各々で行動をとることになり、周りの者達が動きだす

その中でミクニはエルシフルを従えたまま奥の部屋の方を見やった

立ち止まっている足を動かし、そのまま向かおうと思うが、ミクニの心情を見抜いているように向こうにある扉から開く音がする

出てきたのは床に伏せているジャオ以外の四象刃だった

出てきた早々にウィンガルと目が合うものの、やはり一瞬だけであり、彼は視線を外すとミクニを横切り外へと向かおうとする


(…ウィンガル)


その態度に呼び止める声を上げたくなる

けれど、明らかに己が近づくことを拒否している態度に声を出すことは出来なかった


「ミクニ」

「プレザ…」

「陛下と話してくれる事を考えてくれたのね。ありがとう」

「…聞くべきなのはわかっていたから。本当は」


ウィンガルの後に続いて出てきたプレザがアグリアを引き連れながら、ミクニの所へと来た


「陛下に何かしてみろってーの!あたしが丸焦げにしてやるからな!」

「それは私がいる限り出来ないよ」

「っ!なら、まずはてめーからだ!大体、羽根ばたつかせて邪魔なんだよ!羽根!」

「エルシフル。挑発するような顔をしないで」


微笑んでいるエルシフルへと噛みついてきそうなアグリアにプレザがため息を吐いているのが見えて、とりあえずエルシフルを止めておく

気に喰わないようにエルシフルを見上げていたアグリアだったが、ようやく本来の標的であるミクニへと顔を向ける


「いいか化石。てめーが陛下を遠ざけようがあたしは一向に構わないんだ。あたしはてめーのことなんか好きじゃねーし!むしろいなくなってくれればせいせいするくらいだ!だがな…」


びしっとミクニの顔を指差すとアグリアは続けた


「陛下を傷つけることは許さねえからな!」


他人を卑下にするような素振りを見せるもののガイアスに対しては素直で真っ直ぐな姿を見せるアグリアが睨むように言い放った


「ほら、それくらいにして行くわよ」

「掴むんじゃねーよ!ババア!」

「ミクニ、陛下は今1人だから」

「…でも、プレザ達にも」

「私達は後で陛下に聞くから気にしないで。私達は周囲の様子を見て来なくちゃいけないから忙しいの。だから、貴方の精霊も借りていくわよ?」

「私はミクニと共に…」

「…エルシフル、プレザを手伝ってきて」


“大丈夫。ガイアスの考えを聞くだけだから”

“……わかった”


承諾を示したエルシフルをプレザの元へやると、その背を見送る

半身も消えてしまった後、ミクニは御神木の前を通り、奥の部屋の前へと立った

未だに恐れているのか悪寒を感じつつ、ミクニは扉を軽く打つ

中に音が響いた後、入室を許す声が返ってきた

ミクニの指が今度は取っ手へと伸び、扉が開く音を響かせる

中の空気がミクニを包むように撫でていき、彼女は部屋へと足を踏み入れた


「…来たか」


後ろで扉を閉め、声に釣られて面を上げる

蝋燭の明かりに照らされたガイアスがジャオの傍にいた

彼を看ていたのだろうか?

ミクニはゆっくりと近づくと、ジャオを覗きこんだ


「ジャオ…」


落ち着いているとは言え、意識はやはり戻っていない

マナをほとんど失って、あれだけの傷を負っていたのだから仕方ないだろう


「…ジャオのこと、感謝している」

「私がしたかったことだから…それに、ごめんなさい、ガイアス」

「何故お前が謝る?俺はジャオを」

「プレザから聞いた。それにエリーゼ本人からも…ジャオはエリーゼを守るために残ったって」

「ジャオの意志だとは言え、俺が置いていったことには変わりない」



ジャオから視点を変え、少し離れたガイアスの顔を見て謝罪を述べる

けれど、ガイアスは己に非がないわけではないと言う

恐らくそれは彼が王であり、ジャオのことを背負っていく覚悟をしていたからだろう

逃げる事をせずに受け入れる強さがあったからこそ、彼はジャオの意志を尊重出来たのだろう


(私とは違って)


