ウィンガルの横に並んで歩き、その横顔を見つめながら、ミクニは先程のことを思う

彼から感じたマナの異様な乱れ

前に感じた時よりも格段に酷く、その証拠にウィンガルは苦しみに耐えかねているような様子だった

何故そうなのかは知らないし、聞いても教えてもらえず、ミクニも追及することはなかった

けれども、あれが更に酷くなった場合のことを思うと、ミクニは不安に駆られる


―――ウィンガルが死ぬ


その可能性が浮かびあがると同時に、ウィンガルに言われた言葉が浮かんだ


“人はいつか死ぬ”


その言葉は痛いほど理解している

ウィンガルも、助けたジャオも、プレザも、アグリアも…そして、ガイアスも


歳を重ね、老いていき、いつかはその命を全うして、永遠の眠りに落ちる

かつての仲間達や親しくなった人同様に

皆、ミクニの前から消えるのだ―――


いつかはそうなるとしても、ウィンガルの命を奪うかもしれない先程の出来事はもう起らないでほしかった

原因を教えてもらえないのなら、それでも構わない

だからどうか、もう二度とあの苦しみがウィンガルを襲わないでほしい


「…さっきからなんだ?」

「別に何でもないよ」


言葉を掛けることなくいれば、沈黙をつき通していたウィンガルがこっちを向く

彼の身体を心配に思っていたミクニは、微笑んで首を振った


「何もないのに見るな」

「いいじゃない。減るものじゃないのに」

「マナが減る」

「さすがに私だって視線だけでマナは奪えないよ!」

「どうだかな」


唇を尖らして言えば、ウィンガルは鼻で笑った

その様子に「失礼だね」と言いつつも、ミクニは胸を撫で下ろした

このようなウィンガルとのやり取りが久しぶりなのもあったが、何よりも先程の苦しみの影がなかったからだった

幾ら自身がウィンガルのマナに干渉して落ちつけた後だとは言え、未だ痛むのかと不安だった


「だが……必要なら言え…」

「え?」

そうやってウィンガルの身を按じていると、突如そう言われる


「っ…倒れたのを忘れたか?陛下の前で倒れでもしたら迷惑だ…それに、頼んではいないが…俺が原因だ」


ウィンガルのマナを落ちつかせた直後の事を想い出し、ミクニはウィンガルの少し責めるような、でも心配の色を隠した視線に苦笑いを浮かべる


「別に平気だよ。ちょっと立て続けに色々あって疲れただけだし…別にウィンガルのが原因じゃないよ。それにマナなら、エルシフルに分けてもらえばいいし」

「…あの精霊にだと?いや、それ以前に精霊にマナを分けてもらうだと?」


自身の半身の名前を出すと怪訝な表情を見せられ、エルシフルの性格上何かをしたと察するがそれは聞かずにミクニは疑問に答えた


「まぁ、こっちでは人間が精霊にマナを与えるから変だよね。エルシフルは大精霊の中でも特別な感じなんだ」

「あの精霊は人間から…お前からマナを貰っていないのか?」

「私も与えるよ。でも、ウィンガルも知っているでしょ?私がマナを食すのは。間に合わない時は、いつもエルシフルが分けてくれていたの。持ちつ持たれつの関係なんだ、私とエルは」


テルカ・リュミレースで過ごしていた頃は、人からマナを貰う事などなかった

ミクニが知っている人がウィンガル達のような霊力野がない―――いや、明確にはないとは言えなく、単にそういう器官が発達していなかっただけなのかもしれない

実際、人から感じる生命力――マナには差があったりしたのだから

それにテルカ・リュミレースでは、源泉に行けばマナは補給出来たし、エルシフルが空中のマナを集めて己に分け与えてくれていた


「最初からエルシフルを呼び出していれば、ウィンガル達から貰わなくてもよかったんだけど、あれでも大精霊だから易々と呼び出すわけにはいかなかったから」

「……俺のマナは仕方なく貰っていたとでも言いたいのか?」

「…え?」

「ふん。なら、さっさと戻ってあの精霊にマナを貰っておけ」


顔を背けると、ウィンガルは足早に見えてきた教会へと向かっていってしまう

明らかな不機嫌を見せられ、ミクニは立ち止まっていたが慌ててウィンガルを追う


「ちょっと、ウィンガル!」

「……」

「…もしかして、拗ねてる?私がエルシフルからマナを貰うって言うから」

「っ、誰が拗ねてるだと!?お前にもうマナを与えなくていいと思い、清々しているんだ…!」


(あ、やっぱ拗ねてるんだ)


足を止め、「違う!」と言い張った後、ウィンガルはまたしてもミクニを置いて先へと行こうとする

彼は気づいているのだろうか?

言い当てられると、目を見て言えてないのが

そんなウィンガルの背中を見つつ、ミクニは実に嬉々とした表情となった


「私、ウィンガルのマナ、好きだよ?」

「変なことを言うなっ!さっさと戻るぞ!」

「ふふ…はーい」


楽し気に言えば、当然ウィンガルは怒鳴ってきてミクニは素直ではない彼を楽しみつつ教会へと戻った

戻ってみるとプレザ達から離れて、エルシフルがいつものように寄ってくる


「おかえり、ミクニ」

「ただいま、エル」


隣に降り立った半身と会話をし出すミクニだったが、ウィンガルの元へと近づく人影に気づく


「ウィンガルさん」


ミラ達と共に現れたローエンであり、ウィンガルは横目で彼を捉えると向き直った


「貴方に窺いたい事があったのです。ファイザバード沼野でア・ジュール軍の指揮をとったのは貴方ですね?増霊極を使って沼野を進軍するとは、見事な奇策でした」

「…ぶーすたー?」


何事かと話に耳を傾けていれば聞き慣れない単語が耳に入る

何処かで耳にしたような気もするがミクニにはわからずにウィンガルに尋ねるように視線を向けていれば、彼と一瞬視線が合った


「…皮肉か?ジランド如きに利用された策だ」


けれど、彼はミクニに答えることはなく、ローエンとの話を進めていく

「あ奴の真意を見抜けなかったのは、私も同じです」

「ふん、第一線から逃亡した貴方が、恥じる事はあるまい。今更、前線に戻って、何かをなせると思っているのか?」


(第一線?)


