教会の外へ赴き、四象刃が兵士へと指示を出すのを傍らにエルシフルはただ空を仰いでいた


「ねぇ。貴方、黒匣の気配がわかるのよね?近くに潜伏しているかわかるかしら?」

「この周辺に近づいていた黒匣ならば一通り破壊はした。近辺の魔物に指令を出し、無暗に教会へと近づけないようにさせてはいるため、あの者達は近くには来ていない」

「はあ?魔物に指令?」

「それは獣隷術を行ったということ?」


プレザがミクニの元に来た際、主の元から去っていたエルシフルは言葉通りに此処の動きを偵察してこようとした敵兵を排除していた

とは言え、新手が来る可能性があったため、魔物を周辺に置き、無暗に近づけないようにしていた


「獣隷術?確か、この国の人間が使う魔物を使役する術か?」

「ええ。といっても扱える人は限られているけれど」

「私やミクニは術とはまた違う。精神を通して言葉を聞き、力にて服従させるようなもの」

「そういえば、ミクニもそんなこと言っていたわね。ワイバーンと仲良くなっていたし、ジャオともそのことで意気投合していたみたいだし」

「別に羽根や化石の事なんてどうでもいいんだよ」

「なら聞かなければいいはずだが?それに私が話しているのは、子供のお前ではなく、この者だ」


エルシフルに突っ掛かってくるアグリアに微笑んで言えば、予想通りに彼女が地面を踏みつけてきっと睨みあげてきた


「っ、あたしは子供じゃねぇ!」

「どう見ても子供であろう?見た目は尚の事、中身も…」

「うっせぇ!!」


《ファイアボール》


子供と言う表現が気に喰わないとばかりにエルシフルの声を止めるように、火の玉がエルシフルを襲う

至近距離で放たれた事で確実にそれはエルシフルへと命中したのは確かだった


「アグリア!貴方何をしてるの!?」

「っ…あたしは悪くねぇよ!だいたいこいつが…」

「下級の術とは言え、中々の威力だ」

「「えっ!?」」


声色一つ変わらない声

轟かない爆ぜる音

すぐ近くにいるアグリアとプレザはもちろん、少し離れた場所にいる者達もどよめいている

何故ならば、爆ぜることなく火の玉は空中に留まり、そのまま威力が消えていく―――まるで吸収されるように消滅したのだから

そして火傷一つ覆っていない表情がくすりと笑う


「力の方は子供ではないようだな」

「なっ、何しやがった!!?」

「お前の力を喰わせてもらったのだよ」

「っ―――!!気色悪いこというな!何が食べるだ!あたしの力を勝手に、」

「なんだ?また術を放つのか?別に私は構わないが」


意地悪く笑んでアグリアに顔を近づかせる

精霊とは言え、男の顔が目前に迫ったことでアグリアが明らかに動揺を示した


(なるほどな。ミクニの言うとおり、中々可愛らしい一面もあるようだ)