ジャオのことも守るべき民の1人として考えていた彼の姿に嬉しくは思うが、そこで押し止める

ミクニは口を閉ざすと、ジャオの元から離れた


「…ミクニ」


背後の足音が止まり、その声で空気が変わる

一度瞼を閉じ、判断を誤らないためにも、取り乱さないためにも、始祖の隷長としての意識となって、背後を振り返る


「ガイアス…精霊を守ると言ったね。でも、君は槍を手に入れようとした」

「確かに俺は槍を必要とした。精霊を考えていなかった事実は否定しない」

「…なのに守ると言うの?」

「信じられるはずもないだろうな…だが、俺は守る」


偽善を取り繕うことのない言葉

けれど、所詮は言葉


「君の言うとおり、信じられない……それに…槍を求めた時…何故精霊を考えなかったの?民の事しか見えていなかったから?」

「…そうだろうな。俺は民の事しか見えていなかった」

「なら…精霊が槍で消えていると言った私の言葉は、戯言として受け取っていた?」


私が精霊のことを訴えていたのを知っていた

槍によって精霊が消えている事を知っていた

なのに、何故精霊のことを考えてくれなかった

私の言葉などどうでもよかったということ?


「違う…!俺はお前が苦しんでいるのを知っていた…。だが、民を守るために…槍を手に入れなければいけなかった」

「そう、民のため……ガイアスは民のためなら何だってするんだよね…それが王なのだから」


どんなに精霊を守るとは言っても、精霊を軽んじていた事実がある

民のためならば、精霊を犠牲にしようとした事実がある


「守るべき民のためならば…人以外の存在を犠牲にしてしまうんでしょっ…精霊も……異形の者である、私も―――」


強がって言うものの、苦々しい想いが込み上げる


「っ!馬鹿げた事を言うな!俺はお前が、」

「大事だとでも言うつもり?やめてよ、そういうのは…っ」


ガイアスが続けようとした言葉に瞳の奥に怒りを燈し睨んで遮った


「大事ならば、何で槍のことを教えてくれなかった?何で精霊を気に掛けてくれなかった…?何で……そういう言葉を言う…っ…?」


取り繕っている平静が崩れていくように、言葉を吐く度に辛くなる


(大事って何?)

(何なの…?)


「私を惑わすための、言葉?」

「ミクニ…」

「…そうして私を信じさせ……、“燃料”にするためか…?」


口にしたくない言葉を、ガイアスを前にして零す

どのような言葉を聞かされても構わないと覚悟していた

だが、彼は瞳を見開き、声を出そうとはしなかった


(…どうして答えない?)

(否定しない…?)

(…本当に…そうなの…?)


その一瞬の間が恐怖を募らせ、ミクニは己の身を守る様に言葉を紡ぎだす


「そうだよね…このマナを用いれば、人はもちろん、精霊も犠牲にせずに済むかもしれないのだから……大事という言葉も、そういう意味で言っていたんでしょ?」


ガイアスの言葉で傷つく前に自身の言葉で確認させておき、身構えようとした


「それならそれで構わない…そういう風に見られるのは慣れている。だから、それならそうだと言って……」


(それなら、もう言って)

(そうだと言って)

(そうすれば私は…楽になれる)

(君のこと…忘れられるから)

(…だから、)


苦し紛れに頬笑みを浮かべようとする

でも、それは上手く出来あがる前に終わった

ひんやりとした感覚が奔り、頬を相手の掌で包まれていることを理解した

その冷たさに刺激され、視界に入れながらもよく見ようとしなかったガイアスの顔を瞳に映す


(やめて、やめて…)

(お願いだから…)


その手から逃れたいと思うも、金縛りにあったように動けない

そしてミクニがその行為について拒絶を示す前にガイアスの口が動き、声が落とされる




「…泣くな、ミクニ―――」




悲しそうな顔でガイアスはそう言った

ミクニが泣いていると

けれど、ミクニはわからなかった

わかりたくなかった


「泣くな…」


もう一度そう言われ、目の縁をなぞられる


(泣いているわけない)

(私は…泣かない)

(…泣くわけ、ない)


親しい人の死以外で泣くことなんか、長い事なかった

己が人でないと否定されることなんて慣れていた

そんなことで泣くなんて、ないはずだった


「俺は、そのように考えたことなどない…」

「…うそ」

「嘘ではない…」

「うそ、だよ……」

「ミクニ……確かに俺は民ばかりを考えていた…それでお前を傷つけたのだろうな」


(じゃぁ、何だと言うのよ)

(何だと…言うの…)

(君は私を、どう想っている…?)


