触れるだけの行為

それだけで今まで感じていた恐怖も脅えも消えてくれ、嬉しさ、愛おしさ、そして幸せに代わる

その変化はミクニがガイアスを好きという証拠だった

静かに唇が離れた後、ミクニは瞳を開けずに泣いていた

声を出さずに、ガイアスの腕の中で涙を流し続けていた


「…ミクニ…嫌だったのか?」


上から掛る声にミクニはふるふると首を横に振った


(違うの、嬉しいの)


嫌なわけがなかった

ガイアスの気持ちを伝えられたことで、こんなにも胸を中心に温かいのだから


「……イナ・メリ=シア……リア…ラフェ=ル…」


謳うように紡ぎ出される音

ガイアスにはわからない言葉―――古代語でミクニはこの涙と胸の温かさの理由を述べる

卑怯だと言われる行為だったが、今のミクニに許されるのは其処までだった

ガイアスの気持ちを未だに疑っているわけではない

信じていこうと思っている

でも、求める望みを叶えるためには、好きという気持ちだけではいかなかった


「…どういう意味だ?」

「内緒」


相手に通じなくとも、想いを言葉にしたことで心が晴れ晴れとした気分となり、涙がようやく消えていく

面をあげ、ミクニは頬笑みを浮かべる

瞳は赤くなっていたが、それでも幸せだと感じさせる笑みだった


「やはり、お前にはそのような笑みの方がいい…作ったような笑みなどではなくな」


微かに口元に頬笑みを浮かべたガイアスの表情に口付けをされる前に見せられた笑みが言葉と共に浮かぶ


―――好きだ、ミクニ


滅多に見られない―――むしろ皆無に等しいガイアスの柔らかな微笑みと想いに、今更ながら意識をし出し、顔が熱くなる様に感じた


「顔が赤いようだが…」

「っ、なんでもない!」


それを指摘され、ミクニは再び顔を伏せて顔を隠すように口元を手で覆う


(何で、今照れてるの…)


軽くため息を吐き、話を変えるようにガイアスを呼ぶ


「…ガイアス」

「なんだ?」

「精霊のことだけど…ガイアスの意志はよくわかった。けど、すぐに信じることは出来ない」

「わかっている」


伏せていた顔を上げて、ガイアスの顔を瞳をしっかりと捉える

疑心も脅えも消えさった瞳は偽りの凛々しさではなかった


「だから…ガイアスの意志を…精霊を守る意志を確かめていきたい…それに、私に言ってくれた言葉も」


共に見守る事も、共に歩む事も、今は受け入れる事は出来ない

だから、君の傍で少しずつ確かめていきたい


「だから、証明して。今度は言葉だけでなく、行動でも証明して」


始祖の隷長ではなく、純粋にミクニとしての言葉

そこに込められた想いを一国の王としても、1人の人間としてもガイアスは受け取る


「ならば、傍で見ていろ。そして、俺の傍にいることが生涯続くようにしてみせる」

「っ―――!」


ガイアスの指先が髪を梳き、ミクニという存在が恋しいように髪に唇を触れさせた

前にもやられた行為にミクニはせっかく元に戻っていた顔を一瞬で赤くした


「わ、わかったから!」

「行動で示せと言ったのは、お前であろう?」

「言ったけど、こういう意味じゃない!」


恥ずかしさのあまりミクニはガイアスの胸を押し、その腕の中から逃げ出す

その様子にガイアスがいかにも愉しそうな目をしているように思えた


「あまり大きな声を出すな。ジャオの身体に響く」


(ジャオ…?)


その名前でミクニはゆっくりとガイアスの背後に見える寝台の影を捉えた

頭が強く打たれたように揺らぎ、思考が停止する

意識がないとは言え、そこにはジャオがいる

少し広い部屋であり、それなりに距離があるとは言え、同じ部屋にいるのだ


「っ…」


わかってるなら尚の事するなっ、という意志を込めてガイアスを咎めるように睨むが、ガイアスは気にする素振りを見せる事はなかった


(もぅ…)


ミクニは諦めたようにため息を吐くしかなく、肩を落とす

けれど、それでもガイアスの行為を嬉しく思っている自身の心にミクニは俯きながら微笑んでいた


「デュイ……リア・ラフェ=ル…」

「…さっきも聞いたが、何だそれは?」


無意識に口に出していた微かな言葉は、静寂の空間にはよく響いていた

それを聞きとったガイアスが少し眉間に力を入れて再び聞いてくる


「だから、内緒」

「言えぬことか?」

「そうだね。今は言えない」


そう言って破顔してみせれば、ガイアスは更に眉を寄せた

もちろんそれくらいでミクニが答えるわけはなく、その表情を楽しむようにガイアスを仰ぐ

そして、意味はもちろん音さえ聞かさないように、彼を見つめながら心の中で古代語を響かせた



“ iNa Mer=sia――イナ・メリ=シア ”


(とても幸福なの)



“ Ria Lafh=r――リア・ラフェ=ル ”


(貴方が好きだから)



貴方にわかるように紡ぐには、もう少しだけ時間を下さい



抱く感情をの詞で謳う



―――***
古代語は適当
「デュイ」は「それでも」
つまり「それでも(私は)貴方が好き」という感じ
意地悪も好きと言う事ですね


  |



top