「…それでどういうことかしら?マナを喰うだなんて」


プレザのため息交じりの声にエルシフルはアグリアから離れると、プレザへと向き直る


「術をマナへと変えたのだ。私達精霊はマナが活力なのだからな」

「マナに変える?それは精霊というよりも…貴方だからかしら?」

「ああ。といっても大精霊ならば己が司る力に連なるものを取り込むことが可能だったはずだが」


同胞達のことを想い出すように顎に手を添える

もちろん、強力すぎる術に対してはエルシフルとは言え、マナに戻すことなど難しいが


「火が効かないならば、“火”の大精霊と一瞬思ったけれど、此処へ来る道中貴方は様々な属性を操っていたわね?一体、何の大精霊なの?」

「少なくとも“この世界”に私と同じ力を司る大精霊は存在しないよ。人の子よ」

「焦らすのね。まぁ、いいわ。ただ、“人の子”や“お前”ではなくプレザと呼んでくれるかしら?」

「……いいだろう。プレザ」


ミクニの親しい者であるプレザの言葉に承諾の意を示した後、エルシフルは1人悩んでいるように唸っているアグリアを見る


「お前は確かアグリアと言ったな」

「っ、気安くあたしの名前を呼ぶな!羽根!」

「ならば、子供でいいと言うことかい?」

「そうじゃねぇ!!」


掌の上で転がすようにアグリアの反応を楽しんでいたエルシフルだったが、近づいてきた気配に視線をやる

エルシフルに掴みかかろうとしていたアグリアもそれに気付き、視線を追う

居たのは少年と少女――ジュードとエリーゼだった

だが、エルシフルはその二人よりもジュードの背後に現れた精霊へと目がいく

エルシフルを誘っているのか、彼女は慣れた頬笑みを向けてきた


(ちょうどいい…少し話をしてみるか)


人同士で話し出す中、エルシフルはミュゼへと近づき、二人で人から離れた場所に移動する


「…それで、私に何か用か?」

「ええ。貴方は一体何者でしょうか?」

「何が聞きたいか明確に言ったらどうだ?」


エルシフルが口を滑らせて必要な情報を自ら吐いてくれる事を目論んでいるのか、特に何の意図もないのかはわからないため、エルシフルは質問の明確さを求める


「貴方は何故、人の世界にいるのですか?」

「言ったであろう?私はミクニのために存在していると」

「それが可笑しいのです。私達精霊は存在こそが重要とは言え、1人の人間のために存在しているのではないのですもの」


エルシフルの考えがわからないのは、ミュゼが人と深くかかわった事がないためであり、彼女が純粋に“精霊としての意志”しかないためなのだろうと、エルシフルは思う


「確かに精霊は存在こそが重要ではある。だが、私には関係ない事。お前にはわからないだろうな」

「ええ。だって私にとって使命が重要ですもの」


(使命?)


「それとも…それが貴方に与えられた使命なのかしら?」


(…与えられた…?)


ミュゼが口にした言葉の意味に内心訝しむ

自身がテルカ・リュミレースから来たと知らない彼女は、怪しんでいるものの己が元々この世界に存在していると思って話しているのだろう

ならば、それを利用するべきだとエルシフルは考えた

使命を誰かから与えられる

その誰かとして、エルシフルが浮かぶとすれば一つの名しかなかった


「“マクスウェル様”にか?」


敢えて様付けで申してみれば、ミュゼは穏やかな表情のまま言う


「マクスウェル様以外に誰がいると言うのかしら?」

「…それはミラか?それともマクスウェル本人か?」


エルシフルの聞き方にミュゼは明らかに動揺の色を見せた


「…何を言っているのかしら?」

「下手な嘘はやめろ。私は大精霊。マクスウェルが人間に化けているとしても、あの者がマクスウェルでないことはわかる」

「ミラは…マクスウェルよ!」

「まぁ、いい。今となっては私にはあの者が何であろうと特に重要ではない。だから安心しろ。あの者にも、他の人間にも言う気はない」


少し脅えたようなミュゼに一歩近づき、エルシフルが艶を秘めた笑みを見せる


「私にとって重要なのは、本物のマクスウェルの居所。あいつは何処にいる?」

「っ――――!」


その妖艶でありぞっとさせる表情にミュゼは瞳を見開き、声を失ったように答えなかった

そして後ずさる様にエルシフルの元から逃げていくが、彼が追う事はなかった

エルシフルにとっては、単なる余興に等しい探りあいだったのだ

だから何も得られないならそれでも別段構わない事だった

1人残されたエルシフルは、“与えられる使命”と言う事柄について少し考えていたが、教会の中から外へと来る気配に考えをやめる


「ミクニ。話をおえ…、…」


愛しい存在を確かめるようにいち早く歩み寄る

けれども、その顔を見た時にエルシフルは湛えていた笑みを消した


「…泣いて、いたのか?」


微かに赤くなり腫れているように見える瞳

その姿に恐る恐る頬を包む


「…あ…うん。でも、大丈夫だから…」


悪い意味で泣いていたわけではない

そういうことだろう

だが、ミクニの口から聞かされた否定によって残される理由に血の巡りが滞る

いつだったか、ミクニが前に涙を流したのは?

