は、アグリアかウィンガルに殺されろと?」

「俺と対等に渡り合えるお前が易々と殺されはせん」

「いや、そうじゃなくて…」

「それに俺が言えば、あいつらも文句は言わん」


ミクニの背後のベッドで寝ているウィンガル達に視線を送った後、不敵な表情をしてガイアスは言い退けた

その姿にミクニはため息を吐くが、そんなことお構いなしにベッドへと腰掛けたガイアスに腕を引かれ、ベッドの上へと倒されてしまう


「ガイアスさん…」

「寒かろう」


寒くないようにと布団を被せられると、次にはガイアスに抱きしめられ、服越しに体温が伝わった


「そうだけど…」


だが、その温もりに合わせるように心音がよく響いているのがわかり、思わずミクニは俯く

そのまま反論もやめて眠ってしまおうかと考えるが、ガイアスが呼んできた


「ミクニ…明日を迎える前に一ついいか」

「…何?」


ゆっくりと上を仰いでみると、真摯な瞳があり、彼は言った


「…お前が精霊を守りたいという気持ちを知っているため、俺はそれについては何かを言うつもりはない…だが、1人で無茶をすることだけはやめろ」

「それは…」

「俺を頼れ、ミクニ」


その一言には、ミクニを心配し、身を案じ、そして支えようとする想いなどが込められているのがわかり、ミクニは瞳を和らげる


「…ありがとう、ガイアス」


自分を想ってくれるガイアスにそう返した後、ミクニはガイアスの胸へと頭を預けて瞼を伏せ、それ以上何も言うことなく意識を落としていった


「……俺では、支えられんという意味か…それとも、言葉通り俺の手でか…」


ただ「ありがとう」と答えたミクニの頭を優しく撫でながら、ガイアスは姿を消す間際に儚い笑みを見せたエルシフルを頭に過らせた


「…くだらんな」


ミクニをよく知る者とは言え、他人の言葉を真に受けるつもりはない

だが、それでもあの言葉を気に掛けているのは、ガイアスがミクニを何よりも愛しく想っている証拠だった



その想い、腕(かいな)に包んだ温もりだけに懐くものなり



  |



top