体内がぐちゃぐちゃになっていくように、様々な感情が混ざり合う

始祖の隷長としての意志も、平静も、そこに呑まれていく


「だが俺は、お前を守りたい。お前が守りたい精霊もまた同様であり、俺はお前と共に守っていきたい……」


ガイアスが再び指で目の縁を、頬を、撫でる

労る様な、慈しむ様な指先が動きを止めると、ガイアスの顔が近づく


「ガイア、ス……っ…」


ぴくり、と神経が反応する

目元へと何かが―――ガイアスの口付けが落とされた


「俺は、お前が愛しい…」


吐息を感じるほどの距離からの声に、胸が大きく脈を打った



「好きだ、と言うのだろうな…お前のような存在に対して…」



曇りのないその紅の瞳の眼差しを向けられたまま、全てを込めたようにそう言われた


―――好きだ


そのフレーズが脳を巡り、意識を捕らえる

ガイアスの指先が髪を撫で、背中を伝い、ミクニの身体を抱き寄せた


「精霊を守る事…そして、俺がお前を想っている気持ちは尚の事、それらに嘘偽りなどない」


強い瞳、強い声、そして強い意志

それらを持つ存在に偽りという影などなかった


「…ほんと、は…わかってるよ…信じてた…信じていたい…っ」


視界が完全に歪んでいく

胸が苦しくなり、声が詰まる

生理的な涙とは言えない涙が視界を覆い、自分が泣いていることを認識せざるを得なくなった


「…君は、そんなうそを言わないって!…ガイアスは、違うってっ!」


抑えを効かせていた枷が涙によって溶かされたように、ミクニは感情を露わにし出した


「でも、裏切るからっ…人は!…どんなに信じていてもっ!愛していてもっ!!」


ずっと信じていた

誰よりも愛していた

愛してくれていたはずだった


(でも、ユーリは私との契りを破った)


愛する存在の裏切りを味わい、それを背負い、生きてきた

ユーリの言葉が絶望へと私を突き落とし、柵と化した

それにより憎んだ

憎み、忘れてしまいたかった

けれど、憎むだけだった

どんなに憎くても……未だに囚われるほどに愛していたのだ


「お前は辛かったのだな…ずっと」


そのような思いをまた背負うことなど出来なかった

だから今まで、人との距離を一定に保ってきた

傷つかないように、己を守るために

けれど、それでも辛かった


「どれ程のものを背負ってきたのかは俺にはわからない。だが俺は、それを知りたい。お前の全てを共に背負いたい」


(ガイアス…受け入れてくれるの?)


今すぐに縋ってしまい、この想いを口にしてしまいたかった

認めてしまった想いを伝えたくなった

一時の平穏でも構わないから、と


(けど……私の願い、君は叶えてくれるだろうか…?)


己の求める願いを想い、ミクニは溢れてしまいそうな想いを押しとめた


「すぐには無理だろう。だが、前にも言ったように俺は信じさせる。諦めるつもりはない」


想いを告げられた日のことを想い出させるように、ガイアスの指先が頬を撫でる

ガイアスの腕に包まれ、頬にまで彼の温もりを感じる中で、ミクニは何かを我慢するようにガイアスの服を小さく掴んだ

まるで脅えたような姿に、ガイアスは瞳を和らげ微笑みを見せる



「好きだ、ミクニ」



不安を拭うように想いを今一度告げられ、胸が締められて苦しむ

けれど、それ以上に温かさが広がった


「…ガイア、ス…っ―――」


ガイアスから貰えた言葉を確かめるようにミクニが彼の名を呼べば、ガイアスが顔を重ねてくる

目元ではなく、今度は唇へとそれは落とされた

今までの中で何よりも優しいと感じさせる口付けに瞼を伏せる

幸せと苦しさが混ざった涙が頬に伝うまま、ミクニは心の中で人知れず紡いだ



(…私も、好き…)



脅える子羊のと共に解(ほど)けてゆく



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