すぐには浮かばなかったが、理由は“親しき者の死”なのは確かだった

それ以外でミクニが泣いた事など、ずいぶんとないのだから

なのに、ミクニは泣いたという

その事実にエルシフルは再確認し、ミクニの気持ちを汲み取る


「…そうか…あの男を信じるのだね?」

「エル、私…」

「ミクニが決めたことなら、私は構わない…それでミクニが幸せに思うのなら」


まだ完全に信じているというわけではないだろう

それでも彼女はあの男に光を見ているのだ

それならばと己が抱く不安を隠すようにエルシフルは優しい微笑みを作る

ミクニの幸せがその道にあるのならば、今はその先にある不安を目を瞑って素知らぬふりをした


「ありがとう、エルシフル」

「っ――――…」


術がないとはいえ、テルカ・リュミレースに帰らないに等しい言葉を受け入れてくれたエルシフルにミクニは顔を解けさせる

綺麗な明るい笑顔だった

よく笑顔を見せる子ではあったが、幸せを感じているような笑顔は久方見ていないような気がする

その笑顔を見せられ、ミクニの心が暖かさに満ちているのが伝わった


(ああ…そんなにも好きなのか)


それを作りだしている原因は目の前にいる己ではなく、あの男

そう思うと、悲しくて辛い

でも、それでいい

あの時のように歪んだ恋情ではなく、危うさは消えてくれた恋情になってくれているのならば、エルシフルには止める理由はなかった

少なくとも今エルシフルがするべきことは、ミクニのその心の温もりが続くようにすることだった


「そういえばエルシフル………ウィンガル、知らない?」


ミクニに聞かれ、辺りを見渡してみる

確かにその名の持ち主は見当たらなかった

ミュゼと話す前までは、兵士と話していたはずだったがいなくなっている


「あの者に用なのかい?」

「…ウィンガルに謝りたいの。私、怒らしたでしょ?」

「そうか…なら、あの者…プレザ達なら知っているだろう」

「エルが人を名前で呼ぶなんて珍しいね」

「名で呼ぶように言われたからね。珍しくはないだろ?私とて親しい者が相手ならば、名で呼んでいたよ」


名前でプレザを示せば、ミクニが少しばかり驚くがすぐに瞳を細めて笑む


「つまり、プレザ達と仲良くなってくれてるんだね」

「そういう事になるかな」


肯定をしてあげれば、それに満足したようにミクニはプレザ達の元へ向かい、その後何処かへと行く

エルシフルはその背が見えなくなるまで見送りつつ、己のこれからのことを考える


(ミクニの気持ちがそうならば…)


ミクニの気持ちはこれから更に強まっていくのだろう

何故ならば、あの男だから

あの男はきっと、ミクニを想い続けるから

それをエルシフルはわかっていたし、そうだと想わせるほどでなければミクニが面にまで明るさを出すわけがないから

それはつまり、あの男の隣にミクニの光が生まれてくれるということ


(私は、その暖かさを守るのみ…)


その光―――ミクニの幸せが続くようにエルシフルは己のやり方で守りゆくだろう

そうすれば、ミクニは心から幸せでいてくれるから

悲しみから解放されるはずだから

過去から解放されるはずだから

忘れてくれるはずだから

けど、何よりもそうする理由は、自分が赦されていると錯覚するため…


それを考える己にエルシフルは嘲笑うように口元を歪ませ、ミクニが消えさった方角に懺悔する



“ Jafu Kzuk=mu Fenva――ジャフウ・クズク=ム・フエンバ ”


――― 私は罪を犯した


精神の声は身体の中で反響するだけであり、赦してくれる声など当然なかった



誰にも知られず、我はを受ける



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