「ひどいです!」

「なめんなー!ジジイだけどスゴイんだぞー!」

「かつての実力は認めよう。だが、その力がどれ程残っているか…イルベルト元参謀総長。私とゲームしないか?」


(ああ、なるほど)

(ローエン、元軍人なんだ)


首を傾げていたミクニだったがそこで漸くローエンが何者かを理解した

そしてそのまま、戦局図を使ったゲームをウィンガルとローエンで始める事となり、ミクニもエルシフルと共に中へと向かう


「これ…ウィンガルの部屋にあるのと一緒だよね?」

「お前は黙っていろ」

「……ねぇ、ローエン。さっき“ブースター”とか言って、」

「ミクニ。お前はこっちにこい」

「うっ…!」


どういうものかは少しだけ知っていたその物体をまじまじと見ていれば、ウィンガルに注意されてしまい、ミクニはローエンに先程の意味を聞こうとする

だが全てを言い終える前にウィンガルに首元を引っ張られ、ミクニはローエンの元から離された


「お前は此処でじっとして喋るな。出来ないなら、精霊と共に部屋へと戻れ」

「な、なんでよ…もしかして、さっきからかったのを気にして…わかったよ。睨まないでよ…もぅ」


“そんなに嫌だったのかな”

“…ミクニに何かを知られたくないのかもしれないな”

“知られたくない?”

“ブースター…というものが余りいいものではないのかもしれない”


ウィンガルに聞こえないように精神でエルシフルと会話し、その“ブースター”という単語に首を傾げていれば、ローエンとウィンガルが戦局図を使った模擬戦を始めようとした


「戦局データはいつのものを?」

「時は二十年前。場所はファイザバード荒野」

「ファイザバード会戦!」

「…ファイザバード…会戦…」

「先代ア・ジュール王とラ・シュガル軍がぶつかった大戦……」


この世界の歴史には疎いミクニは、ローエンの言葉を呟く


「そう。途中、戦場全域が大津波に襲われ、両軍に多大な被害が出た悲劇の戦だ」

「…津波…」


“ミクニ?”


聞き覚えのない話だったがミクニの心に引っかかってくる

まるでそこから何かを探る様にしていれば、エルシフルが心配そうに見ていた


“…大丈夫…ちょっと気になっただけだから”


何でもないと頬笑みを見せた後、胸の蟠りを無視するように台座の上で動きだした駒に注目する


「―――陣形、アガイの魚燐!全軍突撃!」


ウィンガルの声に反応して、ア・ジュール軍がラ・シュガル軍へとぶつかり合い、ローエンがそれに対抗していく


「だめだ、敵の先鋒がとまらない。この力は……」

「当時、初陣だったガイアス部隊だ。その程度の包囲など食い破るぞ」


何故だろうか?

目の前で行われているファイザバード会戦の模擬戦を見ていると胸がざわめきを覚え、小さな痛みが脳を刺激する

荒野、会戦、津波…初陣

皆が口にした単語がぐるりと頭の中で巡っていき、痛みと伴って視界を一瞬真っ白に染め、直後、台座の景色が変わった


(これ、は…っ…なに…?)


まるでフラッシュバックのように、次々と断片的な映像が飛び込んでくる

けれど、それにミクニは見覚えがなく、突然の情報に頭が掻き混ぜられていく感覚が襲った

知らない景色にただ唖然とし、恐怖を感じる

そして、どの映像よりも強く飛び込んできた人影にはっとした


(っ――――)


一瞬だけ垣間見えたその背を捉えた瞬間、無意識に呼び止めようとする

でも、声は出なかった

呼びたいと思ったのに、何て呼べばいいのかわからなかった


(私、いったい…)


“ミクニっ”


全ての映像を打ち消すように誰かの声が叫ぶように呼んだ


「―――ミクニ!」

「…エル…」


捉えられていたような意識が現実へと戻り、顔を上げればエルシフルがいてウィンガル達もいた


「ミクニさん、どうなさいましたか?」

「顔色が悪いです…」

「ああ…大丈夫。ちょっと気になることがあっただけだから」


心配そうに覗きこんでくるエリーゼとティポに頬笑みを見せ、頭を撫でるミクニだったが、それはすぐに予期せぬ力に身体を引っ張られたことで終わる


「っ、ちょっとウィンガル?!」

「黙って部屋に行け。さっさと休め」

「大丈夫だって…だから睨むのはやめ、…エル!」

「こればかりは私もその者に同感だ、ミクニ。大人しく休むんだ」


刃向かう事を許さないウィンガルに強制連行されるのがわかり、ミクニは助けを求めるようにエルシフルを見やる

けれど、ミクニの身体を第一に考える彼は笑顔で部屋へ連れていくのに同意した


「はぁ…わかったよ」


ミクニは諦めたようにため息を吐くと、ウィンガルに腕を掴まれたまま部屋へと向かいだす

だが、その頭の中には先程襲ってきた感覚のことを考えていた

誰かの声は、エルシフルだったのだろうか?

何の映像だったのかもよくわからず、記憶に残っていなかった


ただ一つだけ言えるのは、最後に誰かの顔が見えた気がした事


(…君は…、だれ…?)



それはまるでを見せられているかのような感覚




  |



top