ウィンガルの力により、ミクニが部屋へと押しこまれるのをエルシフルは背後から見て後に続く


「もう少し丁寧に扱ってよ、ウィンガル」

「つべこべ言わずに、お前は横になっていろ」


物でも扱うようなウィンガルを振り返りミクニが抗議するが、彼に反省の色などもちろんなく、気にする素振りさえなかった


「わかったから…でも、その前に明日の事を説明して。そうしたら休むから」

「…いいだろう」


その態度にミクニが不満を持つ事はなく、彼女がそのまま明日についての話を要求すればウィンガルは拒むことなく受け入れた

それくらい譲歩しなければ、ミクニがすんなりと休まない事と、作戦を話さなければ1人で行動する危険が目に見えていたためだろう


「話は出来たようだな」

「うん、ガイアス」


部屋に入ってきた二人のやり取りを面を上げて黙って見守っていたガイアスにミクニは頷くと、向かいの席に座りエルシフルもその隣へと移動する

ガイアスとミクニの会話にウィンガルは何も言わずに空いている席へと腰掛けると、ガイアスも交えて明日への作戦を説明しだした

その説明を耳にする中、エルシフルは主の様子を窺う

表情は普段通りに戻ってはいるが、先程の異変が気がかりだった

意識だけが何処かへ持っていかれていたように反応を示さなかったミクニをエルシフルは訝しむ


(まさか…いや、その動きはなかった…)

(それに、あの時のような力を再び出すことなど、今の“あいつ”には無理なはず…)


その原因として一つの不安要素が浮かんだが、すぐにそうではないと判断して打ち消す


(…やはり、疲れが原因か?)


意識が朦朧としていた程の疲れを背負っているということにエルシフルは瞳を細める

余り無理を続ければ、その身は不安定に陥るだろう

それはミクニ自身も理解しているはずだが、周囲が危機に陥れば、そのことなど構わずに無茶をする

現に明日への作戦を聞いて、抜け道の道順を知っており、ワイバーンと会話の出来るミクニはミラ達と行動すると申し出ていた

それくらいなら支障は全くないが、それを終えた後の事が気がかりで仕方なかった


(ならば…)


ミクニの身を案じるものの、彼女の行動を止める事の出来ないエルシフルは、優しくミクニの後頭部へと触れる


「ぁっ……エ、ル…」

「話を終えたのなら、少し休むんだ。ミクニ」


エルシフルの術に気づけずにミクニの意識が眠りへと落ちていく

次第に身体から力がなくなり、その肢体をエルシフルが支えた


(こうもすぐに眠りに落ちるとは…)


容易く己の術中に落ちた主の顔を眺めつつ、眉を寄せる

普段ならば、このような術に掛るはずなどなく、いとも簡単に落ちたのは、それ程に疲労を貯めている証拠だった


「貴様、ミクニに何を…?」

「安心しろ。眠りにつかせただけだ」


簡潔に説明すると、エルシフルはガイアスとウィンガルの視線を無視するように空いているベッドへとミクニの身体を横にさせる

そのままミクニの頬へと手を添えると、エルシフルは己のマナを意識しつつ、翼を一度はためかせる

数枚の羽根が翼から離れ、それはミクニの身体へと落ちると、彼女の身体へと粒子―――マナになって溶けていった

それと同時にエルシフルは添えた掌からもマナを微力ながら分け与えると、彼女の負担を少しでも減らすのも兼ねて自身も戻ろうと思うも、その前に人の子へと向き直る


「ミクニと和解したようだな」

「気に喰わんか?」

「いや。この子が決めたことならば、私はその意志を尊重するのみ。ミクニの意志がお前を許すならば、私はそれを受け入れよう。だが…―――」


そこにはやはり揺るぎない信念を秘めた紅の瞳があり、エルシフルの友―――デュークを連想させ、再確認させる

デュークと同様に強い意志を持つこの男は、あの子を“死へ誘う”事になる、と

それを感じ取ると、エルシフルはミクニの幸せを思うも、その不安に駆られて口を開く


「―――沼野で忠告した私の言葉を忘れるな…ガイアス」


まるで切望するような声だと自身で思いつつ、無意識に儚い笑みがエルシフルの表情に浮かんでいた

その声と笑みに対してか、それとも名を呼ばれたためか、ガイアスが微かに瞳を見開く

だが、エルシフルはそれ以上の不安を遠ざけるように翼で己の身体を包むと、白い光を放って眠りに落ちた主の中へと消えていった



不安を駆り立てるの影



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